寄ってけ泥棒!
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「…………」
「…………」
もしもしハルちゃーん、と山崎が懸命に話しかけているが、彼女は携帯を握りしめたまま静かにベッドへ近づいた。相手もこちらの出方を伺っているのか、息を殺して気配を隠しているのがなんとなく分かる。
ベッドのカーテンを寝ている本人の許可無しに開けるなど言語道断だが、既に手はかけている。山崎には心の中で謝りながら通話ボタンを切り、ポケットにいれて、意を決した様に開けた。
それと同時に寝ていた本人もカーテンを開けたので、思いのほか勢いよく開いたそれに声を上げる事も出来ず、強ばった肩で大きく目を見開かせる事しか出来なかった。
しかしそれも、相手が誰であるかを理解していく内に力も抜けていった。
「び…びっくりしたぁ~……急に開けないで下さいよ先生~……」
「それはこっちの台詞だっつの…」
「先生っぽい声だったから開けてみたんですっ!」
「だからと言って断りも無しに開けてはいけまセーン」
少々痛いデコピンをくらったが、見知った顔であった事に安心しきってフニャリと笑う。
先生こと銀八は、白衣をご丁寧にハンガーにかけてまでベッドで休んでいたようであった。
「お前こんな所で何してたんだ?」
まるで叱られてる様な言い方だったが、彼女の方こそ言いたかっただろう。
確かにクラスの仕事が無くなった今、のんびりするのは銀八の勝手かもしれないが、服部の様に生徒指導員としてすべき事はある。あるのはあるが、まだしない。銀八曰くまだエンジンがかからないらしい。お昼がやっと近づいたにも関わらず燃料が燃えないのだから、今日1日は恐らく燃えないのだろう。
保健室の机に並べられたプリントの束を見せられて、服部の手伝いをさせられていたんだろうなぁと何となく分かった。夢心地の中で、服部と彼女が何やら言い合う声はぼんやりと聞こえていたのだ。
「ふあ~ぁ……眠ぃなチキショー」
「寝不足ですか?」
「最近夢見が悪く……もないか」
「どっちですかそれ」
アハハと彼女が笑ったと同時に、銀八の携帯のバイブが震えた。それとシンクロして彼女の携帯も光る。
山崎がかけ直してくれて、銀八のもどうやら同じらしい。
「もしもし」
「あー、はいはーい」
同時に電話に出るのはなんとも不思議な気分だったが、山崎が何やら焦った様な声で喋るので、緊急事態が起こってしまったのかと無意識に胸元を握った。
ハルちゃん今どこに居るの、と山崎にまで聞かれてしまった。彼になら教えて良いのだろうかと思案した結果、恐る恐る口にした。
「保健室だけど」
「保健室に居るけど?」
銀八と声が重なった。
銀八も電話の相手に何処に居るのか聞かれたのだろうか。
次に、他に誰か人は居るのかと聞かれた。先ほどの同級生達のメールと関連している事を聞かれているのかどうか、情報が無い分怖かったが、これも素直に答えた。
「隣に居るよ」
「俺の右隣に」
3回目に声が重なった時は思わず「ん?」と眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔つきで見つめ合ってしまった。まだ山崎は何やかんやと話してくるが、いまいち頭に入ってこなかった。
銀八もしばらくそうだったが、相手が真剣な話をしだしたのか、徐々に相づちを打ち始め「また!?」と何かに対して驚いていた。
ハルちゃん返事してよー、という声に我に返って急いで携帯を耳にあてた。
時間が無いのか、山崎は早口でまくし立てる。念を押して言ってきたのはこうだ。
文化祭が終わるまで、どこかに隠れておく事!以上!
「……えぇぇええー?」
今度はこちらが一方的に切られ、置いてかれる番だった。隠れておく事に以上も以下もない。
せっかく遊べる2日目に何故隠れなければいけないのか、隠居生活が好きだと言った覚えは無い。
服部はあれっきり戻ってこないし、同級生からは相変わらず連絡が入るし、生徒会室から心に響く突っ込みは聞こえてこないしで、彼女の気分はどんどん落ち込んできた。
銀八は銀八で電話に集中して彼女に見向きもしない。
全くもって面白くない時に、フと廊下から聞こえてくる足音。気のせいでなければ保健室へ向かってきている様な気がした。
生憎保健室に養護教諭は不在だ。ここに用があるのならその事を伝えなければ、と親切心で彼女がドアを開けようとする前に、右腕を何かに強く捕まれた。思わず今朝の夢と重なる。
この場でそんな事が出来るのは1人しか居ない。
いつの間にか携帯を切っていた銀八は彼女の腕を掴んだものの、顔を見ようともせずさっきまで寝ていたベッドの所まで強く引っぱった。
一体何が始まるのかと混乱してる間に素早くカーテンを閉められ、2人が居る一角だけが不自然に薄暗くなった。心臓でさえ突然の出来事についていけず、至って普通通りのリズムで動いている。
これは一体どうした事だろう。
「せ…」
んせい、とまで言わせてもらえなかった。左肩を急に押されて倒れ込んだ先は保健室のベッドだった。きつく目をつむっていたが床でなくて良かった、という安心感にホッとしたのも束の間、これはこれでどう整理すれば良いのか分からなかった。
発言権って与えられていますか?
あ、発言権って憲法の何条に記されていてどんな状況にも使える権利になってますか?
ようやく混乱しだした彼女の頭は、普段なら絶対に考えないようなムツカシイ事項が忙しなく脳を働かせている。
結論的に、日本国憲法って凄いよね、という答えに行き着いた時、真剣な目でカーテンの隙間から保健室の中をうかがっている銀八が見えた。いや、ずっと見えていたのだろうが、パニックという名のシャッターが知らず知らず彼女の視界を覆っていたのだろう。
足音はやはり此方に向かっている。
阿呆な彼女でも分かった。この状況は第三者が見たらあまりよろしくないのではないか?
「先生大変!減給にな…――!」
叫ぼうとした途端、唇に人差し指を添えられた。どうやら発言権は与えられていなかったらしい。
特急電車の如く、「混乱」と「減給」と「この状況」という駅をもの凄い速さで行き交っている彼女の意識は遂に脱線して、今日の晩ご飯って一体なんだろう、という終着駅に向けて走り出した。おかげで銀八の顔は真正面に見えているのに、視神経が機能せず見えていなかった。
かわりに説明させて頂きますと、復讐計画を練る様には見えない平々凡々な女子高生を人差し指1本で黙らせた銀八は(実際は意識が脱線して話す事を放棄しただけ)、一瞬だけ微笑んで「ちょっと我慢な」と囁いたと思えば、ベッドの足下にたたまれていた布団を豪快にかぶせてきた。小さな体は簡単におさまってしまう。それと同時に保健室のドアが開けられ、銀八は何事も無かったかの様にカーテンから出て、入ってきた誰かと話している。
残念な事に、彼女にそこまで観察する力は無かった。ノンストップで走り続けた意識は、今日の晩ご飯って一体なんだろう、という地点からようやく車庫にはいる。つまり目は開いているが意識の半分は気絶している状態に近い。
落ち着けば落ち着く程、逆にこの状況が一体なんなのか分からなかった。
ああ神様!
彼女は真っ暗な視界で、声なき声で叫んだ。
これは復讐などという愚かな計画を練った私への罰ですか!!
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