きみがわらうとうれしくなる(5)
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「大人は嘘吐きな生物なのです」
銀八は静かにそう言った。俯き加減のせいで眼鏡の奥の目がよく見えない。一体どんな色をして今の言葉を言っているのか、誰にも分からなかった。
放送スピーカーの横に並んでいる時計の秒針が聞こえる程教室の中は静かで、すっかり蝉の居なくなった秋色を感じさせる校庭の木々がさわさわと揺れている。
夏目は、只ジッと息を殺し、固く握った拳を太ももの上に乗せ座っている。元々小さな肩幅は更に縮こまり、静寂に溶けきろうと込み上げてくる言葉を必死に飲み込んだ。
やがて銀八は愛読書を教卓の中から取り出して出席簿と一緒に脇に抱えた。大人は嘘を吐くものです、と言ったきり続きを話そうとはしない。チッチッチッと秒針だけが音を発する中、ようやく立ち上がったのは土方だった。椅子の揺れる音に皆の注目が彼に向けられる。それは勿論銀八のも。なんだ、言いたい事でもあるのか多串君。ずれかけていた眼鏡を直しながら銀八がそう問いかければ、彼は不躾ながらも人差し指を彼に向けて渾身の思いを叫んだ。
「テスト範囲全部違うじゃねえか!シャレになんねーぞ、この野朗!!!」
鉄を打ったかの様に土方の言葉が教室の中でエコーし、それと重なり下校のチャイムも鳴り響いた。
すると今まで嘘みたいに静かだった3Zにかかっていた魔法は解け、長い沈黙から解放されたクラスメートは「最悪だよ銀八―」と愚痴をこぼしながら各々帰りの準備を始め出した。
「お前等俺の出したテスト範囲を信じるとかどんだけ?ププ」
「この白髪野朗!これが期末テストだったらどうしてくれんだ!!」
「留年すりゃ良いんじゃね?」
「それが教師の言う事か!?」
「取り合えず今回のテストの点数は平常点には入れるからな~」
下校でざわつく教室内にそう言ってやれば、え~と心底落胆している嘆きの声がいくつも起こった。
いつか仕返ししてやる、と復讐を誓った土方は渋々座る。悲惨に悲惨を極めた現国のテストは、担任に間違った範囲を教えられたものであり僕たちの本来の実力ではありません、という文句と一緒に家でゴミ箱に捨てられるのだろう。
比較的勉強の出来る土方でも今回はあまり出来が良くなかったらしく、そのせいで内申が下がる心配は無いが銀八に騙されたのが只何となく悔しいだけなのだ。いや~残念残念、とヘラヘラ笑っているあの教師の鼻にシャーペンを突っ込んでやりたい気分になった。
「夏目、お前は何点だった?」
あちらこちらから「0点だったー!」と寧ろ楽しそうに言っているクラスメートの声を聞きながら、座ったままで黙り続けている彼女に土方は声をかけた。机の上には返却されたテストが裏返しに置かれている。夏目、ともう一度呼んで見ても何の反応も無いので気分でも悪いのかと思い近寄った瞬間、彼女は覚醒したかの如く急に立ち上がった。それも嬉々とした表情を浮かべて。
「やったァァアア!!!」
ずっと固め続けていた拳をそのまま万歳の形で天井に突き上げる。その拳が不運にも土方の顎にヒットした。
だが彼女は鬼副部長の事など眼中になく、可愛らしくぴょんぴょん跳ねながら大事そうにテストを胸で抱き締めている。床にダウンしてしまった土方のカウントは沖田がちゃっかり取っていた。
あまりに嬉しそうな笑顔は暗いこの教室の雰囲気の中で一際眩しく輝いている。何事かと神楽がテストを抜き取り点数を皆でのぞいてみれば、そこには「1」「9」という数字が名前の横に書かれてある。「19」ではない、「91」だった。
「天変地異ィィィイイイイィィイイイ!!!!」
