きみがわらうとうれしくなる(4)
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Z組に愛される、可愛い彼女を悩ませている最大の悩みについて説明しましょう。
(a+b)2=a2+2ab+b2、(a−b)2=a2−2ab+b2、(a+b)(a−b)=a2−b2「次の式を展開せよ」「Xだけでなく、係数も二乗する事を忘れないように」。
それは最早日本語なのか宇宙語なのか分からない。
数字をどうやって展開すれば良いのか、公式通りにやってみても、意地悪なひっかけ問題が残り少ないやる気をゴッソリ奪っていく。
数字と記号が羅列した教科書に嫌気がさす5時間目。
悲しきかな、上記の問題は復習問題なのだが、彼女の記憶には残っておらず中々シャーペンが進まない。
しかし驚く事なかれ、彼女はそれぐらいで悩む人間ではなかった。「数学なんて、消費税とか割引の計算が出来れば生きていけんじゃん☆」とほざく彼女は、ろくに割引の計算も出来ないくせに赤点を取っても一向に凹まない。なぜなら、赤点を取っても追試でかならず取り戻すからだ。
では、彼女は何を悩んでいるのだろうか。意味深な溜息をこぼしたのを数学教師は見落とさず、「赤ずきん、授業中に溜息をするな」と注意をする。それを聞いて、彼女が露骨に顔をしかめる。
そう、今の発言に含まれていた単語こそ、彼女を悩ませる要因なのだ。
赤ずきん。
寝たきりのおばあちゃんに会いに行く途中で何やかんやあり、おばあちゃんの家についても何やかんや起こる有名なおとぎ話の一つだ。その赤ずきんっぽいものを学祭で披露する事になったZ組は、彼女をヒロインとして(強制的に)推薦。迫ってくる力に怯え渋々了解してしまった彼女は、謀らずとも周りから「赤ずきん」と呼ばれるようになったとな。めでたしめでたし………とは、いかなかった。
「どうして先生たちまで"赤ずきん”って呼ぶようになったんだ……!」
数学が終わって、6時間目の日本史に突入する前に、赤ずきんが机に突っ伏してそう呟いた。どうして、と言われても、彼女が「赤ずきん」なのだから仕方ない。
「可愛らしいから別に良いじゃないの」と慰めてくれるのは美しい暴君監督。何がそんなに気にいらないのか、全く分からないでいた。
「だって、赤ずきんってそんな幼稚なあだ名!私もう17歳!」
「まだまだ餓鬼んちょアル。赤ずきんがやっぱりお似合いネ」
「何だとォォオオ!!!」
売り言葉に買い言葉、教室の一角でギャーギャー騒ぎ出した神楽と彼女を宥めるようにチャイムが鳴り響いた。
すると社会教諭である服部が、教科書を脇に抱えて教室へ入って来る。そして真っ先に目に入った二人へ注意を呼びかけた。
「そこのチャイナ娘と赤ずきん。早く席につくか国へ帰れ」
「だから赤ずきんじゃないですってばァァァアアア!!!!」
渾身の叫びが、廊下の奥の教室まで聞こえていたというのは余談である。
**********
どいつもこいつも赤ずきん赤ずきんウルサイんですよチキショー。
彼女はまるで呪文を唱えるようにそう言いながら帰ったという。今日は劇の練習が無いので足早と帰ったヒロインは、黒いオーラをまといながら自転車に跨り門を出た。その様子を、楽しそうにS王子が眺めていたとも知らずに…。
「多分子ども扱いされてる気がして嫌なんでしょうねィ」
「どっからどう見ても子どもなのになー」
「まあアンタから見ればね」
同じくして窓際から荒れ気味のヒロインを見送っていた銀八が、似合ってんのにな、と彼女が聞いたら怒りそうな発言を続けた。確かに、と沖田も呟いた。
「…で、ここで何してんですかィ、先生」
「いやー、夏目に書いてもらわなきゃいけねープリントがあった訳よ、進路指導の関係で。でもチャイムが鳴るなりすぐに帰りやがったなアイツ…」
「俺が家まで届けやしょうか?」
「あー、どうしようかね……」
