いつか2人で1日を想う
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「あら?」
「あ」
少し間抜な声を出してしまったと思ったけど、相手もそれなりに間抜な顔で反応してくれたので良しとしよう。
「お久しぶりです、万事屋さん」
失礼だが、私は座席に座ったままそう挨拶した。万事屋さんは「どうも」と返事をしてくれた。
今日は仕事が早く終わった。いやここは終わらせたと言っておこう。さすが私。
しかし15時台の電車に乗れるなんて本当に奇跡みたいなものだった。いつもは18時~21時までのピークに乗り合わせる。ぎゅうぎゅうに押されながら乗っていると、たまに足を思いっきり踏まれるから嫌いだった。けど、今日は違う。電車に乗った途端に顔を撫でてくれた冷気と、人の少なさに私は静かに感動していた。
座れるって素晴らしい!
少々おばさんくさい事を思いつつも、素直に空いている席に座り、パンプスの踵だけを脱いだ。
一つ目の駅に止まり、人が減る。
二つ目の駅に止まり、また人が減る。
三つ目の駅に止まった時、その人が乗ってきたのだった。
「あら?」
「あ」
そして話は初めに戻る。
「お久しぶりです、万事屋さん」
「どうも」
「お仕事帰りですか?」
「まぁそんな所だ」
「子どもたちは?」
「今日は俺一人」
「そんな時もあるんですねぇ」
私が何故この万事屋銀さんこと坂田銀時さんを御存知かと言うと、前に一度依頼をした事があるからなんです。
あれは朝のピークの時でした。
間抜な私は大事な会議がある日に限ってなんと寝坊をしてしまい、顔面蒼白で駅のホームに立っていました。どうせこれから乗る電車に乗ったって間に合いやしないのに、車も、その免許も持っていない私にはどうする事も出来なかったんです。そんな時に声をかけてくれたのが、たまたま駅の構内に居た坂田さんでした。私の顔色と冷や汗を見て、今にもホームに飛び降りそうに見えたんで声をかけてくれたんだとか。アルバイトで駅の清掃員をやっていた坂田さんは、私の事情を聞いてくれて、何と「連れてってやる」と言い出しました。
この清掃員のお兄さん何言ってんだろ?
その時の私はそう思ってしまいましたが、藁にもすがる思いで頼み込みました。「お願いします!!!」と頭を下げた私の腕を、坂田さんはぐいっと掴み、走り出しました。勢いよく踏み出したパンプスの踵が一度だけ大きく鳴ったのを覚えています。私は持っている資料を離すまいと、坂田さんは何の躊躇も無く正装道具を放り投げ、それでも私の腕だけは離さずに人混みを抜けて駅の外へと出ました。
改札を出た時に、電車が到着するという案内が聞こえました。
今から走ってもまだホームには間に合う。それでも会議には間に合わない。でも、この人に任せたらどうなるのだろう……。
そんな曖昧な気持ちのせいで私の足は止まってしまいました。いつの間にか腕は自由になっています。
やっぱり電車に乗った方が…!
そう思ってまたホームに戻ろうとした私の腕を、また掴んでくれた坂田さんが居ました。
「大丈夫だって、絶対間に合わせるから」
自信に満ちた声をざわめきの声で聞き取ったような気がしました。この台詞を、実際坂田さんが仰ったのかは分かりません。駅に入っていく人たちの流れに逆らいながら、私は坂田さんの背中だけを見つめていました。一度も振り返らずにスクーターの所まで連れて行ってくれたのですが、きっと、そう言ってくれていたのだと思います。
自惚れてますね。
それから坂田さんは私をスクーターの所で待たせ、何やら眼鏡の少年と可愛らしいピンク頭の女の子に数秒で説明(?)すると、すぐに帰ってきてくれて、慣れた手つきでエンジンをかけてたった一つしかないヘルメットを私にかぶせてくれました。
行くぞ!
心無しか、そう言った坂田さんの声は楽しそうに聞こえました。何より急いでいる筈の張本人の私もいつの間にか楽しんでいたのですから、別に怒るような事ではありません。結局、坂田さんのお陰で会議にはギリギリ間に合いました。あの時、坂田さんが声をかけてくれなかったら、本当にどうなっていたやら………。
依頼金は俺とガキんちょのジュース代だけで良い。坂田さんは、たった360円だけで私を救ってくれました。
あれは本当に申し訳なかった。冷静に考えれば最初からタクシーに乗れば良かったのに。
「いま思い出しても本当に情けないやら申し訳ないやら……!」
「何?仕事の事か?」
「違いますよ、坂田さんの事ですよ」
「俺?」
「あの時は本当にありがとうございました!本当に助かりました!」
今度はちゃんと立ち上がって、私の隣に座った坂田さんに深々と頭を下げた。プライドが高い訳でもないけど、幸い車内の人の数は少なかった。けれど、そんな小さな事を考えて頭も下げない恥ずかしい人間にはなりたくない。感謝の時ぐらい、全身で伝えれたらそれに越す事は無かった。まさか頭突きしちゃうとは思わなかったけど。
「な、中々良いもん持ってんじゃねぇか……」
「………すんません…(恥ずかしくて死にそう…)」
人の少なさのせいで坂田さんの声がハッキリと聞こえる。もう駄目だ、恥ずかしすぎて爆発する。
そうこうしてる内に最寄駅について、坂田さんと私は電車を降りる。改札を出ると、反対ホームの電車が到着するとの案内が聞こえた。
「ついでに甘味でも食っていこうぜ」
「あ、私に奢らせてください!」
坂田さんの声が私の脳内に響き渡る。また、電車到着の案内が聞こえる。平和な江戸の夕方、双方とも聞いてて心地良い音だった。
「いやいやお姉さんそんなに何度も頭を下げるもんじゃないよ。それに別にそんな大した事してねーし…」
「や、あの会議に間に合ってなかったら私クビだったんです!きっと間違いなくクビだったんです!」
「わ…分かったから取り敢えず頭を……」
坂田さんが、あの時のように私の腕に手を伸ばしかけた時、勢いよく私が頭を上げたもんで再び彼の顎目掛けて頭突きをかますという失態をおかしてしまった。因みに私もそれなりのダメージ。
「「~~~~~っっ!!!!」」
2人でその場にしゃがみ込む。重ね重ね申し訳ない事をした。
私達の始まりは、こんな感じ。
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