失礼な神楽の発言も許せる余裕があるのか、歓喜のダンスを踊りながら一人で練り歩いている。
日頃から銀八の授業だけは一睡もせず真面目に受けていた結果がこの騙しテストに出たらしい。あまりに良い点数に採点をしていた銀八も思わず職員室で「ん?」と声を上げてしまった程だ。
「よくやった夏目、さすがだ」
「ありがとうございまっす!うっす!」
「そんなお前に今週号をやろう」
「嬉しいっす!うっす!」
まるで表彰状を貰うかの様に銀八の手から彼の愛読書(じゃんぷ)を受け取った。
「90点以上は夏目のみ!」
「えへへへへー」
すげーな赤ずきん、と周りからも絶賛され彼女は恥ずかしそうに頬を染めて笑った。この結果には銀八もやはり嬉しいのか、緩く笑って、賑やかなこの場から離れ職員室へ戻ろうと踵を返した。
神楽は悔しまぎれに彼女のテストで紙ヒコーキを折り始め、それを外に飛ばそうと窓枠に片足をかけて発射の構えを取っている。それにいち早く気付いた彼女が止めたが、乾いた秋の風と神楽の強肩により大気圏をぶち破る勢いで彼方へ飛んでいってしまった。あまりに見事な投げっぷりに周りからは拍手と歓声が起こり、彼女は土方同様に床に膝をつき白く燃え尽きてしまった。
銀八にも褒められたあのテストを、額縁にはめて家宝にしようと思っていた彼女の計画もろとも宇宙に飛ばされてしまった。
鼻息荒く「ねぇ見た!?私のスーパー剛速球!」と楽しそうな神楽。絞る様な声で「うん見たスーパー凄かったね」と半泣きの夏目。
笑ったり喜んだり嘆いたり、この数分間で色々と表情を変える彼女に感心しながらドアに手をかければ、土方のカウントをしていた沖田に不意に声をかけられる。
「先生、御褒美ってやつは無しですかィ?」
その言葉に彼の足は止まる。夏目たちの視線が一斉に背中に突き刺さったのが分かった。
まさかこのクラスで高得点を取る奴は居ないだろうと、ちょっとした賭けで「御褒美をやる」と言ってしまったのだ。90点以上なんか取れる訳がないと鼻で笑い、それでも保険として嘘の範囲を教えたというのに…。赤ずきんが賭けに勝ってしまった。
それを思い出した赤ずきんは御褒美下さいと嬉しそうに笑いながら片手を突き出してきた。生憎彼のポケットには煙草とレロレロキャンディーしか入っていない。一体どんなものをくれるのかと周りの目が期待していた。
「あー……御褒美ね、うん」
「図書カードとか!?クオカードとかですか!?」
クオカードだったら帰りにコンビニよろうね、等と楽しそうに沖田に話す夏目を見ていれば、銀八にも多少はある罪悪感がうずく。御褒美なんてそんなもの用意している訳がないのでこうも足早に立ち去ろうとしたのだ。彼女の高得点を喜ぶべきか悲しむべきか、なんとも曖昧な気持ちだった。
「先生!御褒美下さい!」
そんな眩しい笑顔をしてくれるな。心の中で呟きながらバツが悪そうに頭をかいてややあって「それ」と彼女が持っているものを指さした。
「それ?…これ?」
「そう、ジャンプ」
「はい、ジャンプですね」
「それ」
「え?」
「だから、御褒美は、今週号のジャンプって事で」
にこにこーと胡散臭さ満載の笑顔で微笑む銀八の顔に、お妙の右ストレートが飛んできたのは5秒後だった。咄嗟にしゃがんだのでその拳は何処に向かったかと言うと、ドアを凹ませるだけの被害だけで人には当たらず終わった。
「フフ、面白い冗談だ事~。御褒美って言ったらお金でしょう?出せるだけ出さんかい公務員」
「怖っ!それが安月給で働く教師に言う言葉か!」
「でも御褒美がジャンプなんて、銀八っつァんしか喜ばないアル。ほら、ハルを見てみるヨロシ。あまりのショックで石化してるネ」
