ため息をつく彼
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やっと終わったテスト期間。そんな思いを抱いているのは生徒だけではなく、それを作る側の教師にもあった。
特に面倒くさがりの銀八にとって、テスト週間が終わった解放感は生徒以上に持っていた。丸付けをしなければいけないが、あんなものテスト問題を作る苦しみに比べれば大分マシであった。
「んじゃ出欠取るぞー。席につけー」
語尾を伸ばしながら、今日も出来上がっている素敵寝癖ヘアーを掻きつつ出欠簿を開く。Z組の面々は、「もうテスト勉強しなくて良いんだ!」という思いが前面に出ているのか顔が活き活きとしていた。高校生らしからぬその単純さに、我が生徒ながら銀八が呆れのため息を漏らす。
「ほんとお前等って安いよな」
「先生!私自分を安く売った覚えは無いネ!」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
「何ですかィ、朝から保健の授業か……。ムッツリ土方、良かったな」
「お前放課後ちょっと俺に付き合え」
銀八の何気ない一言が、勘違いというレールに乗っかりとんでもない方向に向かい出す。バチバチと音が出そうなぐらいメンチを切り合っている土方と沖田を完全無視して、彼は欠席者が居ないか教室を見回した。
Z組の暴れん坊将軍である高杉が、椅子にもたれ大きな欠伸をしている。変な話、サボり魔である彼が来ているとなると、欠席者は誰一人も居ないという先入観が彼にはあった。勉強面では差の激しいクラスだが、幸いにも皆が全員健康(過ぎるくらい健康)で、特に長期病欠などは一度も無かった。
「(今日もウザイぐらい元気、っと……)」
遅刻者も無し、欠席者も無し。喜ばしい事ではあるが、Z組に油断してはならない。今日も1日何事もなく終わって、ようやく安心できるのだ。
銀八はこの頃凝り始めた肩を軽く叩きながら、壁にかかってる時計を確認する。今日は1時間目から隣クラスの授業が入っている。そろそろ職員室に戻り準備をして向かわないと、と思った矢先、またフと高杉が目に入る。そして自然と隣に行く目線。その席の主が居ないのか、今まで気付かなかったのが不思議なぐらいポッカリと穴が空いているようだった。
「……あり?」
思わず間抜な声を出して、その席を指差す。
「高杉、お前の隣の奴は?」
「俺が知るかよ…」
高杉が暴れん坊将軍なら、彼女は裏・暴れん坊将軍。何やかんやと銀八に旋風を起こしてくれる彼女の姿が無かったのに今更気がついた。
「あぁ、ハルならサボりですぜィ」
「は?」
「だってアイツ昨日自分で言ってたし」
しれっと言う沖田に、銀八は眉を顰めたのだった。
**********
「けしからん」
何とか無事に終えた1日。放課後の職員室はガヤガヤしていて、誰が何を話しているかは上手く聞き取れない。そんな混沌としている中で、銀八は頬杖をつきながら「けしからん」と繰り返す。
右手は赤ペンを握っていて、さっきからテストの丸付けに忙しいようだった。
高得点を取る者もいたり、赤点を取る者もいたり、結果としてはまちまちだが、銀八は別にテストについて「けしからん」と言っている訳ではなかった。
「けしからん」
一体何度目か分からない「けしからん発言」が出た後、その訳が気になる服部が話しかける。
「さっきから何だ、けしからんけしからんと……。そうか、ようやく自分の職務態度が"けしからん"って事に気付いたのか」
「ホントにけしからん」
「あぁ全くだ」
「日本の非核三原則。持たず、作らず、持ち込ませず。……チミ、尻に何を抱えている。けしからんな」
「誰がケツに核を抱えるかァァァァアアア!!!」
只の痔だ!と、虚しい叫びが響いた所で、銀八は再び繰り返す。
「どうせどーでも良い事だろ」
「んな訳あるか。俺ァ今1人の生徒に大変苦しめられている」
「はぁ」
「その名も裏・暴れん坊将軍だ」
「夏目ハルか」
「夏目ハルだ」
何故その名が服部に通じたか分からないが、一発で当てられた彼女は今頃くしゃみの一つや二つはしているだろう。
銀八が一クラス分の丸付けを終えた所で、それを一纏めにしてクリップで止める。その束を横に押しやって、ぐでーと机に寝そべった。そして腕に顔を埋め、くぐもった声で話しだす。
