きみがわらうとうれしくなる(4)
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1クラスだけで使うには少々広く感じる体育館で、坂田組と書かれた上着を着ているお妙が「カット!」とよく通る声を出した。黄色のメガホンで右肩を軽く叩きながら、狩人役である神楽と沖田に近付く。
「今の場面は、狼の危険性を赤ずきんに伝えるシーンだから、もう少し怖そうに言えないかしら?」
「分かりやした監督。こうしながら言えば良いんですねィ」
「ちょっと待て総ちゃん!何で銃を向けながら言うのよ!」
「だって監督が怖そうに言えって言ったアル」
「何で神楽も銃を向けるのよ!これ只の脅しじゃない!?」
「いえ、これでいきましょう」
「監督ー!?ちょ、これ反射的に手ぇ上げちゃったけど、偽者の銃だよね!?本当に弾が入ってるとかじゃないよね小道具係!」
「………」
「………」
「私の目を見て小道具係ィィィィイイイィ!!!!」
狂狩人に銃を向けられた赤ずきんは、ひぃひぃ泣きながら、それでも懸命に劇の練習に励んでいた。
1週間の間に振り分けられた体育館練習の日数は少ない。今日はその数少ない貴重な時間なのである。
小道具や大道具も少しずつ出来上がってきた所で、役者達もだいぶ台詞を覚える様になってきた。
ストーリーを何度か目にした銀八は「これ大丈夫かな、生徒指導からお叱りとか来ねーよな」と若干の危機感を抱きつつ、めんどくさいので放置していた。良く言えばZ組の事を信頼しているのか、生徒が作り上げていくものに彼は一切の口出しはしなかった。
騒がしいが、それでもワイワイ騒いでいる様子を離れた所から見ていれば良い時間つぶしにはなる。
自分が高校3年生の頃はあれだけ無邪気に笑った覚えが無いので、銀八は彼等が本当に3年生なのかどうか疑わしくなってきた。
あんなに馬鹿みたいな事して馬鹿みたいに笑っている彼等が、数ヶ月後には卒業しているのが信じられなかった。
「(って言うか卒業出来んのかね…)」
生活態度に問題アリの生徒、成績に問題アリの生徒、その他諸々に問題ばかりを抱えている我が生徒。狭い日本、ここまで沢山の色が一箇所に集まれた事が奇跡だと感じていた。
「(そろそろ6時間目も終わるな…)……おーい、お前等ー、チャイムも鳴るし教室に戻るぞー」
結局真剣に練習出来なかった彼等に、体育館の端で傍観していた銀八が立ち上がり声をかける。その気だるそうな声はZ組の喧騒に紛れ、中々届こうとはしない。
しかし銃を向けられていた赤ずきんが彼の声をいち早くキャッチし、まだ降参のポーズを取りながらも顔を向けてきた。単語までよく聞き取れなかったのか、小走りで歩み寄ってきて「何か言いました?」と笑顔で一言。
その純粋な表情に毒気を抜かれるというか、思わず小さく笑えば、彼女が首をかしげる。
「なぜ笑う」
「いや、悪ぃ」
決して馬鹿にして笑っている訳ではないので、銀八の笑みは珍しく柔らかいものだった。先日の放課後、沖田に見せた大人の笑み等では無く、彼自身も気付いていない素の笑い方。
「む、私が何かしました?」
「いんや、なんも。ただ、もうすぐでチャイムが鳴るからそろそろ教室に……――」
最後まで言おうとした時、通行路に面している側面にある扉からガヤガヤと通る男子一行の声が今度は彼女の耳に入った。体育の帰りなのか、運動場から教室に帰る道でここを通っているのだろう。
その1人から「夏目」とまさか声がかかるとは彼も、彼女自身も思っていなかった。
銀八の影に隠れ丁度見えなかったのか、彼女は体を傾けて顔を出す。するとその男子が扉まで来たので、彼女も条件反射にその場へ歩いた。
すれ違い様に見えた彼女の表情は、さきほど銀八に向けた笑顔のまま。人に対する警戒心など欠片もない純粋無垢の笑顔は、担任になってから幾度となく銀八は向けられた。こちらの毒を抜いてしまう、陽だまりの様な暖かい笑みだ。
しかし、それが他の人間に向けられているのを見るのは初めてであった。でなければ、軽く息が詰まる感覚を過去に味わった事はある筈だ。
心臓はしっかり動いているし、相変わらずうるさいZ組の声もちゃんと聞こえている。それは本当に微々たる変化で、今一彼もよく分かっていなかった。胸の中に刺さった一本の小さな針が抜けない微かな痛みに、彼は一度深呼吸をしてみる。
