かえる気持ち
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ちょうどくるぶしの所にまで水がくるようにして栓は締められた。ジャージの裾を捲り出した剣道部は、まだ頭にゴーグルをつけている近藤を筆頭にプールサイドに並ぶ。もちろん各自デッキブラシを持って。近藤はいちど向き直り、気合いの声を入れる。
「えー、それでは今から先生の言う想像をしたいと思う!」
「いや、お前の言うのは想像の方ね。俺が言ってんのは創造ね、創造」
「近藤さーん、ぱっぱっとやりやしょうゃ」
と、だるそうにブラシを持つ沖田。
「元凶が何を偉そうに」
と、睨みをきかせる土方。
「あついよー…」
と、麦わら帽子を被り直す夏目。
「取り敢えず始めましょうか」
と、近藤に代わり合図をかける山崎。おー、とやる気のない声が次々に上がり、皆一様にプールへと降りていく。そんな光景を影の中で見張る銀八は、自身だけ団扇を持ち、微力ながらも風を感じている。
「うわ、何だこのヌメヌメ」
「あちぃー…帰りてー…」
「酷い仕打ちだよな」
「土方さん早く死ねば良いのにな」
などと、最初は文句ばかりだったが、時間がたつにつれてテンションが上がってきた部員は、いつものように遊び50%スタミナ作り49%掃除1%という割合になってくる。本来の目的が掃除であるのに、ブラシで剣道を始めたりホースの水を撒き散らしたり、ぬかるみで滑って転んでビシャビシャになりながら満喫しはじめていた。いつの間にか笑い声と叫び声が混じり合うのに、銀八は「毎度の事か…」と半ば諦め注意すらしなかった。
「必殺スライディングー!」
ぬかるみを利用して土方にスライディングをぶちかます沖田。それに対し土方は足下の何かを拾い上げ沖田に投げているのだが、影にいる銀八にはそれが何かは見えなかった。よく見てみれば周りの部員たちも何かを投げ合いしているのだが、飛び散る水しぶきのせいもありハッキリと分からない。ただしかと見えたのは、プールサイドでぼーっと合戦を眺めている夏目の姿だった。
何時もなら夏目も混じって絡む筈なのに今回は違う。しゃがみこんでいた。若干、顔をひきつらせて笑いながら…。
「しんどいのか?」
影から出た銀八は、プールサイドの熱さを足で感じながら夏目の所まで歩み寄った。
「いやぁ……しんどくは無いんですけど」
「まあ、あんな連中と四六時中居たら疲れるわな」
「あはは……」
いったい何を投げあっているのか。銀八はプールの縁まで近寄って底を確認しようとするが、その前に夏目ががっしりと足を持ったので、止まる所かバランスを崩しそのまま水のないコンクリートの水槽へと突っ込みそうであった。
「夏目っ、てめっ、何すんだコラ!!落ちる所だったじゃねぇか!!!」
「先生まで参戦する気なんですか!!?」
「は?参戦?」
何の事だ、と銀八が聞き返して夏目に向き直った途端、彼女はプールに向けて「ひっ」と短い悲鳴をもらしてあろう事か銀八に抱きついた。抱きついたと言っても、胸元らへんを強く握って軽く頭を寄せただけである。まるで何かから自分を隠すような動作だったが、今の銀八にとってそんな事を考える暇なんてない。
「ちょっ、おま、何して…ッ!!」
「お願いですから隠れさせて下さいー!!」
背後はバカな部員たちがデッキブラシを持ち、遊び呆ける声を受け、目前では彼らの紅一点としか言いようがない夏目が何の脈絡も無く密着してくるのだから、この時の銀八の心情はどんなものだろうか?
紅一点と言ってもこの剣道部とつるんでいるのだから夏目も平均よりは変わり者だろう。授業は真面目だが、ドSと恐れられる沖田に平気で茶々をふっかけているのだから、きっと根性は半端ない。
たかが生徒。
銀八がそう思っている間も夏目は離れる気配を見せない。麦わら帽子も落ち、小さな体型が自分に引っ付いているのを肌で感じて、銀八はため息をこぼした。離そうと思えばすぐにでも出来るのに、そうしないのは夏マジックである。
夏マジックとは。
夏の太陽に当たりすぎて脳が沸騰し、馬鹿な男達が起こすマジックの一種だ。
、と自分を洗脳しながら、銀八は自分が被っていた麦わら帽子を夏目の頭の上に置いた。
「(あー……学生時代ってこんな感じだったっけ?)」
恥ずかしい。
自分だけ少し緊張しているなんて。
「…夏目?どしたよお前」
流石にずっと引っ付かれてるのは部外者が見たら勘違いすると判断して、銀八は彼女をゆっくりと離した。銀八を見上げた夏目の顔は、心なしか青ざめているように見える。本当にしんどいんじゃ…、と銀八が案じた矢先、彼女は素早い勢いで銀八をプールの方へと向けさせた。
「せ、先生!!お願いですから盾になって下さいィィイ!!!!」
「…………は?」
せっかく離したのに今度は背中に引っ付かれ、取り敢えずも大人しくしていると、よくよく部員たちが何を投げ合っているかが分かった。泥のようなぬかるみに、細長い管のようなもの。黒い斑点模様も見えるそれは、銀八も昔プール掃除の際に嫌ほど見たものであった。
「………カエルの卵?」
「言葉にしないで下さいィィイイイ!!!!」
何が楽しくてカエルの卵を投げ合っているかは分からないし、何をこんなに隠れるかも分からない。銀八は首だけ後ろに向け、肩越しに夏目を見た。
「…………お前カエル全般苦手なの?」
「………だって気持ち悪いじゃないですか」
夏目にしてはか弱い声であった。爬虫類でも両生類でも何でも触れそうなイメージがあったものだが、思わぬ反応を見せる彼女に銀八は驚いた。
あぁ、女の子だったんだと失礼なことを思いながら。
「ちょ、こっちに投げてこないでェエエ!!!!!」
背後から彼女の絶叫が聞こえ、目の前ではよく分からぬ大会が行われていて、銀八は本日二度目の諦めを含むため息をもらした。背中から伝わる温もり。夏マジックの太陽の熱さではない、じんわりと伝わるような熱に、銀八は団扇の手を止めたりしなかった。
髪の毛がジリジリやけるように熱い。
そして背中も熱い。
「(………俺は学生かっ!)」
夏マジックと自分で言っておきながら、やはり妙に恥ずかしい。
「命を粗末にしちゃ駄目だって!!!」
一際大きな夏目の声が剣道部の笑い声と叫び声に重なり、騒がしい青春にあてられた銀八は積み重ねてしまった自分の年を恨んでみた。
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