回遊魚
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「そこはもう少しときめかないと駄目よハル!」
「今の言葉にときめき要素はありましたか?イライラしか生まれないんですけども」
「これでヒロインがつとまるんですかィ?」
「出来る事なら今すぐ降り……あ、嘘ですゴメンナサイ」
総監督の右手がスタンバイされていたのを咄嗟に見つけてしまった夏目は半ば投げやりに謝った。ここまで来てはもう下がれないのだと悟る。
「でもハルがヒロインじゃ花がないですねィ」
「おいおい沖田君、私だって傷つく時は傷つくんだよ」
「あら大丈夫よ。ハルは可愛いもの。何もしなくても鼻はあるわ」
「なんか漢字違くね?鼻って言ったくね?私あんまりフォローされてなくね?」
「取りあえず……ハルはもう少し女磨きするヨロシ」
「ちょ、何この言葉責め。何で急にダメ出しを受けないといけないのよっ」
勉強をしていた筈が何故こんな展開になってしまったのか。
元はと言えば劇のヒロインが云々とお妙が話し始めたせいだ。今は休み時間のように楽しくお喋りにしゃれこむ事は出来ない。明日は、彼女の苦手なテストである。
「ヒロイン談義はもー良いから!勉強しよう!って言うか教えて下さい!」
「あぁ、そう言えば教えてた途中だったわね」
ようやく居残り理由を思い出してくれたのか、お妙がポンと手を打った事により各自がまた席に戻り出す。明日がテストだというのに土方・沖田はどうにも余裕に見えて仕方ない。
「私の脳みそと土方君の脳みそ交換したら頭良くなるのかなぁ……」
「やめておきなさいハル。マヨラー嗜好になるわよ」
「うわ、それは嫌だ」
「あぁん?マヨネーズに謝れコラ」
「かと言って総ちゃんの脳みそは嫌だ」
「俺に土下座しろィ」
S王子に失礼な事をいけしゃあしゃあと言えるのは夏目だけ。王子の睨みも爽やかにかわし、彼女はまたノートに目を落とし、シャーペンを握る。
秋にさしかかったせいか、日が暮れるのが早くなった。この時間ではまだ夕陽は完全に沈んでいないが、彼等が帰る5時頃には空はもう藍色を帯び始めているのだ。
眩しくもない、それでも暗くもない、そんな丁度良い光加減の教室に、窓際に座っている彼女はくっきりと象られているように見えた。外の暖かい光に照らされ、黒髪はキラキラと澄んでいる。
そんな様子を、土方は廊下側の席から肘をついてぼんやりと眺めていた。お妙に説明を受けて、問題が一問解けるごとに頬が緩んでいるその分かりやすい横顔。
無邪気で、単純で、コロコロと表情を変える元気な部活仲間。
少なくとも、土方の心の中で彼女はそんな風に位置づけられていた。
しかしあれはいつだったか、確か彼女の受験前。急に教室に飛び込んできて、ボロボロと涙を流し続けるその様子に内心はとても焦っていたなど本人は知りえないだろう。漫画のように大粒の涙を流して、座り込んでしまった彼女を上手に励ました覚えはない。ただ、あの後一緒に帰ったのは土方だった。
どうした、とは聞かなかった。そんな風に聞き手役に回るのは女友達の役目だろ、と割り切った土方は、せめて気の済むまで泣かせてやろうと思った。どうせ気の利いた言葉など言えないなら、黙って泣き止むのを待ってやるのが得策だ、と。
だがしかし帰り道、高校生2人、1人は男1人は女。しかも彼女は泣き止んだままの赤い鼻と目で出てきてしまったので、土方に向けられるは軽蔑の目線だった。
あらやだあの子女の子泣かせちゃったのかしら、酷い男だわー、まぁまぁ可愛い顔が台無しじゃないのあの子。
そう言いたげな目線にやられ、別に泣かせた張本人ではないが自然と目が泳いだ。
途中自動販売機で飲み物を買って、部活の付き合い上彼女の好みなどよく知っている土方は、甘いカフェオレを手渡した。すると、今まで伏せ目がちだった濡れた目がやっと土方を見上げた。
ありがとう
はにかみながら笑われて、静かにそう言われて、勝手に手が伸びたのは不思議現象以外なんでもなかった。同じ歳で同じクラスの人間に、まるで妹扱いかのようにその頭を遠慮なしにわしゃわしゃと撫でた。その突然の行動に驚いた彼女は、カフェオレを持ったまま目をきょとん。そしてその数秒後、我に返った土方が自分自身の行動に驚いた。