「おー、練習してんのか赤ずきん」
「おうよ。ばっちり練習中よ」
「衣装とか出来てんのか?お前それ只の赤い頭巾かぶってるだけじゃねぇか」
「これから衣装も何もかも仕上げていくんですぅー!本番は絶対に見に来てよね」
「茶々いれにいくわ」
「うっわ、最悪」
背中から聞こえる高校生の会話。只の日常会話である分、悪く言えば特に意味も何も無い軽い言葉。
だが銀時は知っているのだ。例え軽く浮いていく言葉であっても、男子生徒にとってそれは眩しいばかりの色で輝いているのだと。言葉が気管を通り、空気を震わせて彼女の耳に届く事は自身も浮つくほど嬉しい事だというぐらい、教師じゃなくてもよく分かる。目の前にしてその色に気付かない彼女がよほど可笑しいのだ。
あの茶色の目に周りは一体どう見えているのか、銀八は一度で良いから知りたかった。そうすれば、彼女が一体自分のどこに魅力を感じてしまったかがよく分かる。口から聞けるような事ではないので、その目になって、全てを見る事が出来れば手っ取り早い。
しかしながら、男子生徒の気持ちに彼女が気付くのは何故だか面白くなかった。虹色に輝く彼の言葉の真意に触れた時、彼女は頬を真っ赤にさせるのか、恥ずかしそうに目をそらすのか、はたまた嬉しそうにはにかむのか…。どの選択肢を選んでも、針の痛みは中々取れなかった。
「センセー、そろそろ終わりやすかィ?」
「え、あ、…おう……」
「?なに驚いてんでさァ」
急に沖田に声をかけられ、現実に戻ってくるのに少し時間がかかってしまった。いつの間にか教室に戻る準備を始めている教え子達が見えた時、授業の終りを告げるチャイムが鳴り響いた。
「ハル、帰りやすぜィ」
「あ!うん!分かった!…じゃあね、そっちも文化祭の準備頑張って!」
「おう」
軽く弾む言葉はやはりキラキラと輝いていた。
肩越しに振り返ってみれば、青春を突っ走り、教室へと向かう背中が小さくなっていくのが見えた。逆光の影響か、それとも演出の影響か、あまりにも眩しく感じてしまったので銀八は眼鏡をはずして目をこする。
「あれ、先生?ゴミでも入りました?」
「……………」
隣に戻ってきた赤ずきんが、若干見上げる形で銀八に聞いてくる。汚れのない彼女の瞳に写る銀八は、気のせいでなければゲンナリとしていた。
「…お前、さっきの奴と仲良いのか?」
「仲、ですか…?さあ、どうでしょう」
「どうって…」
「最近喋る様になった仲なんで何とも言えませんね」
「最近ねぇ…」
「そうなんです!最近なんです!……不思議ですねー、なんの気まぐれで私に喋りかけてくれるようになったんでしょう…」
「…………」
「赤ずきん効果ですかね?」
どんな効果だそれは。
自分が好意を寄せる相手ならば、多少なりとは気持ちが読める彼女であったが、自分に対し好意を寄せてくる者は全く分からないらしい。
気がつけば刺さっていた小さな胸の痛みは取れたが、その代わりにこの教え子の無知さに頭痛がした。
頭に赤い頭巾を巻いて何も分かっていない目を向けてくる様子は、意気揚々とおばあちゃんの家に向かう赤ずきんと重なってしまった。やっぱりお前に適役だな、と呟けば、何の話をしてるんですか、と彼女が口を尖らせる。
「ハルー!何してるアルかー!」
「ごめんごめん!今行くー!」
入り口付近からかかった声に反応して、赤ずきんが一目散に駆け出してしまった。
「……アイツに惚れた男は報われねぇな…」
名前もはっきりと知らない生徒であったが、彼の弾む声音はきっと彼女相手でしか出せないのだろう。どうして赤ずきんが気付かず、傍観に徹していた銀八が彼の気持ちに気付いたのかが謎だった。早く気付いてやれよ、という担任の独り言は流石に届かなかった。広くなった体育館の中を弾みまわっていた言葉が、遠慮なしに銀八の頭にぶつかってくる。
「あー、頭痛ェー……」
「先生ェー!早く戻りますよー!」
「っるせぇー赤ずきんゴルァー!」
「あり?何で私怒られてんだろ?」
「ほっとけば良いネ。ほら行くヨ」
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