きみがわらうとうれしくなる
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ちょうどお昼ご飯で賑わう食堂や教室。
校内全体がどこか浮かれているような雰囲気の中、放送委員がかけていた音楽を断ち切ったのはピンポンパンポーンという職員室からの呼び出し音。
「あ゛!いま丁度サビかかってたのに!」
教室でフランスパンを丸かじりしていた神楽が悪態をつく。
サビ寸前だった音楽を断ち切ってまで放送をかけた声の主は、なんと銀八。それもド偉い低い声で、その類は地獄から這い上がってきた鬼そのものだった。そして不運にも呼び出されたのは、神楽と一緒の机で弁当をつついていた彼女。
「生徒の呼び出しをする。Z組の夏目ハル………いや、来なくても良い。取りあえずその場でジッとしてろ。どうせ教室で飯でも食ってんだろ。良いか、俺が行くまで一歩も動くなよ。動いたら…」
殺す。
ブチッ、と放送が切れたと同時に彼女の生命線も切れてしまった。
「殺すって言った!?」
「確実に言ったアルな」
命の危機を察知した彼女はすぐに弁当を包み、「やばい!」と言って教室を後にした。
居ても逃げても殺されるなら、少し足掻いた方が良いと考えて脱兎の如く飛び出した。その数十秒後「夏目!!!!」と声を張り上げて銀八が教室に飛び込んでくる。しかし時既に遅し、ターゲットは逃げた後だった。
「どこ行きやがったアイツ!」
そういい残して銀八は彼女を捜すべくすぐに教室を出て行く。
忙しい二人だ。
ジャカジャカと再び音楽が鳴る昼休み、神楽は我関せずとパンにかぶりつく。
この二人の追いかけっこは朝から始まっていた。もう止める気はZ組には無い。
そもそも何故こんな戦いが始まったのか、分かっているのは逃げた彼女と追いかけている銀八だけだった…。
*********
遡る事、今日の朝。
大勢の生徒が登校する中に彼女の姿はあった。昨日は合格発表を見る為に学校を休んでいたのだが、今日はさすがに休めないし、そもそも休む理由もない。
その合否を、報告する義務があったから。
不吉な事にペダルを踏む足は重そうで、顔色は心なしか悪い。沖田とは登校せずに1人で来たという事も妙に引っ掛かる。背中はドンヨリとした空気を背負っている。出欠の時の声もいつもの様に元気よく「はい!」ではなく「ふぁい」。なんとも気の抜ける返事の声。
まさか。
銀八の胸に不安がよぎる。昨日の用事が用事だっただけに、今日のこの態度は「まさか」としか言い様がない。
Z組は昨日彼女が合格発表だった事を知らないのかいつも通りだが、銀八はそうはいかない。
1限が移動教室だったZ組はワイワイ騒ぎながらも移動する準備を始める朝のSHR。その合間を縫って彼女の席の前まで言って、「夏目」と声をかける。あからさまに肩が揺れたのが分かった。
まさか。
この一言に尽きるが、本人の口から確認する前に決め付けても仕方ない。
しかし次の銀八の言葉を待たず、すぐに立ち上がり走り去った彼女。神楽とお妙に「先に教室行ってる!」といった声かけは忘れずに。
――待っ、夏目!!
それでも彼女は止まる事なく、結局朝の内に聞き出す事は無理だった。
なら1限が終わった後。
再び彼女に逃げられ、失敗。
2限が終わった後。
女子トイレに引き篭もられ、失敗。
3限が終わった後。
体育で女子更衣室に居た為、失敗。
一体どれだけの距離を追い掛け回したか分からないが、いつも女子しか入れない場所に逃げ込む為、銀八の負けに終わっていた。苛立ちがつもり始めたのは2限目が終わった後ぐらい。
届きそうで届かないあの腕を掴んで引き寄せてやりたい。
……と、甘い事は全くこれっぽっちも思わない。
届きそうで届かないあの腕を掴んで引き寄せて…
「引き寄せて容赦なく背負い投げしてやる………!」
恐ろしい事を1人呟きながら鬼の銀八が向かう先は屋上。隠れる事が出来るような場所はもう捜査済み。残るはまだ捜していない屋上だけ。
自分でも何故ここまでムキになっているか分からない銀八だが、逃げられると追いかけてしまうのは何となく条件反射のように感じた。
立ち入り禁止とされている階段をのぼっていればフと上から光がさしている。それは開いている筈のない屋上のドアからだった。
明らかに誰かが入った後だ。
それを両手で思いっきり開けてみれば、優しい秋の光が目に飛び込んでくる。それから、屋上のど真ん中で呑気に体育座りをしていた彼女の驚いた表情も見える。
「こ、ここは立ち入り禁止ですよ!」
「そらぁ俺の台詞だ!」
「う…!」
ご尤もな意見に彼女が口ごもる。
辺りをキョロキョロと見渡すがここは屋上。残念ながら逃げ出す場所が見当たらない彼女の耳に、バキバキと拳が鳴る音が聞こえてくる。
壊れたブリキのようにその音の方角を振り返ってみれば、鬼の銀八が恐ろしいぐらい綺麗な笑みを浮かべていた。
「もう逃げられねぇぞ夏目」
「何がですか!どうして追いかけるんですか!」
「お前が逃げるからだろ!」
「そんな怖い顔を見たら誰だって逃げます!」
「あぁっ!!?」
ほらまた怖い顔!
困り顔の彼女を見て銀八も徐々に冷静さを取り戻してくる。
そもそも、どうしてここまで必死に追いかけたのが本当に不思議でたまらない。
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