無気力脱力
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学校に出勤して、忘れがちな出勤簿に判を押して、それから自分の机に座る。欠伸を噛み殺しながらクソ眠たい朝の職員会議に出て、クラスを持っている奴は出欠簿を持って教室へと向かう。
教室に入ればなんて事ない朝の風景。小学生か、と突っ込みたいぐらいワイワイと騒いでいる我が生徒達の姿があった。因みに今のZ組のブームは紙ヒコーキ。弧を描いて顔に目掛けて飛んできたそれを、出欠簿で防いだ。……お前等は小学生か!
「おぉ!上手く飛んだアル!」
「先生の顔を狙うとはけしからん。出直してこいバカヤロー」
顔じゃなくて目を狙ったアル、という物騒な言葉は聞き流し、今日も今日とて元気なクラスを見渡した。こいつ等は睡魔を覚ますには本当に適した人物達だ。朝から騒がれると重たい瞼も強制的に持ち上がる。
「今日の欠席はー………お、高杉来てんのか。めでてーな、赤飯でも炊くか」
「朝からメンドくせぇ奴…」
「ハイ今の突っ込みは3点です」
「それは何点中アルかー?」
「んなもん100点満点中に決まってんだろーが」
完全低血圧型の高杉はそれ以上喋る事はなく、登校したばかりだというのに机に突っ伏した。そのまま1時間目は寝て過ごすのだろう。
まぁ昼間になろうとも奴のテンションが上がっているのは一度も見た事がない。ぐーたらと過ごす奴だ。
「(あ……)」
その高杉の隣、ポッカリと空いた空間。目に入ってしまったのは、高杉と話していて其処を向いていたからだろうか?
いつも低血圧の高杉にわざと絡み、アハハと笑っている奴が居ない。たまに寝癖でピョコピョコと跳ねている髪を、逆に高杉に笑われる事もある。その様子を見て、俺が小さく噴出している等本人は知りもしないだろう。
「(…面接は昼前だから……アイツはまだ家か…)」
電話して励ましてやろうか、とも思ったが、昨日の今日でそんな事出来る訳がない。教室は相変わらず賑わっていて、ポッカリと空いたその場所だけがういて見え………るのは俺の錯覚だろう。
今にも泣きそうだった昨日のアイツが頭から離れない。眼鏡をはずして目をこすり、既に眠気はさめていたが小さな欠伸をしてみる。
それでも、アイツはいつまで経っても泣きそうな顔で俺を見ていて、無理に笑って走っていった。追いかけるまでもないだろう。俺は、追いかける必要はない、教師はそこまでしてはいけない。だからこそ言ったのだ、何で俺なんだ、と。それは夏目を傷つけるであろう事はよく分かっていたが、それを分かって敢えて言った俺の気持ちも誰か察してくれ。それだけで救われる。そうだ、俺は悪くない、あれが正しかったんだ。だから俺は足を踏み出したりはしなかった。
「今からハルに応援の電話してあげましょうよ」
教室を出て行く間際、志村(姉)が神楽に向けてそう言ったのが分かった。俺の代わりに…と言ったら変だが、支えてやってくれとは思った。
受験の前日に、あんな事を言ってしまったのだ。幾ら正しいと言っても多少なりの罪悪感は今日ずっと俺をつきまとうだろう。反省はしてないにしろ、大人になっても多少はある良心がチクチクと胸を痛めた。
**********
電話がかかってきたのは、私が家を出る数十分前の事だった。学校は休み時間だったのか、受話器の方から洩れて聞こえる騒ぎ声が何だか懐かしく感じた。頑張って、と励ましてくれた妙達の声を思い出しては緊張を落ち着かせ、昨日急いでアイロンをかけた制服に袖を通す。
行ってらっしゃい。
いつものように言ってくれたお母さんのお陰で、また緊張は幾分かほぐれた。それにお母さんの話によると、私よりお父さんの方がよっぽど緊張してたんだとか。私は全くそうは見えなかったけど、長年連れ添ってきたお母さんには丸分かりだったのだろう。そんな関係は、ちょっと羨ましい。
滅多に乗らない電車に乗って、ガタゴトと揺れる車内でふぅと息を吐く。流れていく景色を見ながら、ここまで来たのか、と今更ながらに思った。色々悩んでいた夏はもう終わり、2学期に突入したかと思いきやあっという間に暖色に色づく秋を迎える。
「(合格できたら、後は学校の単位を落とさないようにするだけか…)」
そしたら、私は無事に卒業を迎えるのか…。
「(………嫌だな……)」
そう考えた途端、「ん?」と思わず声を上げた。
「(いやいやいやいやいや何言ってんだ私……)」
ぶんぶんと頭を振る様を、少ない乗客は不審がっているに違いない。でも、頭を振ったりしなければこの想いが振り払われないような気がしてならなかった。
この期に及んで未練がましい。
そうやって踏ん切りをつけて、気を紛らわそうと携帯を開いた。メールが数件入っていたけど、どうせメルマガだろう、と開く気も起こらない。
――何で俺なんだ
「(んなもんコッチが聞きたいわ……)」
"何で"、"どうして"。
そんな疑問符に答えられる程しっかりしてたら、あの時自然な作り笑いが出来ただろうに。先生が私の顔をしっかり見ていたかどうかは知らないけど、昨日、先生から離れる為に走る時、あれ程までに泣くのを我慢した瞬間はなかった。…まぁ結局あの後、副部長の前でわんわん泣いたんですけども……。
次の停車駅はー……
独特な言い回しで告げられた駅名に顔を上げる。悶々と考えていたら時間はあっという間に過ぎたらしく、乗り換えの駅についてしまった。もうここまで来たら腹を括るしかない、と思っている私は、今までの面接の流れの復習を思い浮かべたりはしなかった。そんな事をしたら余計に緊張するに決まってる。
「(面接がうまく行きます様にー……)」
ぼんやりと思いながら、待ち合わせをしていた向かいのホームの電車に乗り込んだ。気分が何となく重いのはきっと気のせいだ。別に昨日の事云々かんぬんじゃない、ウンウンきっとそうだ、だって私は強い子だ。昨日も先生の前で泣いたりはしなかった。グッジョブ自分。
その電車は人の数も少なく、だからか掛かってきた電話を思わず取ってしまいそうになった。
「(いや…でも流石になぁ…)」
それでも公共マナーを守った私は座席にもたれ、動き出した景色に目をやりながら受話器を耳にあてた。電話をかけてきた相手は高杉だった……珍しい…。
暫くしてコール音が途切れ留守電に切り替わる。ピーという電子音が響けば、それを待ってましたと言わんばかりの賑やかな声の数々。
聞きなれた声だ。総ちゃんに、近藤君に、山崎君に……土方君の声も聞こえるし、神楽の声もあるような気がする。何にせよZ組の面々の声だ。恐らくは高杉の携帯を勝手に奪って、勝手に私に電話してきているのだろう。もう何を言っているかは分からないけど、皆口々に「頑張れよー」と叫んでいるのだけは分かった。
「ありがと」
人が少ないのを良い事にそう呟いた。彼等らしいエールが切れた後、私はそれを迷わず保存した。賑やかな声を思い出す度、昨日の私の泣き顔が霞んでいった。
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