あ、ワリィ
特に謝る事でもないが、公園の隅の自販機の前で突然クラスメートの頭を撫でるとは頓珍漢な行動である。
けれど土方は分かったのだ。彼女は、頑張ったのだと。ろくに労いの言葉もかけられないからこそ、優しみの腕がのびた。それに対し夏目は静かにこう言った。
ありがとう
それが果たしてどんな意味を含んだ「ありがとう」なのか。泣かせたくれた事に対してか、カフェオレに対してか、国語が不得意な土方にとって理由を考えるのはメンドクサイように思えた。
まだ涙が微かに残っている睫毛の下には、ちょっとずつ水分が乾いてきた瞳。ようやく泣き止んでくれた事が純粋に嬉しかった。いつも元気な姿しか見ていない分、泣いているその姿は妙に違和感がした。Z組の元気印ならば、笑ってくれていないと困る。そうでないと元々乱れているZ組の秩序が更に乱れる。それは困る。
明日は適当に頑張れよ
適当で良いんだ?クスクス笑う夏目に、土方はふぅと小さく息を吐いた。
「あ!この問題の解き方分かった!」
「私の教え方の賜物ね」
元気な声でフと現実に戻る。一体何分間も耽っていたのか、開いた問題集はさして進んではいなかった。
今ではすっかり影を見せなくなった夏目の横顔に安心出来る様になったのはつい最近。それまでヒヤヒヤしていたのは、彼女がZ組の一員だったからだろう。
勘が良いのは昔から。鬼の副部長は、雰囲気と空気を読むのには長けていた。だからこそ彼女の顔がまた泣いて歪むんじゃないかと焦ったのだ。
彼女が泣いたあの日から、学校内で視界に入る白衣が鬱陶しいと思わなかった日は無かった。
合宿の時からぼんやりと想像上でしか無かった彼女の気持ちに気付いて、そしてその結果を悟って、我ながら自分の勘の良さに大きなため息。苦労する人柄であるというのは、彼自身よく分かっていた。
担任と教え子なのだから嫌でも顔を合わせる機会に溢れている。皆は知らない、その度に彼女が泣きそうな気持ちを抱いていた事など、きっと土方しか知らないのだ。
別段あの教師に怒っているいう話ではない。夏目を想う想わないはあの教師の勝手である事は重々承知している。
だから鬱陶しいと思うのも土方の勝手。励まし方も気の利いた言葉も言えないが、仲間を想っていっちょ前に逆恨みをする事は出来た。自分でもそれは馬鹿馬鹿しいとは思っている。
「あ゛ー……ばかばかしい」
まるで吸った息を戻すかの如く、当たり前のように出てしまった言葉。言った後で「あ」と小さく声を上げてしまったが、静かな教室では全員の耳にその言葉は届いてしまっていた。
その言葉の意味を突っ込まれたらめんどくさい事この上ない。さて、どうやって言い訳をしようかと思いを巡らせた瞬間、アハハ、と元気な笑い声。
「そうだねぇ、テストなんて馬鹿馬鹿しいよね」
窓際で肩をすくませ笑っているのは、Z組の元気印だった。あまりにも彼女らしい発言に、言い訳を考えていた土方の思考が完全に肘をついた格好で止まってしまった。
「これが終わったら皆で遊びに行こうね」
「あら、でも文化祭が始まるから一気に忙しくなるわよ?」
「あ、そっかー」
「でも居残り練習なんてのも捨てたもんじゃないアル!夜遅くまでわいわい騒げるし」
「肝試しでもしやしょう。んで土方コノヤローを……」
「……って、土方君を何!?続きが無いのが怖いんだけど!」
「そこはお楽しみって事で」
「何それ」
おどけた沖田の口調に夏目がまたアハハと笑う。土方にとっては彼女の発言の方が「何だそれ」と暫くして突っ込めた。テストが馬鹿馬鹿しいと言った訳ではない、断じて。でもそれでも良いと思えた。もうあの横顔が暮れる教室で笑っているのだ、空気も、理由も、どうでも良かった。
あー馬鹿馬鹿しいったらありゃしねぇ、とわざと大きな声で言ってみた土方に、だよねぇそうだよねぇテストなんて馬鹿馬鹿しいよね、と妙に興奮気味の夏目。そういう意味じゃねーよ、という言葉は胸に留め、土方は声を噛み締めるように笑った。
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