きみがわらうとうれしくなる
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逃げ続けた事に罪の意識があるのか、眉がハの字になっている教え子を見て盛大なため息が出た。どうやら彼は周りに人気の「いつも元気な夏目サン」を困らせるのが得意だという事に気付いたらしい。
走り続けて乱れた髪をガシガシと掻きながら、小さくなって座っている彼女の隣に腰をおろした。吹き抜けてゆく風が心地よく、運動場からはサッカーボールを追いかけている元気な学生の声が遠くに聞こえた。
散々追いかけまわしたのは良いものの、別に"怒っている"訳ではない。
確かにいつまで経っても結果を言わず逃げ続けた彼女をもどかしく思ったりもしたが、結果がどうであれ、受け止める覚悟等彼女以上に出来上がっていた。それが担任の仕事だと、柄にもなく教師節を発揮する。
ちらりと横を見てみれば、秋風に揺れる前髪の下の目が少し伏せめがちになっている。三角座りしている膝に若干顔を埋めている彼女と、胡坐をかいて後ろに手をついている銀八。
「夏目」
体を少し起こして顔を覗いてみればあからさまに目を逸らされる。まさか、という思いが、やはり、という思いに変わった瞬間だった。不思議とため息は出なくて、肩の荷がおりたような感覚がして、もう一度後ろに手をついて空を見上げる。
「……まぁ色々あったけどよ…」
こういう時はどうやって励ませば良いのか、すぐに良い言葉が浮かんでくる程銀八は優しくはない。変に言葉を繋げば逆に傷つけそうで、それがとてももどかしい。
「お前は、頑張ったよ」
そう言って彼女の頭を優しく数回叩いた。秋の光を存分に浴びて、少し茶色っ気のある髪はじんわりと温かかった。
まだ膝に顔を埋めてはいたが、伏せていた目が少し見開く。
「結果がどうであれ、頑張ったことは事実だ。それで充分だろ」
ありふれた慰め文句だが、ドラマから聞こえる台詞とはまた違う。
銀八の声で、それもすぐ隣で言ってもらえれば、誰に言われるより彼女の心に沁みた。ピンク色の唇もやがて三日月のような笑みを浮かべた。
「ありがとう、先生」
「んー」
こうも改めて"先生"と言われると恥ずかしい気もするが、声がいつもの調子に戻ってきた事が何処となく嬉しく感じられた。また横を見てみれば、さっきとは幾分表情が明るくなった彼女が座っている。
それだけで充分だった。
頭に乗っけていた手を戻して、ふぅ、と気付かれないように一息ついた。
これから頑張れるか頑張れないかは彼女次第。そしてそれを生かすか生かすないかは銀八次第。忙しくなりそうだが、ここまで付き合った以上見放せる訳がいかない。
「先生」
不意に彼女が口を開けば、銀八が風に銀髪を遊ばせながら気の抜けた返事をかえす。
「明日はちゃんと良い報告が出来る様に祈っといて下さいね」
「んー……………って何が?」
急によく分からない事を言われ、思わず眉をしかめ彼女を見る。すると小動物のような可愛らしい仕草で小首を傾げている彼女も「何がですか?」と聞き返す。質問を質問で返されては更に分からなくなる。
「いや、何がですかじゃなくて何が?」
「え?だから何がって……」
「何?良い報告って」
「そりゃ、合格発表の事ですよ」
「へぇー………、……、…………え?ゴウカクハッピョウ?」
「何で片言なんですか」
その問題は悔しいながらも"不合格"という形で終わらせていた銀八にまさかのジャブ。なんの話か分からず軽く眩暈がする。
「や、だからー…」
「……」
「昨日が合格発表の日だと思ってて…あ、因みに郵送されてくる形なんですけどね、短大のパンフレットを見たら昨日の日付が書いてたんですけど……」
嗚呼、この生徒はまた何かやらかしてくれるぞ。
教師としての勘が言った。
そして彼女は照れたように頬をかきながらこう言った。
「それは結局その日にち付けで送られてくる意味だったらしく、届くのは今日だったんですよねー………つまり!合否が分かるのは今日!先生に報告するのは明日!!」
「何じゃそりゃぁぁあああぁあああ!!!!!」
