知らぬが仏
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週休二日制という制度のお陰で学生は土曜日が全て休みになった。という事は、明日は休みという訳で、金曜日の6時間目、Z組はいつもの事ながらダルそうに授業を受けていた。だが授業といっても内容はLHR。つまりは文化祭でする劇の内容だ。
「えーっと……じゃぁ新八、今出てる案を取りあえず言ってけ」
教卓に半ば突っ伏しているようなダルそうな格好で銀八が言う。
「今出てる劇の案を言いますね……」
LHRの終わりも近づいた今、眠くてたまらないクラスメートが出した案は5つだった。
「一つ目、白雪姫。二つ目、シンデレラ。三つ目、ピノキオ。四つ目、マッチ売りの少女。五つ目、ヘンゼルとグレーテル……です」
その案を聞いて銀八がバンッと強く教卓を叩き、人差し指を新八に向けて叫んだ。
「五つ目のオチがなってねぇ!!!!」
「いや突っ込む所そこォォォォオオオ!!!!???」
何を言い出すかと思えば五つ目のオチが無かった事に対するクレームで、今度は新八が怒りながら黒板をバンバンと叩く。
「何だよこの案!どんだけ適当だよ!これお遊戯のレベルじゃねぇか!!!」
「じゃあタイタニックとかどうでさァ」
「せめて地上で出来るものにして下さいよ!」
「紅の豚とか」
「だから地上ォォオオオ!!」
「豚といえば土方さんがお似合いでさァ」
「黙れ総悟殺すぞ」
「……んで、どうすんだよぱっつァん。やろうと思えば出来る内容ばっかだと思うけど?」
「逆に簡単すぎやしませんか?」
「それなら安心して頂戴」
スッと出てきた声は新八の姉であるお妙のもので、ニコニコとしているその笑顔を見て弟は嫌な予感を悟る。
「私が監督をつとめますから、それなりの出来にしてみせるわ」
「オイオイ、ゴリラ女が監督って……何だ、極道でもする気か?それか女帝…」
銀八が何かを言い終える前に、とある物体が目にも止まらぬ速さで彼の頬をかすり、そして黒板に刺さった。その頬には薄らと傷が出来て血がつたる。冷や汗をたらしながら銀八が後ろを振り返り刺さったものを見てみれば、それは円を描く時に必要なコンパスが見事に刺さっているではないか。間違えても人に向けて投げるダーツの矢のような働きはしない。
「あらゴメンなさい。手がすべっちゃったわ。……で、私が監督で問題あるかしら?」
「「「「よろしくお願いします!!!!」」」」
恐怖の独裁劇が始まろうとしているのは分かったが、ここで逆らえば今度はコンパスがきっと100点(顔面)を狙ってくる。それだけは避けたいZ組は一斉にお妙に頭を下げた。
「じゃ、じゃぁ、監督は姉上という事で……。…でも肝心の劇をどうするかですね……」
「その5つを足して割ったような劇にすりゃ良いんだよ」
「例えば?」
「赤ずきんとか」
「どんな計算でそれに行き着いたんだよ」
「ベースを赤ずきんして、色んな話の要素を盛り込んでいけば良いんじゃないの?」
「お、さすが監督。早速良い働きしてくれるねぇ」
「赤い霊柩車シリーズをやりましょう」
「ちょ、お前の姉ちゃん殺人劇やるつもりなんだけど、どうすんのコレ、赤ずきん要素が色しかないじゃん」
「もう僕は知りません」
ひとまずお妙の案を採用し、ならベースの話はどれにするか、という部分までようやく進んだ。特に考えの無くなってきたZ組は赤ずきんがベースで良いじゃん、といった風に投げやりになり始め、あーだこーだしている内にチャイムが鳴ってしまった。まだ日数が残っているにしろ、その間にテスト期間が入ってしまうのでこれから1週間は準備に努める事が出来ない。その事を考えたらもっと前から内容を決めていても遅くはなかった。ただ銀八も色々忙しく、そこまで回る頭が無かったのだ。まぁ元々頭のキれる先生ではないけれど。
「じゃあベースは赤ずきんで、その他色々な話を盛り込んでいく劇をZ組はやる……の方向でいくぞ。総監督は志村妙。他の役割分担は希望制でいくから、適当に自分達で決めて、決まり次第報告してくるよーにっ。……以上解散~」
