思い出の芽
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「じゃあこの元素は?」
「……マ、マグネシウム!」
「これは」
「……鉄!」
「んじゃAgは?」
「………あ、味の素!」
「何でじゃァァア!!!」
この世の中に「味の素」という調味料を現す元素が存在するのかは甚だ謎であるが、彼女は至って真剣な顔で答え土方に盛大に突っ込まれた。それはもうちゃぶ台をひっくり返す雷親父のように学校の机を引っくり返した。
「おま、バカ!もうバカ!」
「そんなにバカバカ言わなくても!」
「ちょ、もう、バカ!バカ!」
バカという罵声しか浴びせられないぐらい彼女の頭に呆れた土方は、大きなため息をつきながら額に手を当てる。しかしそれ以上に呆れた眼差しを送っていたのは、教卓に肘をつき愛読誌を読んでいた担任であった。
「おーい、そこ、静かに勉強できねぇのかコノヤロー」
「だってよ、こいつバカだぜ」
「それ理由になってないよ土方君!私を罵ってるだけだよ!」
「取りあえずそのDV現場を何とかしろ。真面目に勉強しやがれ」
「でも先生、真面目に"味の素"とか答えられたら俺の手にもおえねぇって」
見捨てないで土方君!という彼女の訴えを右から左に受け流し、彼は倒れた机を元に戻し席についた。
テスト2日目が終わった今、残りは数日なのだがその数日が更に苦しい教科が重なっている。彼女曰く、副教科と現国以外は苦手といっても過言ではないのだ。Agを"味の素"と言っている時点で頭脳は最早高校1年以下、欠点は確実だろう。それなのに渋々付き合ってるあたり、鬼の副部長はなんとも面倒見が良かった。
化学の教科書を見ながらメソメソ泣く彼女。英語やら数学のテストはもう終わったが、戦いはまだ終わらない。
「……もう駄目だ……わたし卒業出来ないかもしれない……」
「頑張りなせェハル。諦めたらそこで試合終了ですよ」
「安西先生?」
「おーーーーい、真面目に勉強しろこのスットコドッコイ共」
愛読誌をとじた銀八が注意をする。
教室に自主的に残り勉強をしている3人組は、何故か銀八監修の下でそれに励んでいた。
「って言うか何で先生が居るんですかィ」
「Z組だけで残らせると校長がウルセーんだよ」
その意味が全く分からない3人は顔を合わせ首を軽く傾げる。今までに起こしてきた罪の意識がないその態度に、銀八は遠回りにヒントを送った。
「特にメンバーが剣道部ともなりゃ誰か子守がつかねぇと、何やらかすか分かんないでしょーが」
しかしそれでも意味が通じなかったのか、今度は腕を組み考え込む3人。
その態度に銀八の額に青筋が浮かび、教卓を強く叩き遂に立ち上がって指を向けた。
「おまっ、過去の事がそんなに思い出せねぇってか!!!」
「過去の事は過去でさァ」
「私達過去は振り返らないんで」
「腹立つ!!!今までの事をよーーく思い出してみろ」
「ホワホワホワ~ン」
回想シーンの音なんざいらん!、という銀八の突っ込みを受けながらも3人は今までの事を思い出すが、記憶は都合の良いように改ざんされ、自分達が起こしてきた問題は完全に消されていた。と言うか「アレ楽しかったね」という感想が上書きされたせいで、悪い事をしたという意識が無くなっていた。
「剣道部の内争のお陰でどれだけの竹刀とロッカーとガラスが犠牲になったと思ってんだ」
「内装……?先生、お言葉ですが、やっぱり内装(リフォーム)するにあたって古き物を壊す勇気も必要だと私は思うんですよね」
「ないそう違いだ!!リフォームの方じゃねぇよ!内側で争う方だの事だ!」
「あぁ何だ、そっちですか」
「その能天気なお前の頭をリフォームしてやろーか」
あはは冗談ですよ、と彼女は笑っているが、それが冗談なのか素で言っていたのかは謎だ。
とにかく、銀八が思い出す限り剣道部には色々悩まされた。今言っていた内争の被害は大きかったし、その後に科せられたプール掃除は只の「生命粗末の事変」と繋がっただけだった。あの後あちらこちらに飛んでいった蛙の卵は水たまり等で無事に孵り、プールサイドが一時蛙だらけになったのは在校生と教員だけが知っている。
「あれは気持ち悪かったなー」
特に反省の色を見せない彼女がそう呟く。
「お前等だけで残らせたらまたあぁいった事が起こりかねんからな。校長もやっと動いたんだろ。そしてそのとばっちりが俺にきたわけだ」
「何言ってんですかィ先生。先生と俺達は運命共同体でしょう?」
「御免被るわ」
お前等と運命共同体なんざ命が幾つあっても足らん。そう呟いて再び愛読誌を広げた銀八を見て、彼女は口元に笑みを浮かべた。そんな憎まれ口を叩きながらもこうして付き合ってくれるのだ。
肘をついてぼんやりとジャンプを読んでいく銀八と、ようやくまともな会話を交わしたのは昨日。たった数十分の会話だったが、普通に笑えて彼と話せる自分に内心驚いた。
「早く文化祭来ればいいのにね」
まだヒロイン役の自覚がない彼女はヘラヘラ笑いながら自販機で買ったジュースを飲んだ。お前ヒロインなんだってな、と銀八に言われ、ストローをくわえたまま顔の横でピースをし口角を上げた。その無邪気な顔といったら、高校生にしては少し幼すぎるように思えた。
「(あー、何か赤ずきんっぽく見えてきた)」
銀八はポツリと思った。
「テスト終わったらどこに遊びにいく?」
「スタバで新しい味が出たらしいですねィ。あれを飲みに行きたい」
「期間限定のやつか?あんまり美味そうに見えなかったじゃねぇか…」
「そ?…あ、土方君は甘すぎるのが苦手だからそう見えるんだよ。じゃあテスト終わったらスタバ祭という事で」
テストが終わってもいないのに終わった後の事ばかりを考えるのは、完全に集中力が切れた証拠。何を言っても無駄か、と悟った銀八は3人に注意をせずに、只ジャンプに目を落としていた。
「でも文化祭の準備で忙しくなるね」
劇のヒロインがそう言って笑う。
文化祭など中学生の頃から彼等はしてきた。だが、"高校最後"というレッテルを貼られてしまえば妙に恋しくなり、終わって欲しくないという気持ちも多少は生まれる。彼女にとっては、色んな意味でそれが終わって欲しくなかった。
文化祭が終われば学校としての主なイベントは全てやり終えた事となる。後は、進路が決まって、卒業するだけ。教師を置いて、学生は学校を去るのみなのだ。沖田や土方と話しながらも、一瞬チラリと銀八を見た。教卓の上で肘をつきながらジャンプを読んでいる様子は、Z組の彼女にとって見慣れた光景。それを見れるのももう限られた時間しかない事が改めて分かると、不思議と、悲しくはなかった。このままズルズルと一緒に居るより、別れの時が迫ってくれている方が案外気持ちとしては楽だったのだ。若いながらも「時間が解決してくれる」というのを理解したらしく、まだ傷は完全に癒えていないにしろ、この数日間で精神的にだいぶ大人になった。
さ、テスト勉強の続きをしよっか。自分を励ますように、彼女はそう言って笑った。
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