「……アイツが今日休んだせいでLHRがちっとも進まなかったんだよ…」
「あー……あいつ確かヒロインか」
「そうだ。Z組の赤ずきんだ」
「お前が文化祭でするのは幼稚園児のお遊戯か?」
赤ずきんが今日は欠席という事は、主役が居ないという事。まだ脚本も何も決まっていないが、主役が居なければどうにも進めにくくて仕方ない。
Z組は既に志村(姉)監督の恐怖という力の下、独裁政治が始まっている。拒否権など皆無に等しい中、それでも劇の構想を皆で考えてはいるのだ。
だが、彼女が居なくては、進む話も中々進まなかった。
「…お前にしてはえらく熱心だな…」
「早めに決めといたら土日出勤しなくて済むだろ」
「それが狙いか」
「俺は休日出勤だけは御免だ」
がばっと顔を上げた銀八は眼鏡をはずし、眉間に皺を寄せながら嫌そうにため息をついた。
「あの赤ずきん、何で今日学校休んだんだ?」
「お前に嫌気でもさしたんじゃねぇのー?」
ケタケタ笑う服部だが、どこかシャレに聞こえない銀八は「まさか…」と言いながら口の片端を引き攣らせた。
「……まぁ昨日は元気そうにしてたしな。廊下ですれ違った時、"今なら空を飛べそうな気がする!"って言ってたぞ」
「アイツならやりかねねぇな…」
「風邪でも無いんなら………あ、合格発表とか?」
「……は?」
「案外そうかもしんねぇぞ。他のクラスでも合格発表の為に休んでる奴とかが居るみてぇだし…。夏目の合格発表日程とか見てみりゃ良いじゃねぇか」
そんな事を言い残し、服部は自分の席へ戻っていった。
風邪か、若しくは沖田が言った通り只のサボりか、その二つしか考えていなかった銀八にとって服部の言葉は思いがけないものであった。
この所テストで忙しかったから忘れていたが、彼女は受験を終えたばかりで、その結果がそろそろ来てもおかしくない時期だ。
机の引き出しを開けて、無造作に取り出した書類の束から彼女の進学先のパンフレットを見つけ出す。
「……あー……ホントだ……」
そこに書かれてある発表日はまさに今日。学校から郵送される形になっているらしい。
彼女の性格上、やはり学校をサボるという事はそう中々無いと思っていた通り、今日の欠席はこれにあったらしい。妙に納得もして、安心もした。
これなら明日は学校に来るだろう。
ふぅと一息ついて、やれやれと言った風に肩の力を抜いて椅子にもたれかかった。古くなったそれはギシリと音を立てる。
あまり嫌な想像はしたくないが、彼女がどんな結果を引っ提げてきても、取りあえず担任として受け止める心は持っておかなければいけない。そう思えば何故か、無駄に緊張した。
「いやいや、俺が緊張しても仕方ないだろ…」
言い聞かせるように呟いてみるが、心無しか脈拍が早くなっていくような気がする。こうなってしまえば変に落ち着かない。只の教え子の合格発表でこんなに落ち着きを無くしては、卒業するまでの間、銀八は一体何回これを体験しなければいけないのか…。考えただけで得体の知れない疲労が彼を襲う。
「あーヤダヤダ……これだから担任ってのは嫌なんだよ……」
机の端に置いてあるテストの束に手をのばし、ぱらぱらと捲りながらとある生徒の答案用紙を所で止める。夏目ハル。お世辞にも綺麗な字ではないが、褒めるならば読みやすい字が氏名欄に書かれてあった。
泣いても笑っても、明日の彼女の言葉で進学先が大きく変わるのだ。受かってその学校へ行くか、最悪の場合他を捜すか…。
担任になった以上、願うのは勿論前者だ。
彼女と銀八の場合、本当に泣いたり笑ったりと、特に彼女は泣いたり泣いたり泣かされたり、たった数日の間に波乱万丈を生き抜いた。全く部外者ではない銀八にとって、心の底から合格を願わない訳がなかった。
今でも、廊下で見せられたあの表情がちらついて仕方ない。笑顔が評判の赤ずきんを、泣かせてしまった罪はひじょーに重い。それを土方や沖田の視線で身を以て感じた銀八は、思い出す度にため息が出た。
誰が泣かせたいと思って泣かせたかよ!
…と言ってやりたかったが、大人げないのでそれは止めておいた。
けしからん。騒がしい職員室で、銀八は再び呟いて机に突っ伏し、やがて来る明日に脈を走らせたのだった。
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