回遊魚
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職業が学生と名乗る内は必ずやってくるイベント事の一つ。それにいつも苦しめられている夏目は、今回もまた性懲りもなく頭を抱え「どうしよう」とZ組の教室で嘆いているそんな放課後。まぁ頑張れ、と投げやりな応援をしているのは残り組の1人である沖田であった。
「こんな事なら毎日ちゃんと勉強しておくんだった…!」
「お前その嘆き高校に入ってから何回目?」
痛いところを沖田に突かれ「う゛」と喉から搾り出したような苦しい声を吐く彼女。そんな彼女の机には、数学の問題集が広げられていた。それを開いてからかれこれ1時間近くが経つが、問題はまだ数問しか解かれていない。
「大丈夫アル!今回もきっと何とかなるヨ!」
椅子から立ち上がり、大きなガッツポーズを見せてくれる女友達に励まされつつも、今回はあまり何とかならない気がするのは何故か。
この前まで受験だ面接だと騒ぎ、今回の"テスト"というイベントに対し全くのノータッチだからであった。特に数学と英語がやばい、と嘆かれ、仕方なく放課後学習に付き合っているのは部員仲間の沖田。自主的に残っている鬼副部長の姿も教室に見えるが、騒がしい夏目組とは一切関わるつもりはないらしい。1人マイペースに問題集を解いていた。そんな様子を見ながら、彼女の前の机に座っていた沖田が「アンタも手伝えコノヤロー」と挑発的な言葉。そしてその売り言葉を見事に買った副部長は、鋭い睨みと共に「あん?」と高校生らしかぬ迫力を向けてきた。窓際で和気藹々と勉強している神楽とお妙とは比べ物にならないぐらいの雰囲気の差があった。
「ちょちょちょ!今は喧嘩はやめてよ!喧嘩するぐらいなら私に勉強教えてよ!」
「お前に勉強教えるより、土方の命取る方が大切なんでィ」
「やれるもんならやってみやがれェェエエエ!!!」
「あぁあ……また始まってしまった……」
いつもの休み時間さながら、火蓋が切って落とされては中々静まらないのを彼女はよーく知っている。こんな様子は部活中、嫌という程見ているのだ。
「お前等うるさいアル!!YouTubeの音が聞こえねーだろうがァアア!!!」
「てめーは勉強しろチャイナ娘ェ!!」
更に不運が重なり、神楽という怪力娘が加わってしまえば、放課後だというのに一気に騒がしい時間が教室を包んでいた。何だろどうしてこんな事になるんだろう、と言いながらお妙の近くに座った夏目の頭を彼女が優しく撫でた。
「こっちで一緒に勉強しましょう」
「うん……数学教えて下さい」
「10分で500円ね」
「まさかの料金制!!?」
オホホ冗談よ、と言ってはいるが、全然冗談に感じられない。それでも藁にもすがる思いで彼女はお妙に数学の命運を託した。いつもなら頭の良い沖田に頼むのだが、テストを明日に控えた今本当に時間が無いのだ。お妙に数学を教えてもらった事もなければ、彼女の数学の実力も知らない。
だがこの教室に残っているのは暴れている3人と、静かに座り微笑んでいる1人。これでは後者に頼むしかなかった。
「ではよろしくお願いします」
「えっと……まずどこが分からないの?」
「全部」
「殺すぞ」
「ころ…っ!!?」
「あ、やだ、私ってば本音が…」
「もうやだよこの家庭教師ィイ!!教え子殺す気満々だよォォオ!!」
「だってハルが全部とか言うから……」
「それはそんなに罪な事ですか!?」
「数学のテストは明日でしょう?間に合うの?」
「間に合わせて下さい!」
ガバッと頭を下げた彼女に、「仕方がないわねぇ…」と言ってくれるあたり、やはりお妙には頼り甲斐があった。分かりやすく頬を緩ませた夏目はまずシャーペンを握り、分からない問題の解き方を問うた。
「これはね、まずこの式でここの数字を出して…」
「ふむふむ」
「それから、次にこの式を使ってさっき出た数字を当てはめるでしょ?」
「おぉ……!」
沖田とはまた違うシンプルな教え方に感動したのか、彼女は目をキラキラさせながらペンを走らせる。たった数問解いただけで大丈夫だと思うぐらいなのだから、どうせ明日のテストの不安などそれっぽっちなのだろう。
夏目はいつだってそうだ、テスト間近になって焦り勉強しだす。赤点を何度か取ったりもするが、特別課題は必ずこなすので進級はしっかりしている。それをよく知っているお妙は、休憩がてら彼女にとある話を持ち出した。
「ねえハル」
「んー?」
問題集に目を落としながら間伸びた返事をする夏目。段々のびてきた髪は耳にかけられ、たまに風にのってサラサラと数本が落ちる。白い肌に黒く長い睫毛。はっきりした顔立ちをまじまじと近くで見つめ、お妙は「私の目に狂いはない」と改めて確信した。
机に肘をついて、必死に問題を解いている夏目へ微笑みながらこう言った。
「劇で、ヒロインをしてもらいたいの」
「嫌です」
ばちーん!