図書カードとか図書カードとか図書カードを期待していた女子高生の心はジャンプでボコボコにされ、再び白く燃え尽きた彼女を優しきゴリラ部長が気にするなと笑い飛ばしている。
またたくまに教え子からじとーっとした目で見られ、逃げるに逃げられない空気に追いやられてしまう。他に何か出せるでしょう、と暴君監督が黒い笑顔でにじみ寄ってくる。ここでレロレロキャンディーを出そうものなら凶暴なZ組から暴力を受ける事になるに違いない。かと言って出せるもの等何も無い。
その時、左腕を神楽が固めて沖田に右腕を固められた。と思いきやペンを握らされて、破られたクラス日誌の紙に無理矢理何かを書かされてしまう。強制的に書かされたので小学生よりも下手な字になってしまったが、かろうじて読めるその内容は要するに「便利券」みたいなものだった。なんでも言う事を聞きますと書かされ、あっという間にそれは夏目の手に渡った。彼女はそれを見てきょとんとしている。
「何これ?」
「わー!夏目!今すぐそれを先生に返しなさい!呪われるぞ!」
「そんなに返して欲しいならそうと言って下さいよ。はい、どうぞ」
「ジャンプじゃネェェエエ!!!」
ビリビリに破られた紙に書いてある汚い文字の意味がようやく分かったのか、彼女は再び笑顔を取り戻し遠慮なく頂いた。その結果に満足してようやくクラスメート達が帰っていく。何でも言う事を聞く等、彼等に任せればどんな無理難題を押し付けられるか考えるだけで恐ろしい。それじゃあ先生さようなら、と満面の笑みで彼女が横を通り過ぎていく。
「何でも言う事を聞いてくれるとかラッキーでさァ」
「何に使おうかな♪」
「俺の顎を殴ったお詫びにそれを寄越せよ」
「殴った?私土方君を殴ったっけ?」
「てめ、罪の意識なしかコラ!」
そんな声がどんどん遠ざかっていく。(強制的であっても)渡してしまったものは仕方がない、取り合えず銀八は釘を刺しておかなければいけない事があった。なんとか心を持ち直し、廊下に顔を出して「そこの剣道部一同」と呼びとめる。いつもの剣道部面々が一斉に振り返り、紅一点が何ですかと聞き返してくる。
「お前等、言っとくけどそれは夏目専用だからな。間違っても俺ァ剣道部の言う事なんざ絶対聞かねーぞ?」
ケチな教師―、という沖田の失礼発言に続き彼女が嬉しそうに笑った。やがて廊下の角を曲がって見えなくなった背中に銀八は一息ついた。
嘘を吐いたバチでも当たったのだろうかと柄にもなく反省してみたりもした。
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「ってな事があってこんな素晴らしいものを貰った訳よおかあさん」
「へえ……良かったわねぇ」
クッキーをかじりながら夜のドラマを見ていた母親が、大して興味が無さそうに一応は相槌をうつ。晩御飯の後片付けも一段落した今、軽く睡魔に襲われ始めた母親とは対照的に娘は興奮冷めやらぬ勢いで今日の出来事を話している。テストで良い点を取った事より、世にも便利な券をもらった事の方がよっぽど嬉しいらしい。薄っぺらい紙に書かれたみみずにしか見えないそれに対してここまで喜ぶという事は、娘にとってそれなりに大きな意味を与えているのだろうと母親は冷静に分析して、お茶を一口啜った。
「それで、どんなお願い事をするの?」
「え?」
「坂田先生が何でも言う事を聞いてくれるんでしょう?一回こっきりしか使えない訳だから、適当に言ったら坂田先生にも失礼よねぇ…」
かと言って無理難題を言うのは駄目よ、と付け足してドラマの展開に大きく瞬きをしていた。
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