きみがわらうとうれしくなる(2)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********
生憎雨ではあるが、それとは裏腹に私の心の中は快晴だった。ドッピーカンだった。今なら空も飛べるような気がする!!
「いや、きっと飛べる!!」
「是非やめてくれィ」
昨夜は家族3人で歌え騒げの緊急パーティーだった。主に歌え騒げ状態だったのは私だけで、お母さんはニコニコと、お父さんは朗らかに笑ってくれるだけだった。それでも、二人共喜んでくれた。よく頑張ったな、とお父さんに言われた瞬間ポロリと涙が出たのは総ちゃんには内緒だ。
そんな夏目家の緊急パーティーの熱がまだ冷めない私は、雨傘をクルクル回しながら歩いて登校していた。隣には、湿気で前髪がぴょっこり跳ねている総ちゃんが不機嫌そうに歩いている。もちろん合格という事実には喜んでくれた。
彼がこんなにも不機嫌なのは、この雨のせい。総ちゃんは昔から雨が嫌いだった。
「今日の体育も体育館になっちゃうねー。外で短距離走やりたかったのにな……」
「チッ……どこのどいつがマイムマイム踊ってやがんでィ…」
「総ちゃん、これ別に誰かが雨乞いの踊り踊ってるから降ってる訳じゃないよ?」
「土方の野朗か!!!」
「最早それは只の八つ当たりの域だよね?」
ピリピリしている総ちゃんの横で、段々と見えてきた校舎に心臓がドキリとした。
おめでとう。
電話越しで聞いた声は、いつもの先生の声よりグッと優しかった。ような気がする。
私が浮かれすぎていたのかもしれない。合格通知に目を通してはしゃいで、先生の携帯に電話をかけるのに無駄に緊張して、心臓は喧しいぐらいにドキドキと音を立てていた。傘の柄を持つ手に力が入る。
先生に会うのが緊張する。今までずっと迷惑をかけてきて申し訳無いという気持ちがあるからなのだろう。どんな顔をして先生に会えばいいか分からない。
「あー、体育館で何すんのかねィ」
「え?」
「体育」
「あ…そ、そうだね!ドッチボールでもするんじゃない!」
「高校生にもなってドッチボールゥ?」
俺は絶対に嫌でさァ、と口を尖らせる総ちゃんに苦笑いしていると、あっという間に学校についた。いつもの様に上靴にはきかえて、歩きなれた廊下を通り教室に向かう。
もう耳元に心臓があるんじゃないか、ってぐらいドキドキという音がうるさい。電話では「へへへへ」なんて情けない笑い声を晒したものの、あれは機械越しだから出来た事。実際に目を見て話すのと電話越しで話すとのでは差がありすぎる。それはもう!緊張の度合いが!全く違う!!!
「……ハル?何してんでィ、早く入るぞ」
「へ、へいっ!!!」
雨に濡れた髪をフェイスタオルで拭きながら総ちゃんが私の背を教室へと押す。
ちょちょちょちょっと待って!私まだ心の準備が出来てない!どんな顔をして先生に会えば良いか分からないよ総ちゃん……!!
同じくして濡れたスクールバッグを胸に抱いて、きつく閉じていた目をそっと開けてみる。
するとそこにはいつものZ組の朝の風景があって、変わった事といえば神楽やそよちゃん達が目を輝かせて私に寄ってきてくれた事だった。
「おめでとうアル!!!」
「おめでとうハルちゃん!」
「え!?あれ!?何で知ってるの!?」
「フフ!沖田君からZ組に一斉送信のメールが届いたの!」
「総ちゃんいつのまにメール送ったの!?」
「俺の辞書に不可能という文字はない。ただ雨だけは止ます事が出来ない」
「それは誰にだって無理だよ!?」
あの朝の登校時間でまさか総ちゃんが連絡してくれていたとは驚きだ。言っちゃ駄目だったか、と聞いてきた総ちゃんに、笑って首を横に振った。
「頑張ったんだし、存分に祝ってもらいなせェ」
そう言って頭を乱暴に撫でて、彼は自分の机の所へと行く。おめでとう、と周りからの声と幼馴染みの優しさに、久しぶりに心の底から笑みがこぼれたような気がした。
よくよく冷静になって考えてみれば、この時間帯は先生はまだ居ない。職員室に居る……いや、もしかしたらまだ職員室にも居ないかもしれない。
心を許したクラスメート達に「ばんざーい!」と叫ばれながら、私はどーもどーもと頬を赤らめた。
「よくやったわ赤ずきん。これで劇の練習にも集中できるわね!おめでとう!」
「ありがとう総監督!私頑張ります!!」
「おめでとうハルちゃん!」
「ありがとうそよちゃん~!!」
「これオメデタの印の酢昆布アル。特別に3枚あげるネ!!」
「何!?おめでただと!?夏目、貴様高校生の身分で将来性も無いのにオメデタとはなんたる…」
「違う違う違う!!!どうして桂君はそうやって話が飛躍するの!?私決して御懐妊してませんから!!」
「おめでとうございます夏目さん」
「ひぃっ!?あ、ヘドロ会長…いや、ヘドロ伯爵、あ、ありがとうございます!!ほらみんなヘドロ伯爵に向けて敬礼!!!」
