カウントダウン(5)
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ごめんなさーい。今日の12位はおひつじ座のあなた!何をやっても上手くいかないし、油断していると厄介な事が起こりそう!今日は静かにジッと時を過ごすのが良いかも。そんなあなたのラッキーアイテムは……――。
「(どうせ12位ならラッキーアイテム聞いたって意味ないっしょ…)」
そんな事を考えながら「行って来ます」と両親に声をかけてリビングを出た。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
母親の声を背に受ける。なんてことない朝。いつもの風景、いつもの行動、私は玄関から出て自転車に乗った。12位だと悲観する事なく、学校に向かう学生に混じりながら少し強い風を頬で感じる。途中で総ちゃんと会って、昨日のテレビ番組の事を話しながら笑って学校へ行く。本当になんてことない朝。
只、唯一変わった事を上げるとするなら、私の面接日…つまりは入試が明日に迫っている事と、それから……。
それから、先生が私を避ける様になった事だけだ。
**********
「んじゃ、この問題を……そうだな…今日は17日だから、出席番号17番…」
黒板の前に立っている物理の先生が眼鏡の位置をずらしながら出席簿をのぞいている。近藤君の背中がびくついたのをちゃっかり見てしまったので、恐らく17番は近藤君だろう。ご愁傷様、今回の物理の授業は何やら恐ろしく難しい。答える事が出来たらそりゃお妙も見直しますって。
「よし、近藤」
「ぐー」
「寝たフリしたって無駄だぞー」
完全に見透かされている近藤君にクラスがどっとわいた。頑張れ近藤さーん、と総ちゃんのヤル気のない声援もかかってしまい不運にも17番の近藤君は意を決してその難問にぶち当たっていった。
と言うか今私は物理をしている場合じゃないんですよ先生。
肘をつきながら、あまり話した事のない物理の先生への悪態を心の中で吐いた。これからの人生物理が役に立つ時がくるか?いいや、絶対こないね。それなら小学生の時に教えてもらった理科の授業の方が家庭的できっと役に立つ。でんぷんはヨウ素液をかけられると青紫色に変わるんだっけ?
「(あー、分からん)」
これは別に物理の問題へではない。私のモヤモヤに対する問いかけだ。
今まさに近藤君がウンウン頭を唸らせているように、私だって数日前から脳内フル回転、そろそろショートしそうな勢いなんです。その内白い煙を出しながら脳の動きが止まっても不思議でも何でもない。
分からない、どうしても分からない。
面接室への入り方とか、言葉遣いとかそんなものじゃない。そうだったらどれだけありがたい事か。教科書を見れば分かる事ならとっくに見てるし、人に相談して良い答えがもらえるならもう話してる。でも今回ばかりは教科書を見ても分からないし、流石に人にも言いづらかった。
「(坂田先生は何で急に私を避ける様になったんだろ…)」
人に相談したらこのモヤモヤが悲しみに変換されそうで怖かった。今は何とか只のモヤモヤとして心に置いているけれど、明日を面接日に控えた今、それを下手に刺激するのだけは避けたかった。
数日前からこのモヤモヤは始まった。でも最初はこんなに重いものではなく、少しの違和感だけだった。それは、先生の自転車の後ろで感じた小さなものだ。あの肌で感じた小さな違和感は、日を増すごとに大きくなり、そして私を変に感付かせた。
――先生、面接の練習してもらえませんか?
