何故何故
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あ、駄目だこれ、酸欠だ。そう呟いてハンドルに頭を項垂れる彼女を無視して、高杉が身軽に荷台からおりる。細い体型とあれど体重は60㎏以上はあるので、ここは彼女の体力に拍手だった。
「おら、行くぞ」
「お…俺の事は置いて先にお前だけでも逃げろ…!」
「何言ってんだバカ」
既に足が限界にきている彼女の腕を引っ張り、無理やり歩かせる高杉に「鬼―!」という非難が飛ぶ。彼は聞かないふりをして、たどり着いたアパートの階段をどんどん上がっていく。
車通りの激しい大通りから少しはずれた場所に、このアパートは建っていた。築数十年は経っていて、所々外壁に小さなヒビが見えた。彼女が今踏みしめている階段は完全に錆びていて、2人の重さに嘆く様に軋んで嫌な音を立てる。全く知らない土地ではないが、ここに向かう途中、試合会場でしか見た事のない制服を着た高校生とすれ違う度、彼女はここは地元ではないのだなと実感した。
カゴにのせていた荷物を手に持っている高杉は、結局彼女の腕を握ったまま2階のとあるドアの前で止まった。
「……どちら様の家?」
「入りゃ分かる」
「入る気なの?」
「頼まれてたもんを届けにきたしな」
そう言って、高杉は一度インターホンを鳴らす。しかし誰も出てこない。
「……居留守じゃないかなぁ?私だってこの技よく使うし」
だから任せて、と彼女はニコリと笑い、高橋名人も驚きの連打ぶりでインターホンを押す。ピンポーンという音が最早連打され過ぎてピポピポとしか聞こえない中、50回目のプッシュを決め込もうとすれば急に開くドア。
「うるせぇぇええええ!!!近所迷惑考えろ!!」
「お、ホントだ。出てきたな」
「でしょう?居留守を使う相手を引っ張り出すには粘るしかないんだって」
「え?何この暴れん坊コンビ、どうしてここに居るの、俺の幻覚?また熱上がったか?」
「あら~坂田先生のお家だったんですか」
怒鳴りながら出てきたのはいつもの白衣姿ではないジャージを着た担任で、夏目を見て少し驚いた顔をしていた。
ここで彼女はようやく今回の目的を聞かされる。今の今まで遅刻・エスケープその他諸々で内申点がボロボロの高杉の日常点をせめて救ってやろうという旨で、病人の銀八の為に食糧を届ける事で日常点を助けてやると高杉に吹っ掛けたのだ。もちろん職権乱用なので校長には言えない。
「お前らバイクで来たのか?」
「いや、自転車で」
「自転車!?」
「2人乗りで来ました!」
「はぁ!?」
「運転はコイツ」
「はぁあ!?」
1時間もかかりました、という彼女の言葉を聞いて女子高生のパワーは凄いなと改めて感じた銀八だったが、そうなれば帰すに帰せない。てっきり高杉のバイクで来たものかと思いきや、そんな時間をかけてここにたどり着いたのに、ハイお疲れさんさようなら~は少し薄情な気もした。それに、彼女には昨日世話をかけてしまった身だ。
「と……取りあえず…入るか…?」
「茶ァぐらい出してくれんだろーな」
はなっから邪魔するつもりだった高杉は、まだ彼女の腕を握ったまま玄関へと足を踏み入れる。
「あ、でも、坂田先生まだしんどいんじゃ……お邪魔したら悪いよ高杉」
「あー良い良い。ンな事気にすんな。熱は下がったからもう大丈夫だ」
高杉という男に"優しさ"という部分が無い分、この場での彼女の気づかいは後光がさしていた。鬼に連れられたか弱い(?)女子高生は遠慮気味のまま坂田宅へと初の一歩を踏んだ。
「先生」
「んー?」
「体調は大丈夫なんですか?」
「ぜーんぜん大丈夫。今日は有給残ってたから使っただけ~」
へらへら笑うその顔に彼女が安堵した時、銀八は手刀でおもむろに高杉の右手首にチョップをいれる。それはずっと彼女を掴んでいた手だった。
「はい、エンガチョー」
「い…っ!」
「夏目が困ってんだろ、離してやれ」
「そーだそーだ!離してやれ!風穴で吸いこんじゃうぞ!」
何だそれ、と呆れ顔をした高杉は我が家の様に中へと入っていく。その様子は何度もここに来た事があるかと思ってしまう程慣れた足つきだ。
彼に倣い、彼女もいそいそとローファーを脱いで「お邪魔します」と小さく頭を下げてから、家の中を珍しそうに眺めながら高杉の後に続く。銀八がドアのカギを閉めている間も、遠慮なしにキョロキョロ見ている後姿が小動物みたいで思わず小さく笑ってしまった。
