夜の春
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ゆらゆら揺れながら動く電車は、仕事疲れの今にとって揺りかごのような作用をもたらしていた。いやいや、ここで寝てはとんでもない事になる。今日の電車も後数本しか無いだろうから、もしも寝過ごしたら大変だ。タクシーで帰れるほどお金を持ってないし、ましてや帰れなかったサラリーマンのように駅で寝るなんて絶対に無理!駅員さんに起されるなら、まだ五月蝿い目覚まし時計の方が絶対に良いに決まっている!
ぐらぐらする頭を何度も起こして、重たくなる瞼を何度もこすって、ようやく私の降りる駅に到着した。夜独特の風は何とも心地よい。疲れた顔で乗っている人を運ぶ電車は、次の駅を目指すべくまた発進しだした。お疲れ様です、と心の中で呟いて、帰宅軍団の最後尾に居たのを良い事に小さく敬礼してみた。そして何食わぬ顔で改札を出て、近くのコンビニを目指したのは良いのだけれど…。
「………なして閉まってんの?」
コンビニって一日中開いてるものなんじゃないの!?外装工事で中まで閉めちゃうものなの!?いつもは明々と目に痛いぐらいの光を放って、堂々とここに建っているじゃないか!そして私はそれに吸いつけられるように中に入って、チュウハイ2缶と肴を買って帰ってるじゃないか!そのコンビニに張り巡らされてある防音シートにはお客様へのお詫びの紙が書かれてあった。どうせそれを読んだって、お酒は買えない…。どこか絶望的な気持ちで、私は駐輪場に止めてある自転車を向かえに行った。いつもは徒歩で駅に来る私なのだけれど、今日だけは特別。本当に極限状態だった。敢えて説明しておきます、寝坊してしまいました。
「(カギはどこにいれたっけなぁー…)」
無人の駐輪場なので人は居ないが、所々に電気だけはついていた。愛車がママチャリなのは、隣のおばさんに頂いたからです。自転車を持っていなかった私は捨てる所だったそれを譲ってもらい、自転車屋さんで直してまだ使っているのです。何て地球に優しい私。
重かった荷物を籠にのせてカギをさす。……ん?何か違和感があるけど気にしない気にしない。施錠が外れたのを確認して、自転車を引っ張りだした。………なにかオカシイけど……気にしない気にしない。今日はパンツスーツな訳だから、足を開いたって下着は見えないからどんな乗り方でも大丈夫!カタカタと音が鳴る自転車を駐輪場から出して、人も車も全く通っていない道路に出る。そりゃそうだ、こんな時間だもん。って言うかもう日付変わっちゃったし。さあ、乗れよ私、乗っちゃえよ!……心の中の私がそう言ってくれている。
そうだよね、自転車って乗り物だもんね。でも、その乗り物だからこその悲劇が起きてんだよね。良いかな、大声で叫んでも?そして私は大きく息を吸い込んで大声で夜空に叫んだ。
「自転車のサドルが盗まれたアァァアァァ!!!!」
ありったけの怒りを込めたその声は、駅から降りてきた人達を振り向かせた。
何で私がこんな目に合わなきゃいけないんだ!因みに、私は今自転車に乗っています。もちろん座る事なんて出来ないから、無論立ち漕ぎのまま家を目指します。いや、本当にパンツスーツで良かったな。けど信号で止まる度いつもの癖で座ろうとしてしまう。ここで座ったら一種の浣腸ですからね。外での浣腸って……羞恥プレイか何かですか?危うく座りそうになるのを回避しつつ、私は遂に信号無視をして走り出す。まぁ車も居ないんだしひかれる心配も無い。風を感じつつ漕いで、何となく後ろを振り返ったら信号機の赤の部分が点滅していた。もう信号も休む時間なのだ。
「あー、立ち漕ぎってずっとやってるとしんどいなぁ…」
仕事がようやく終わって家に帰れるというのに、まさかのこの仕打ち。サドルが盗まれるなんて考えても無かった。そんな可愛そうな私に更なる悲劇。横にピッタリと車が張り付いてきたのだ。変質者かと思ってみてみると、それはパトカーであった。ああ、ややこしくなりそうな予感…。そう思っていると助手席の窓が開いて、そこに乗っていた青年がだるそーに言って来る。
「ちょいとアンタ、それ自分の自転車かィ?」
「え?あ……いや、私のじゃないんですけど……でも貰ったから私のかな…?」
「盗んだのか」
「盗んでません!」
「取り合えず止まれ」
「ここで止まったら羞恥プレイになっちゃうんです!」
「そういう事なら大丈夫でさァ。俺の得意分野でィ」
「はっ!!?」
取り合えずも一応止まれば、その助手席の子が降りてきた。こいつ絶対私より若いくせして偉そうに。少々イライラしながら私は質問に答えていた。
「……まぁ、まとめると、これは隣の人からもらったもので、たった今サドルが盗まれたばかり……って事ですねィ」
「そうなんですよ、盗まれたてなんです」
「生まれたてみたいに言うな」
紙に何かメモでも取っているのか、青年は手を澱みなく動かしている。その青年を私はどこかで見た事があるような気がするのだけれど……人違いだろうか?
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