そう言ったのは何日前だったっけ?ちゃんと先生の空いている時間を見計らって声をかけたのに、先生の答えは素っ気無いものだった。
――ワリ、やらなきゃいけねー事があるんだわ。他に代役立ててやっから。
坂田先生が良いから声をかけたのにな。
代役を立てられちゃ意味がないけど、先生にも色々やる事があるのだろうと思って特に気にはしなかった。じゃあまた今度お願いします、と笑えた自分に、先生も「ゴメンな」と言って笑う。それを見た瞬間何故だか心臓が痛いぐらいに軋んだ。
なんて色のない先生の笑顔。顔は笑ってても、心は全然笑ってない、先生何か隠してる。
只の教え子にこうも思わせてしまうぐらい先生の笑顔はいつもみたいに緩んでなくて、それから、何でか私が泣きたくなってしまった。
練習を断られたから?ううん、そんなんじゃない。分からない。
近藤君はまだ問題と格闘しているのか、隣の土方君が先生の目を盗みコソコソと耳打ちをしてやっていた。きっと答えを教えてるんだ。良いなぁ、私にも教えて欲しいよ、何で急に避けられだしたのか。
授業中に目が合わなかったのにも違和感を感じたけど、それは別に構わない。たった50分の間で一度ぐらい目が合わなかっただけで何だ。そんな事で心のモヤモヤを増やしていたらこっちの身がもたない。
でもそんな小さな違和感も徐々に蓄積されていって、気が付いたら大きなものに変わっていった。まだそれを悲しいと思わないだけマシ。"あれ?何でだろ?"というレベルで止まっておきたいのだ。
教えて欲しい。でもその答えが分かったら、きっと私は駄目なような気がする。
――ゴメンな、やる事があんだよ
私が日を改めて練習を頼みに行った時も、先生はゴメンなと言った。私の心臓を軋ませるあの笑顔を以て。眼鏡の奥の目は細められていたけど、私の血の気の失せたような顔はよく見えた。電気代節約という声の下、明かりのついていない廊下は全体的に灰色で、放課後のそこには私と先生しか居なかった。たまたま姿を見かけたから声をかけただけの事。そんな思いつきの行動でまさか心臓を苦しめるハメになるとは思わなかった。見慣れた白衣の後姿が廊下の角を曲がるまで、私はその場に立ち尽くしたまんまだった。いつの間にか蝉の声が聞こえなくなった季節を迎えていたせいか、なんの音にも邪魔されずグラウンドのサッカー部の声が小さく耳に届いていた。けど、走り回っているサッカー部のように、コンクリートに囲まれたその灰色の景色の中で、私はホントに動く事は出来なかった。
素っ気無くされたから、なんて次元じゃない。そんな彼女面はかっこ悪いからしたくない。でも、入試に至るまでのこの数日間、先生と一緒に居る時間が多かっただけにこれだけアッサリと離れられるのを感じると、自然と心はこう叫んだ。
避けられている?
廊下の真ん中で、全身でそれを感じた。そこで泣かなかった私を褒めてやりたいけど、今一涙も出ないのが実際だった。
何で?どうして?
考えても分からないその疑問が、なんとか涙腺が緩むのを防いでいるのだろう。
「(分かんない……)」
今の所、気はしっかり持っている。って言うか明日が面接だというのに、流石にこんな事を考えられる程私は器用な人間じゃない。頭をスッキリさせて臨みたいという思いもあるけれど……。
「近藤ー、分かったかー?」
「あと数分で分かりそうです!俺とお妙さんの相性が何%か!」
「問題を解けやァァアァア!!!」
土方君の耳打ちも意味を持たず、授業中にも愛を告白する近藤君にお妙の鉄拳が命中した。静かな授業の筈が急に騒がしくなる。わぁわぁと生徒がどんちゃんをやり始める皆の奥で、物理の先生が「また始まった…」とでも言いたげな顔でため息をついたのが分かった。そう、いつもの事。いつもなら私も便乗して騒ぎに入るというのに、今日ばかりは立ち上がり盛り上げ役に徹する気分ではなかった。
「真面目に授業を受けろォォォォオ!!!」
新八君がそう叫んだのは分かったけど、このままじゃ収拾もつかない。でもタイミングよくチャイムが鳴ったお陰で、先生は自分の肩を労わるように軽く叩きながら疲れた顔で教室を出て行ってしまった。
「果てろゴリラ!!!」
「姐御かっこいいアル!」
般若顔で殴り飛ばすお妙の声も、楽しげに弾んでいる神楽の声も、今の私じゃ羨ましいとしか感じれなかった。
悩むのは苦手なのよっ!
ポキッ。
結局一度もノートは取らなかったけど、一応握っていたシャーペンの芯が折れた。
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