カウントダウン(3)
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ヒロインはハルがすれば良いんじゃない?と、昼ご飯中に突然言い出したお妙。思わず咀嚼も止まり、驚いたように目を見開かせた私の前で彼女は相変わらずニコニコしていた。
「……何ですか急に」
「何となくそう思ったのよ」
「無理ヨ姐御。ハルにヒロインは無理アル」
「ホントに神楽は私に一度謝る事を薦めるわチキショー」
「ヒロインは私アル!」
「あらあら、神楽ちゃんも乗り気ね」
「昼ごはんに酢コンブ食べてるようなヒロインは嫌よ」
「黙れ剣道部で女ッ気を落としきた奴め!」
「総ちゃぁぁあん!!!神楽が剣道部の事バカにしてるよォォ!!」
「!!よっしゃぁ表に出ろチャイナァ!!!」
「上等ネ!!!!」
ふぅ……神楽追い出し作戦大成功。
彼女の相手は総ちゃんにまかせて、私はまた焼きそばパンにかじりついた。隣の席に座っているお妙は「神楽ちゃんの扱い方が上手いわね」とか何とか言って新八君特製の美味しそうなお弁当を頬張っている。その横顔は女子高生にしてはどこか大人っぽく、餓鬼んちょの私よりお妙の方が十分ヒロイン要素があるんではないかと思う。昨日のLHRでは「ゴリラを焼こう」だ「市に電話したけどゴリラの死体は引き取ってもらえない」だとか恐ろしい発言をしていたけれど、それを差し引けば、ヒロインに一番近い存在だと思う。
……って言うかまだ劇の内容決まってないよね?
「劇、何するのかなぁ」
教室の隅から聞こえる神楽と総ちゃんの凄まじい喧嘩の音を耳に挟みつつそう呟けば、そうねぇ、と頬に手を当てながらお妙が言う。
「"アバター"なんてどうかしら」
「待て待て、学校にそんな技術ないから。そもそもあれは映画だから!劇では無理だから!」
「じゃあ"戦場のピアニ…」
「深すぎる!!!それ深すぎるから学校の劇で表現出来るもんじゃないよ!?」
「文句ばかりね貴女」
「お妙がまともな事言わないからでしょう!?」
例えばベタに白雪姫とかが出て来るのかと思いきや、いきなり3D映画の題を言われちゃたまったもんじゃない。
「もう……仕方ないわね」
「?」
「私が監督を務めるしかないわ!」
「!駄目駄目それは駄目だって!!」
と、否定した瞬間にガッと胸倉を掴まれニコニコ笑顔のお妙の顔が目前にまでやってきた。顔に影がかかっていて、笑顔の筈なのにそれはとても恐ろしく私は冷や汗を流しなら目を逸らした。
「あら、何が駄目なのかしら?」
「や、それはですね、その…」
「なぁに?言いたい事があるなら3文字で述べなさい」
「3文字!?3秒じゃなくて3文字なの!?……っほら、お妙が監督になってくれても、お妙の要望に私達なんかが応えていけるかしらーと思って……アハ、アハハハハハハハ」
お妙が監督なんかになったら(違う意味で)もの凄い劇が出来そうだ。それこそ「本当に出来るのかこんな劇!?」というような作品が…。
苦し紛れの言い訳ではあったけど、割と的を射ている内容を彼女は良い方に受け取ってくれたようで「それなら安心しなさい」とニコリと笑い、ついでに手も離してくれた。こ、怖かった…!