「いったぁ!?な、殴ったね!親父にもぶたれた事ないのにー!」
「お決まりの台詞ありがとう」
「っていうか急に何!?嫌無理だから私!ヒロインとか絶対に無理!神楽で良いじゃん!そよちゃんとか可愛い子にやってもらえば良いじゃん!」
「口ごたえは許さなくてよ?」
「アンタ総監督じゃなくて意地悪な継母がお似合いだよ!」
「もう一発いっとく?」
「ごめんなさいィィイ!!」
総監督の張り手をもらい、うっうっと泣きながら殴られた右頬に手をやり縮こまり座る。その向かいには相変わらずニコニコと笑っているお妙だ。
「ヒロインをやって頂戴」
「うっうっ……む、無理ですぅ……」
「やれ」
恐怖という名の下で始まろうとしていた独裁劇。その一場面は既にヒロインをスカウトする時点で始まっていたのだ。
おおよそ頼む方の態度とは思えないが、そこはお妙だけが為せる凶行技である。
「ハルじゃないと無理なのよ」
「他にも可愛い子がいっぱい居るじゃないですか監督ぅー……」
「貴女がヒロインになってくれると男共が集まるのよ!」
「それは只の勘違いですよ監督ぅー」
しかし今のはお世辞でも何でもなく、お妙が彼女をヒロインに誘う一番の理由。お妙も新八同様、彼女が他クラスにどれだけ人気があるかを知っていたのだ。
それを使わない筈がない総監督は、彼女をヒロインにと目をつけた。だが頑なに拒まれ、ニコリと微笑みまた手をスタンバイさせた。狙うは反対側の左頬。
「ぼ、暴力反対!!」
「貴女がここで良い返事をしてくれればすぐに手は引っ込めます」
「暴力なんかには屈しないぞー!」
「それは殴って良いっていう了承ね」
「違う違う違う違う!!!」
今にも殴らんばかりの親友に、思わず口から飛び出してしまった言葉。
「やりますやります!!」
その言葉にお妙の動きも止まり、また、騒いでいた3人の動きも止まった。
「やります!やれば良いんでしょやれば!」
「よく言ったわハル。それでこそ親友」
「じゃあ赤ずきん役は決定アルな」
「赤ずきんがヒロインなんだね…」
「んじゃ俺は狩人役しまさァ」
「総ちゃん狩人役やりたかったの?」
「あぁ。だって赤ずきんを唯一撃てるポジションだろィ?」
「無いよそんなポジション!!ちょ、総ちゃんが狩人役やだ!ヒロイン(私)が殺される!」
「馬鹿ねハル。そこで登場するのが赤い霊柩車よ」
「あの有名なシリーズをやるつもりですか貴女は!?」
「土方さんなんか、道端の草役で良いんじゃないですかィ?」
「お前ほんっと腹立つな」
「安心してヨハル!私も狩人役になって、狩人・沖田を撃ち殺すアル!」
「嫌だよそんな殺人劇!狩人が狩人撃つとかどんな仲間割れ!?」
「そこで現れるのが家政婦役の……土方君、貴方にしてもらおうかしら」
「俺かよ!?しかも家政婦とか、おまえどんだけサスペンス風にしたいんだ」
「………私やっぱりヒロイン降りる……」
不安だらけの劇を前に、既に心が折れそうなヒロイン。その手を優しくすくったのは王子ならぬ狩人・沖田。
「どうされたんですかィ赤ずきん」
「え゛。ちょ、何これ、もう劇始まってるの?」
「道に迷ったんですねィ可哀想に。……え?何?人生という道に迷ったって?それなら安心しなせェ。アンタはもう大分前からその道から迷ってまさァ」
「この狩人すんげー失礼なんですけど」
キラキラと王子オーラ全開の狩人・沖田に対し、どこかヤル気のない(一応)ヒロイン・夏目ハル。
その光景に「カットカーット!」と声をかけたのは勿論総監督であった。
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