敬礼ー!!!と、Z組最怖の顔を持つ心優しきヘドロ伯爵に向けて敬礼をする私達。その横で「僕達もいつか子どもを授かりましょう!!!」と叫びながらお妙に向かっていった近藤君が、彼女の鉄槌に敗れ教室の床にひれ伏す事となった。
阿吽絶叫、いつもの教室。
それを肌で感じて心がホッとした。
ホッとしてたから、急にかけられた声に驚いた。
「夏目」
「!!」
ゆっくりと振り返ってみれば、湿気効果でいつもより数倍クルクルした頭の先生が立っていた。みんなは、お妙による近藤君への一方的な華麗なるコンボに熱中しているようで「がんばれ!」と声援を送っている。それは果たしてお妙に送っているのか、生き残れという意を込めて近藤君に送っているのかは分からない。
「せ、先生、おはようございます!」
「おう、おはよう」
只今の時刻は8時25分。いつもの先生を思えば、来る時間がとてつもなく早い。
「……何、あのストリートファイターは。ゲーム画面から飛び出してきたか?」
「あれは、その、あはははは……」
お妙のコンボが100hitを越えそうな手前で、先生からその話は出た。
「受験、お疲れさん」
「(あ……)」
出欠簿を頭の上に優しく置かれ、その隙間から先生を覗き見してみれば、軽く首を傾けて小さく笑っている先生が居る。
あの氷のような冷たさの廊下で見た顔とは全く違う、優しい顔に涙腺が緩みそうだった。
「よく頑張ったな」
「せ、先生が手伝ってくれたから…です…」
「服部センセにもちゃんと伝えてやれよ?あれでも結構ー心配してたクチだったからな」
「そうなんですか!?」
お恥ずかしや、色んな先生に心労を背負わせていたとは…。でも、頬に赤みが差す前に、先生の言葉で私の頭はいっぱいになった。
「昨日の言葉、直接聞きたいんだけど」
「昨日の…言葉……」
それはつまり、ニュアンス的には昨日の電話での言葉を直接聞きたいという事なのだろう。
昨日の、電話の話……。
だから先生、あれはですね、電話だからスラスラと話せた訳でありまして、もう一度聞きたいと言われましても一体何を話したかなんて宇宙の彼方に飛んでいった訳です。
ストリートファイターを観戦している声援を背で聞きながら、私は目を泳がした。取りあえず、思い出せる分を声にのせてみる。
「ご……合否の結果……の事ですよね…?」
「?それ以外に何かあるか?」
ですよねー。合否の事ですよねー。えっと……私は先生と何を話したんだっけ…?
最初はとりとめのない事を話してて、そしたら途中で先生の反応が全く無くなって、何回か呼びかけたらようやくこたえてくれた。電波がどうとか言ってたから、じゃあ明日学校で直接言いましょうか、となって、今聞く、と声が返って来たのだ。
真剣な先生の声に、私はほんの少し恥ずかしくなったのを覚えてる。先生はこんなにも私の事を真剣に考えて、私の将来の事を気にかけてくれていたのだ。
それなのに私といったら、自分の先生に対する気持ちばかりを心の何処かに置いて、事あるごとにその事実に全ての原因をなすり付けていた。イライラしてたのもモヤモヤしてたのも、あれは先生のではない。私が勝手に抱いていた"先生への恋心"だ。この人は、なぁんにも悪くない。
私がもう少し大人だったら、先生に見てもらうことは出来たのだろうか?そう考えたら鼻の奥がツンとして、でもようやく気持ちに一区切りつけたような気がしたのだ。
「………夏目?」
昨日の様に、先生が優しく私の名前を呼ぶ。
だから、私はそれに応えなければ!
拳をぎゅっと握って、目を上げて、堂々と!
「合格しました!」
すると先生は、また昨日と同じようにしばし沈黙する。一瞬声の大きさに驚いたのか目を見開いて、それでも優しく細まったのはすぐだった。
「おめでとう」
ポンポンと出席簿で優しく叩かれ、また鼻の奥がツンと痛む。そしたら先生が「何泣きそうな顔になってんだ」と苦笑いをこぼした。泣くな泣くな、と言いたげに今度は手で頭を叩かれた。
「ありがと…っ、先生っ!」
喉から込み上げる熱い何かに言葉を遮られたものの、ちゃんと先生には届いたようだ。俺は何もしてやれてねぇよ、と妙に遠慮がちな先生の優しさにまた触れられる事が幸せだった。ありがとう、先生。
「おぉ!姐御が150コンボいったアル!!」
「えぇっ!?」
しかし余韻に浸っている暇はなく、後ろから聞こえた100コンボ越えの事実に声を上げ驚いてしまった。我等が部長が、もはや顔の原型が分からないぐらいボッコボコになっている。
「あーあーあー、もうー!」
これは流石に止めに入らねば部長が死んでしまう。意を決して凶君・総監督の元へ足を進める私を、先生が優しい目つきで見ていたのは知らなかった。
「そろそろ止めないと近藤部長が死んでしまう!」
「お、Z組の赤ずきんが戦場に飛び込むつもりですぜィ」
「総ちゃんは傍観してないで早く助けないと!」
やいやい騒ぐ教室の一角で、肩の荷がおりた私は久方ぶりにバカ笑いたるものが出来たような気がする。あははと声を上げて、周りの人と笑い合って、その中に居れるのはとてつもなく恵まれていると心の底から思えた。
2/2ページ