「その要望に応えられるように私が鍛えてあげるから」
「結局監督志望かァァア!!」
ごめんなさい3Zの皆さん。ここに最恐の監督が出来上がりました。他にも劇をするクラスはあるでしょうが、これ1位取らないと殺されると思います。命がけの文化祭になりそうです。
「お妙さァァアん!!!俺も貴女の監督には賛成です!そして是非、サポート役の助監督としてこの近藤勲を使ってやって下さァァアアい!!」
どこで話を聞いていたかは知らないけれど、いつも通りお妙への愛を全力で叫ぶ我等が部長。もちろんいつもの事なのでクラスメートは一切の関心は示さない。
「おぉ、今日も部長は元気だ」
「ちょっと待っててねハル」
「?どこかに行くの?」
「劇中に必要なゴリラの死体を用意しておくわ」
スタスタと近藤君の所にまで歩き出し、ストリートファイターも驚きの見事なコンボを彼に繰り出していた。………今更ですが、どうして私の周りの友達は可愛い顔してこんなに凶暴的な子が多いのか不思議でたまらないです。
「(文化祭か……)」
その頃には定期テストも終わってるし、何より私の面接も終わっている。
「(ハァ……合格出来るかな…)」
ギリッギリ間に合ったあの願書。先生の踏ん張りを無駄にしない為にも、私は頑張るしかない。
そんな時だった。騒がしいお昼休み中に、夏目、と誰かが私の事を呼んだのは。近藤君の絶叫が五月蝿かったけど何とか声の方に顔を向けてみれば、ドアの所に寄りかかって立っている先生が手招きをしてくれていた。思わずビックリして中々動き出せない私に、先生はもう一度「夏目」と呼ぶ。
「え、あ、はいっ!!!」
我に返って立ち上がり、近藤君を襲っているお妙のフルコンボを避けながらも先生の所に行けば、いつも通り白衣姿の先生が一枚の紙を渡してきた。それには何かの日程が書かれている。
「先生なんですかこれ」
「面接の練習日の日程。横に教員の名前が書いてあんだろ?」
「あぁ、ホントだ」
「○印は時間が空いてる、×印は空いてないっていう意味だから。上に書いてる時間欄と照らし合わして、事前に予約でもしてもらってから練習しとけ」
「………………」
「……何デスか夏目さん、そのキラキラした目は……」
「先生凄い……!」
「は?」
「坂田先生、今凄く先生みたいな事してますよ!やっぱり先生は先生だったんですね!!」
「何その失礼発言!?俺はれっきとした先生です!」
ヤル気なさげなイメージがあるだけに、この計画的な行動には本当にギャップを感じざるをえません。渡された1枚の紙。たった1枚の紙だというのに、ここまで喜ぶ自分の単純さに何とも言えず笑いそうになってしまった。
私の失礼発言に対し先生は「お前は今までどんな風に俺を見てたんだ」とぼやきながら頭をかいている。それにも少し笑えた。こんな風に不貞腐れて、教員らしい教員の顔をのぞかせるのは稀にしかないけど、この1枚の紙は先生の優しさの塊である。それがどうしようもなく嬉しかった。
「ピンぼけ先生!!!!」
「もうそのネタはやめてェェェエェエエ!!!」
「っありがとうございます!!」
「!…おぅ」
それからすぐ先生は職員室に戻っていってしまって、ドア付近にはやけにニコニコ顔の私だけが残った。
「(出来る事なら坂田先生に見てもらうようにしよう!)」
先生は一体いつ空いているのだろうか、と見てみれば、○印や×印に混じり「糖」と書かれている欄が幾つか見られた。何ですかそれは、糖分摂取の時間があるという事ですか先生。
やっぱりどこまで行っても坂田先生は坂田先生だなと実感しつつ、それでも体の内側から込み上げてくる幸せはどうしようもなく顔に出てしまった。
「おぅ、その紙は何でさァ。不幸の手紙か?」
「ハンッ、寧ろ幸せの黄色いハンカチだもん」
近藤君へのコンボがそろそろ200を越えようとしていた時のまさかの出来事。総ちゃんには物騒な事を言われたけど、今の私には何を言っても無駄じゃぁ!どんな喧嘩言葉や悪口でも、脳内ですぐに幸せホルモンに変換できるような気がする。
「私に幸あれー!」
何ですかその合言葉、と新八君に突っ込まれつつ絶えないニヤケ顔。
そうして私は、幸せな事に受験のプレッシャーをいとも容易く吹き飛ばし、幸せな受験生代表となってしまった訳です。職員室への帰り道、先生が何やら難しそうな顔つきで歩いていた事も知らずに……。
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