凸の行方
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こいつが担当している日本史という教科は、現国と違って丸暗記をすれば何とかなる教科だというのに毛嫌いする生徒はどうしても居る。覚えるのが苦手というよりも、ただ純粋に日本史が嫌いなのだ。その代表が夏目だ。俺の教科なら90点台は当たり前なのに、日本史らへんは珍回答を生みだし、その度に職員室が沸く。あいつの珍回答は殿堂入りさせたい。
「…お、今回は夏目頑張った方だな」
「マジで?何点?」
「25点」
「………」
ノーコメントでお願いします。
天真爛漫な笑顔で「私日本史できませーん!」と高らかに宣言してるアイツが目に浮かぶ…。服部の苦労も分かってやれない事は無いが、あいつはあいつで悪意があってやってる訳ではない。かと言って25点は担任の俺も救いようがねぇけども。
現国なら高得点取るんだけどな、としみじみ呟いてみれば、嫌味か、と鋭い声が返ってくる。いやいや事実を言ったまでだ。
俺に睨みを利かせた後再び丸付けに勤しみ始めたら、その背中から徐々に黒い空気が出ているのがよく分かる。よっぽどカオスなテストだったのだろう。ここはこのイライラに触れない様に後ずさり、気配を殺して職員室をそっと抜け出すのが得策だ。夏目の珍回答は後で聞けば良い。
暗黒オーラが職員室全体を埋めつくそうとしていた間際で廊下に出て、準備に賑わう学年の階を目指して歩く。あちらこちらから明日に向けて準備している音や声が聞こえる。
1年生にとったら1回目で、2年生にとったら2回目で、3年生にとったら最後の文化祭だ。正直俺は何回目になるか分からないが、数が限られている餓鬼共が羨ましいとは思う。教師は名残惜しいと思う事もなければ、無邪気にワクワクする事もない。慣れというのは酷く恐ろしく、青い春は完全に灰色か何かで塗りつぶされ始めている。俺にも昔あった筈の青い春は、今や完全に他人事のように感じた。元気な教え子たちを見て「青いなあ」とぼんやり思う程度だ。
階段をのぼって2階につけば、廊下を所狭しと行き交う楽しげな声。どのクラスも”最後"の文化祭に向けて一分一秒を惜しみもなく青に塗りつぶしている。
そんな賑やかな教室棟とはうってかわって、渡り廊下を挟んで隣にある管理棟はどこかヒッソリとしている。特別教室しか無いので、6時間目が終わればこの校舎からはごっそりと人が抜ける。
陽が落ちるのが早くなったせいもあるのか、電気がついてる筈なのに何故か薄暗い。用がない限り極力入りたくない管理棟を横目に歩いていけば、渡り廊下の先、いやそれよりももっと奥の角で、見慣れた人物の姿が目に入った。いつもとは違う困惑した笑みを浮かべて、誰かの話を聞いている。……………あー、なるほどー、青いッスねー……。
「あ、銀ちゃん!こっちこっち!」
突如として神楽に白衣の裾を掴まれ、引っ張られるがまま賑やかな廊下を通りZ組の教室前へ連行される。
「のびるのびる」
「もー、覗き見なんて野暮過ぎるネ」
「好きで見てたんじゃねーし。たまたま見えたんだよ」
「ハルも罪な女アルなぁ…」
それ意味分かって言ってんですかね?
うんうん、と納得しながら神楽は腕を組んで教室へ入ってしまった。中は至って普通で、高校生の甘酸っぱい一場面に怯む事なく黙々と作業を進めている。ここまで色気が無いと逆に先生悲しくなってくるんですけど。もう少し色めき立って欲しいんですけど。
「お前ら今日は遅くならないように帰れよ。明日は7時に集合だ。そして俺はいつも通り8時20分に来る」
「死ねよ。担任のお前も早く来い」
多串君に容赦ない一言を浴びせられ、仕方ないので8時には来てやろうと思う。
こいつらの最後の文化祭に立ち会える事が幸か不幸か、色々思う所はあるが、事故なく終わりゃ俺はそれで良いわ。
しばらくすれば、衣装や何やらを片づけ始めたZ組に夏目が戻ってくる。顔に表情の一切が出る夏目の頬は若干赤く、からかってくる神楽のせいで更に真赤になっていた。
こいつらの年代は、可能性がありすぎて時に怖い。俺達教師はこの学校の中だけで生活してるが、こいつ等は卒業したら更に広い場所へ進んで行くのだ。その度胸ったら、俺はずいぶん昔に忘れてしまったかもしれない。
夏目も、その1人だ。学校という中で縛られず、俺みたいな奴にも縛られず、さっきの名前も知らない男子高校生に外へ引っ張ってもらえば良い。そして後ろを振り返った時、"教師"として立っている俺を見れば、あの時は若かったなあと冷静になる事が出来るだろう。
「さすがハルアル、モテモテ~」
「う、うるさいなあ!からかわないでよ!!」
同じ教室に居ても、何故か距離を感じるこの寂しさをなんと呼ぼう。
「先生、なに難しい顔してるんですかィ」
「……そんな難しそうな顔してたか?」
「そらもー、こうやって眉間に皺を寄せて気難しそうな顔してやした。考え事ですかィ?」
「まあねー……」
考える事など何も無いのに、妙な寂しさも体の中に突っかかる違和感のせいで嫌でも思考が働いてしまう。どうしたものかと悩んだ所で、答えを出せるのは結局俺だけなのだろう。
「じゃあなお前ら。気ぃつけて帰れよ」
無駄にテンションの高い教え子に別れを告げて薄暗い廊下へ出る。ぺたぺたと鳴るスリッパの音は、他のクラスから聞こえるざわめきに紛れて俺の耳には届かない。
「先生!」
