カウントダウン(5)
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あ、私もう明日の面接受からないような気がしてきた……。
「じゃあ俺バイト行って来るから」
「ちょっと待て高杉」
今日も先生の授業では一度も互いに目が合わず、掃除時間の私はドンヨリとした気分で箒を握っていた。それでも早々と返ろうとしていた高杉を逃がすまいと彼の鞄に腕が伸びる。よし、捕まえたぞ。
「ちゃんと掃除しなさいよ」
「…んだよ今日に限って真面目に掃除しやがって…」
「私にだって真面目に掃除する日ぐらいあるんだから!」
いや毎日真面目に掃除しろよ、と言いたげな風紀副委員長の瞳孔かっぴらきの視線を無視して、無理矢理高杉に箒を預ける。そうすれば渋々といった感じで彼もそれを握った。どうせこの数分の掃除時間が終わればすぐに帰れる。文句ばっかり言うんじゃないぞ高杉!
SHRの時も先生は至って普通、いつものダルそーな雰囲気だった。特に変わった事など感じさせないあたり、私の事など頭の片隅にも入っていないのだろう。一応明日受験日なんだけどな…、声ぐらいかけて欲しいんですけど…、等といった甘えを出すのは酷くかっこ悪いような気がした。私ばっかりが先生の事を気にしているようで(いや実際はそうなんですけど)、それを全面的に分かりやすく押し出すのは嫌なのだ。
「(あ゛ー、モヤモヤするなぁ……)」
もう何人もの先生と面接の練習はした。中でも服部先生とは本当に白熱した面接練習が出来たと思う。痔の種類が何かは聞けなかったけど、あの人は何だかんだいって坂田先生と一緒で面倒を見てくれる。だからこの前の小テストの点数謝っときます、ごめんちゃい。実はさっき廊下ですれ違い際に、明日は面接官に痔の種類なんざ聞くなよ、と声をかけられたばかりなのだ。内容はアレにしろ、それが服部先生なりの励まし方だというのはよく分かる。伊達に坂田先生みたいな少し理解されにくい人を好きになった女子高生じゃないっての!気がつけば人を見抜く目は肥えたように思う。
だからこそ、坂田先生のあの態度にはモヤモヤがたまる。あんなに分かりやすく態度に出るなんてよっぽどだ。そんな風に感じているのは私だけなのかもしれない。
「(やっぱり、あの態度は私だけに向けられている……?)」
床を掃いていた手がピタリと止まる。
「(私何かやらかしたのかな……。…先生を困らせたりしたっけ…?……動揺させるような事言ったかな……?)」
他人が見えていても結局自分が見えていない事は多い。それを言ったらそれまでの事になってしまうが、実際がそうなのだ。やはり考えても考えても分からないので、胸のモヤモヤは悲しい事に減らない。…明日の面接どうしよう……。
「(…バカバカ!先生のバカー!!)」
気晴らしに思いたくもない悪口を叫んだって、黒い塊は一向に消えない。寧ろ溜まっていく一方だ、それは困る。
「オイ、手、止まってる」
「うるさいぞバイト店員」
「お前今度来た時覚えてろよ。プリン買ったら絶対温めてやるからな」
「マジでか!?」
冗談とも取れない高杉の言葉を聞きながら、何とか手を動かそうと頑張る。あまり目立たない埃を踏まれないように一箇所に集めながら、ポツポツと人が少なくなっていく教室全体を眺めた。私も早く掃除終わらせて帰ろっと…。
「んじゃ、お先ー。明日頑張れよっ!」
「いたっ」
私に声がかかったと思ったら、その張本人の総ちゃんに軽く頭を叩かれる。
「あ!ちょっと!せっかくゴミ一箇所に集めたのに踏んでいかないでよ!」
「めんごー」
「もー…」
全く誠意の感じられない謝罪を残し総ちゃんは足早と教室を出て行ってしまった。アイツには何か言うだけ無駄だ、という土方君の意見に、そうだね、とため息まじりの返事をしてまた床を掃く。後は塵取りを使ってゴミ箱に入れて、それを校舎裏のゴミ置き場に持っていけば掃除完了。Z組のゴミ袋は大体が点数の悪かった小テストや、酢コンブの箱や酢コンブの箱や酢コンブの箱やたまーーに藁人形が入ってるぐらいだ。特殊な物は誰の所有物か分かるけどそこには敢えて触れずにゴミ袋の口をしばった。
「よっし!ジャンケンだ!」
「だからバイト…」
「さーいしょはグー!」
「諦めろ高杉…」
たまたま近くに居た副部長と高杉を捕まえて、強制的にジャンケンをした。それがいけなかったのか、第一戦で私が1人負けをして高杉にニヤニヤと笑われた。
「じゃあ後はヨロシク」
「ちきしょー!あんなコンビニ潰れてまえー!」
不吉な事言うなバカ、という反論は聞かないフリをして、やたらと重いゴミ袋を持って教室を出た。3年生は部活も無いし授業も掃除時間も終わった今ここに残る理由は無く、昼間は騒がしかった廊下も段々と人の姿が減ってくる。
「(あ、荷物持ってくれば良かった……そしたらそのまま帰れたのに)」
どうせ土方君もコンビニ店員も先に帰ってしまっているだろう。別に一緒に帰る約束をした訳ではないけど、わざわざゴミ袋を出しに行ってから教室に戻れば誰も居ない、という事実は妙に悲しい。これも掃除係になった運命か……。
それにしても、重い。
何が、とそんな野暮な事は聞かないで下さい。
今じゃすっかり日が暮れるのが早くなってきて、学校で少し居残りをすればあっという間に辺りはオレンジ色になる。つい最近まで夏だったような気がするのに…。
破れる心配があるけどズルズルと持っているそれを引っ張りながら、もっと人気のない校舎裏へ続く廊下を歩いていく。教室のある校舎から、移動教室のある校舎への渡り廊下を通って行けば、2つ上にある4階の音楽室から聞こえる吹奏楽のチューニングの音。
「(あー良いねぇ良いねぇ澄んだ清々しい音ですねぇ)」
そして酷く僻む私。
口を「へ」の字に曲げて、渡り廊下の窓から見える中庭に目を降ろした。おぉ、気がつけば緑の葉っぱもそろそろ茶色に変わりつつあるじゃないですか。そうか、冬がくるのか。吐く息も白くなって、コタツから抜け難い寒さがまとわりつく冬がくるのか。
「(…………………………………あ。)」
先生、明日私頑張るよ?先生が今までずっと進路の話をしてくれた事や、論文作りを手伝ってくれた事や、郵便局まで連れてってくれた事を無駄にしない為にも、ちゃぁんと頑張るから、頑張る、頑張るから…。
「(…先生だ……)」
やっぱり、何か声をかけて欲しい、って思うんです。