提出の締め切りは確かに迫っているが、今日中に渡してどうこうという程切羽詰まったものではないらしい。簡単に、自分の進路先等等を書くだけなので、学校で書こうと思えば書けるものだ。暫く考えた銀八だったが、明日渡すわ、と答えた。
しかし、それが簡単にはいかない事を沖田は知っていた。
「なら、頑張って男子高校生より先にハルを捕まえて下せィ」
「…………なにそれ?」
意味不明な言葉に、銀八の視線がようやく沖田に向けられた。下校で賑わう声が学校を包む暖かい放課後で、沖田の瞳の色は対照的に黒く冷たかった。
沖田総悟という生徒は、標準より少し落ち着いた雰囲気のある学生だ。時に大人顔負けの言動行動を取る風紀委員は、たまに銀八を翻弄したりする。今の様に。
「…先生沖田クンの事苦手だわー」
「奇遇ですねィ。俺も先生の事がどつき回したいぐらい大嫌いでさァ」
「そこまで言ってないですけど!?」
先生の事が嫌いだったのか!、とオメオメ泣き出した銀八をよそに、沖田はしれっとした顔で「知らないんですかィ?」と呟いた。
「赤ずきんはモテモテなんでさァ」
「ああ、それは知ってる」
「マジでか」
てっきり知らないとばかり思っていた沖田にしたら、銀八の態度はやけにあっさりとしていた。サラリと言いのけた担任は、また視線を外へと向ける。
眼鏡をかけている横顔からは何の表情も読み取れない。少し肌寒くなってきた秋の風が2人しか居ない教室を泳いでいた。
苦手、と言われて、別段驚きはしなかったし薄々気付いてはいた。自己分析が出来ている彼にとって、大人からどう見られている等分かりきった事であり、正直どうでも良い。
しかしその評価に誰かが噛んでいるとなれば?
自分1人ではなく、第三者が絡んでこその"苦手"ならば話は別だ。
「先生は、俺とハルの仲が良いから俺の事が苦手なんでしょう?」
窓枠に肘をつきながら沖田が言う。
「なんの事やら」
「またまた~」
夏目という女友達とは、沖田にとってもう随分前からの付き合いになる。それは周りもよく知っている事なので「付き合ってるの?」なんて馬鹿げた質問をしてくる友達はもう居ない。
男女間の友情が成立する事を示している彼等の付き合いは公認されたものだが、この担任にとったら、少し違うらしい。
沖田の目とは変わって、色んな物が混じって見える瞳の色は間違いなく大人だけが出来るものだった。
眼鏡の奥の視線が細まり、口元に薄ら笑みを浮かべる。これが一部の女子に人気のある大人の微笑み方かぁ、と呑気に頭の隅で思いながら沖田は銀八を見かえした。二人の視線の間には、秋の風とそれに吹かれるカーテンだけだった。
「俺、引っ掻き回されるの好きじゃないんだわ」
「こりゃ失礼しやした」
悪餓鬼らしく、無表情で謝り「べ」と舌を出した沖田に、ため息を零した担任はすぐに大人の笑みを引っ込めた。骨ばった手で銀髪をかきながら、今度は面白くなさそうに顔を歪めて腕を組む。そして窓にもたれ、またため息を一つ零した。
「ちょ、どこまで知ってるかは知らねーけど、ほっといてくれ!担任からの一生のお願い!」
「え~ヤダ~」
可愛いフリして言ってみれば、銀八がまた口を引き攣らせる。それを見て、沖田はニヤリと笑う。
「俺に悟られる様な先生がいけないんですぜィ」
その言葉通り、自分が悟られる様な行動を取っていたなら情けないが、特に何かヘマをやらかした覚えが銀八にはない。それ程沖田が鋭すぎるのか、はたまた自分がやはり分かり易かったのか…。いやしかし、分かり易さといえば例の赤ずきんの方がよっぽど単純だ。
腹の立つ事をされたらすぐに怒るし、面白い事があればすぐに笑うし、悲しい事があれば正直に泣くし、気まずい事があればドギマギもする。
サイコロの目の様にコロコロと転がり、出た数字のマスだけ進んだり、時には止まったり引き返したり。一つの場所に止まらず、それはもう台風の様に渦巻いて、何かを巻き込みながら進んでいくのだ。
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