壮大な突込みが屋上から発せられた。某劇のように派手に転んでやりたい気分だった。
「おま!何だそれ!」
「あれ?先生ご存知じゃ…?」
「ご存知じゃねぇよ!!!」
「えー?私はてっきりこの鈍臭さに怒って追いかけてきてるものかと思いましたよ」
「違うわ!!!」
「じゃあ何で追いかけてきてたんですか?」
「合否を聞く為に決まってんだろ!!!」
「残念でした〜明日で〜す」
「反省しろ!!」
「いだっ!!」
デコピンを喰らわした後、銀八は背中から倒れて顔を抑え右へ左へとゴロゴロ転がる。白衣が汚れてもお構い無しの様子だった。それぐらい気が抜けたというか、ホッとしたというか、馬鹿馬鹿しくなったというか…。
「も~ホントお前やだっ!ばかっ!頼むからしっかりしてくれっ!」
「すんません…」
自分の隣で転がっている銀八に向かって正座をした彼女は、更に縮こまって視線を泳がした。
しばらくすると銀八の動きが止まって、それを不思議に思った彼女が膝を進めて顔を見下ろす。ゴツゴツとした男らしい指の隙間から銀八の目が彼女を見ていた。
「…じゃあ明日は合否を聞けるんだな」
「はい!結果がどうであれ、朝一番に先生に報告しにいきますから安心して下さい」
「お前はホンットに……!」
もう一度デコピンしてやろうと思い顔から手を離せば銀八の視界が晴れる。そこには青い空を背景に、自分をにこにこしながら見下ろしている夏目の姿があった。その笑顔ぶりに思わず毒気が抜けてしまう。
「ったく……」
右腕を目にのせて呆れたように呟く銀八を知ってか知らずか、彼女の目線は今度は空へ行く。どこまでも伸び続けていく飛行機雲に興味がいってしまっていて、子どもらしい綺麗な目でそれを追っている。
そんな穏やかな顔を見てしまえば怒る気にもならない。銀八はもう一度ため息をついて、勢いよく上半身を起こす。すると彼女の瞳も銀八へと向いた。
「携帯」
「え?」
「携帯出せ」
「携帯ですか?」
銀八の手の平に置かれたのは彼女の携帯。そして見た事のない番号を押し始める。
「ちょっ、何してんですか!」
「待ち受けは神楽とのプリクラ画像か…」
「いやーー!何気に見ないで下さいーー!!!」
腕を引っ張られても肩を揺らされても頑なに携帯を返さない銀八はやがて番号を押し終える。そして耳にあて、繋がった事を確認するとすぐに切った。そして素直に返す。
発信履歴に見た事のない番号。誰の番号だこれ、と悩んでいる彼女を置いて、銀八は立ち上がりドアの方へと歩いていってしまう。
「わ、待って下さいよ先生!」
置いていかれないように後に続いた彼女が、誰の番号かをもう一度彼に聞く。
すると数段下を歩いていた銀八が立ち止まり、首だけを振り返り「俺の」と簡潔に言った。
「…坂田先生の?」
「そ。もう明日まで待てる自信が無いわ。だから今日中に連絡しろ」
「……」
「何だ、なんか文句でもあんのか」
「え!?いや、無いです!」
それでよし、と満足そうに笑った銀八はまた階段を降り始める。
「忘れんなよ」
「へ、へい!!!」
「おま、朝から変な返事の仕方ばっかだな」
面白そうに言って何気なく振り返ってみれば、これまた嬉しそうに微笑んでいる彼女の姿があった。屋上へと続くドアからもれる光に当てられ、彼女の輪郭が優しい光を帯びている。
「ちゃんと連絡します!!」
敬礼をして、立ち止まっている銀八の横をスルリと抜けていく彼女。リズム良く駆けていく音がどんどん遠くなっていった。
今夜にかかってくるであろう電話。
下りた筈の荷がまた肩に乗っかったような気がしたが、それで結構、と割り切ってみたりもした。
新八達が言っていた事が頷けるような気がする今日この頃。
人知れず人気のある彼女の笑顔は、どうやら毒を抜く効果があるらしい、と身を以て体感した銀八は、その場に座り、誰も居ない事を良い事に煙草を銜えて火をつけた。
それから携帯を取り出し、見た事のない番号からの着信履歴を登録したのだった。
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