綺麗にまとめてみたものの、赤ずきんをベースにした多色の劇って何なんだ…。先が思いやられ、新八から自然とため息がこぼれた。それを呑気に見て「いやー楽しそうな劇になりそうだなー」と棒読みの我等がZ組の担任。
「(ある意味)凄い劇になりそうですね」
「(ある意味)凄い劇になるだろうな」
徐々に生徒が帰り始めて廊下が賑わいだすが、それとは逆に教室が静かなものになっていく。この人の賑わいが少なくなってからいつも職員室に戻る銀八は、黒板を丁寧に消していく新八と劇の行方についてポツポツと話した。
まずお前の姉ちゃんが監督になった時点で、何が何でも優勝取らねーと大変だぞ。さっきついたばかりの頬の傷を撫でながら銀八がいう。まだ刺さっていたコンパスを抜き取り、そうですねぇどうしましょうか、と言った弟の声には既に疲労が含まれていた。だがしかし何とかなるかもしれない、という気が生まれてくるのはZ組クオリティだ。
「脚本と配役をしっかりすれば案外大丈夫かもしれませんしね」
「脚本と配役だァ?人気者を主人公にするってか」
「例えばそうですねー……男子の方で人気があるのは土方さんとか沖田さんですよね」
「剣道部には任せらんねぇ。あの2人が揃ってみろ、舞台上で(沖田による一方的な)殺し合い始めるぞ。それこそ赤い霊柩車シリーズだ」
「良い案だと思うんですけど……あ、ならヒロイン役にハルちゃんとか」
「ゲホッ!!!」
「!ビックリした…」
急な咳き込みに驚いた新八だったが、それ以上に驚いたのは銀八の方であった。
「おま、ゲホッ、今なんつった?」
「え?ヒロイン役にハルちゃんとか…」
「はぁ?夏目?ゲホッ…あ、やべ、唾が気管に入った……」
「何をそんなに驚いてるんですか…」
「いや、だってよ…ゲホッ……まさか夏目の名前が出て来るとは…」
「先生知らないんですか?ハルちゃん他のクラスでも結構人気ですよ?あの天真爛漫ぶりに元気をもらうとか何とかで…」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいそりゃ無いだろ…」
「?何をそんなに否定してるんですか。それにホラ、ハルちゃんっていつも笑顔じゃないですか。それが人気の秘密だったりするんですよ」
いつも笑顔。その言葉を聞いて数日前の泣きそうな顔がまた脳裏に甦る。昨夜の内に散々悩んだつもりだったが、フとしたきっかけでまた夏目が出てくれば、新八の言葉もロクに聞こえず、たった一人の生徒に意識の全てが持っていかれようとする実態に、思わず盛大なため息をついた。
「ちょっと何ですか。人が話してる時にため息なんか…」
「…大人には色々あるんだよバカヤロー……」
「はい?……まぁ良いですけど…。じゃあ僕もそろそろ帰ります」
さようなら、という言葉を残し新八が出て行けば、この教室に自分しか残っていない事に気がついた。廊下の賑わいも段々と薄れ始めてきて、銀八は重い腰をようやく上げた。
まさか夏目が他クラスに人気があるとは知らなかった。それに対し驚いたものの、あの天真爛漫ぶりに男が寄ってくるというのは妙に頷けた。裏表のないあの笑顔は癒しの的にもなるだろう。
が、それでも銀八はその事に対し今とても罪悪感を感じているのだから、新八からその話が出たのはまた胸を痛めるだけであった。いつも笑顔の夏目サン。周りはそう思っていても、それを銀八が奪ってしまった。受験が終わってから学校には来ていないが、どんな顔をして登校してくれるかは、夏目の強さに賭けるしかなかった。別に銀八が全面的に悪い訳ではない。断じてそうではないが、全くの部外者という訳でもない。だからこそ、夏目には"いつも通り"笑顔で校内に居て欲しいと望んだ。ただ笑って、この前のようにバカなLHRが出来れば、それだけで良かった。
はぁあー………。
再び出て来る盛大なため息。それでも、幾ら吐き出しても全てのつっかえは取れず、窓からふいてくる気持ちの良い風にあたりながら、銀八は最後に小さく息を吐いたのだった。
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