「む、今笑いましたね」
「気のせいだ」
口を尖らせて自分を見上げてくる夏目の顔を見た時、不意に昨日の夢が思い出された。白いペンキだけをぶちまけた眩しい世界で、最初は1人で佇んでいる彼女の姿を見つける。それと同時に、え~黒飴~、と金魚売のリズムに乗って聞こえてくる奇妙な歌を聞けば、いつの間にか彼女の周りには人が沢山集まっているのだ。
みんな赤ずきんに少なからず好意を持っている者ばかり。それを友情という枠でくくるならZ組のクラスメート、幼馴染とくくるなら沖田、そして恋とくくるなら名前はあまり知らない他クラスの男子生徒達。
彼女はどうしても恋に気づかない。
いつまでも天真爛漫な笑顔を全員に振りまき、それが相手の恋心を大きくさせてるとも知らずほほ笑む彼女は、やがて銀八の方へ視線を向けるのだ。そしてありったけの声で何かを叫ぶ。その"何か"が夢の中ではどうしても聞こえなくて、結局何を言ったのか分からないまま夢は終わってしまった。
「…先生?どうしました?」
「…夏目、お前さぁ…」
「はい」
「……俺に何か言いたい事とかねぇか?」
「言いたい事……?何で急にまた」
「いや、取りあえず、何かねぇか?」
夢の話の続きを求めるのは理不尽な事だというのは分かっている。だがどうしても気になって、現実の彼女に言えば答えが帰ってくるんじゃないかと淡い期待を持った。親切にも腕を組んで考えてくれているが、急に"言いたい事"と言われてもスッと出てくる訳が無かった。若干眉間に皺を寄せて、銀八の顔をじーーっと眺めるだけの時間が続く。
「んーーー……先生に言いたい事………」
特に早急に銀八に伝えなければいけない言葉は無い。
「(言いたい事かあ……)」
やはり、考えてもこの場で言わなければいけない様な言葉は見つからない。考えるのも疲れてきて、特に無いですよ、と素直に告げられた言葉は何故か銀八の喉に突っ掛かった。飲み込みにくいというのか、それとも期待外れで残念がっているのか、理由はよく分からないがどうしても認めたくなかった。
「なんか期待に応えられずスミマセン……」
銀八の顔が少し曇ったのを見て、謝る必要のない彼女が小さく頭を下げた。彼女は何も悪くないので、銀八は我にかえり「良いんだ」と愛想笑いを作る。その顔は、彼女が嫌う大人の顔。無意識に、あの冷たい廊下での出来事を思い出して気管がきゅっと縮まる思いがする。
そんな時彼女を救ったのは、他でもない高杉。エンガチョー、と言いながら強烈なチョップを銀八の頭にお見舞いした。外壁のブロックを地面に落したかの様な重い音に彼女も目を見開く。
「夏目が困ってんだろ」
そして先ほど銀八に言われた言葉をそっくりそのまま返す。教え子の容赦ない鉄鎚に銀八は反撃しようと構えるが、マイペースな高杉は欠伸をしながら玄関でさっさと靴を履いてしまう。来てまだ5分ぐらいしか経っていなかった。
「帰るぞ」
「へ?…あ、うん!」
茶を出せと言っておきながら、気分が変わり地元へ帰ろうとする高杉を止める必要は無い。むしろ銀八は帰れ帰れと悪態を吐く。わざわざ律儀に持ってきてくれた事に感謝した俺がバカだった、と思いながら。
2人を見送る為、一応アパートの下まで降りれば思いのほか寒くて両腕を擦った。風邪でなくとも体調が悪いのは事実なので、無理しないで下さいね、といつまでも心配してくれる彼女の言葉は今朝飲んだバファリンより効果があると感じた。
劇の本番、つまり文化祭まで一週間を切った今、クラスの要である担任が休む事はよろしくない。色んな調整の為、明日には何とか来て欲しいというのが彼女の願いだ。かと言って無理をして欲しくないのも事実。
「明日もしんどかったら休んだ方が良いと思います」
「明日はちゃんと行くから大丈夫だ」
「俺は別に来なくても良いと思うぜ」
「お前後期の成績表ボロボロに書いてやるからな」
例えるならば明と暗、性格が全く違う2人の気が何故合うのか分からないが、銀八は寒空の下2人を見送った。教師として2人乗りを見過ごす訳にはいかないが、今回は特別だと見てみぬフリをする。そもそも、銀八自身夏目とは2人乗りをした過去がある。
「先生さようなら~」
「ちゃんと日常点に加算しとけよ」
帰りも彼女が前に乗って、背中あわせに荷台に乗っている高杉だけが悠々と携帯をいじっていた。明日彼女の足が筋肉痛にならない様に願ってやり、姿が見えなくなってからそそくさと家へ戻る。
