カウントダウン(2)
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暮れていく空、沈む夕陽、少し肌寒い風。それは即ち夜がもうすぐでやってくる事をしめしている。
「……先生」
「あ゛ぁっ!?」
「……大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないですよコノヤロー!ちょっ、これ、思ったより疲れる……!」
「……先生」
「何だ!!!」
「……運転交代しましょうか」
「お前には無理だバッキャロー!!」
「……先生」
「だから何だよ!!」
「……一つ言っていいですか」
「手短に言え!」
息も途切れ途切れ、時折言葉も途切れ途切れになる先生の背中に向かって一言。
「何でスクーターじゃないんですか」
それを丁度言い終えた瞬間、山場である長い坂を無事に乗り越え、自転車は下り坂の軌道に乗りスピードを上げていく。先生も一息つくかのように、今まで上げていた腰をようやく下ろした。
そして後ろに乗っていた私は、肩が上下している先生にまた容赦ない一言。
「何でスクーターじゃないんですかァァァア!!!」
「やかましいわァァァア!!いま丁度修理に出してんだよ!今日はたまたま自転車だったんだよ!」
「!先生あと10分で郵便局しまる!急いで!」
「分かってらぁ!!」
私が駐輪場で嘆いていた所、神楽から事情を聞いた先生が念の為に追いかけてくれたらしい。その理由は「嫌な予感がしたから」というもの。その嫌な予感(=自転車のパンク)は見事的中して、私はこうやって助けられている最中です。
上り坂を見事に上りきり、後はこの坂を下って郵便局への道を急ぐ。教師と生徒が2人乗りなんて考えられませんが、先生にはそんな事を考える余裕もなく、また、私もそんな甘そうに見える雰囲気に浸っている場合でもありません。
でもまぁどっちにしろ実際甘くないってのが現実で、さっきから私は先生の説教を受けてばかりだった。
「ったくお前は!こんな事なら朝の内に行かせときゃ良かったぜオイ」
「ごめんなさい」
「反省してんのか!?」
「ごめんなさい」
「…ホントに反省してんのか?」
「ごめんなさい」
「オーイ、ハルチャーン?」
「ごめんなさい」
「先生の話聞いてる?」
「ごめんなさい」
「あ、これ絶対聞いてないわ。先生の事無視してるわ」
本当に今まで延々と説教されてたもんだから"ごめんなさい"と答えるのが当たり前になってしまったが、先生を無視するなんて私が出来る訳ないじゃないですか。
「先生の事を無視する訳ないじゃないですかっ」
分かってもらいたくてそう口答えしてみれば、本当に一瞬、それは一秒にも満たない時間だったと思うけど、少しだけ先生の雰囲気が変わった。気のせいではないのか、と言われればそれまでだけど、でも真後ろに居た私だからこそ肌で感じる何かがあった。
「…そうか」
ポツリと帰って来た一言がやけに弱弱しい。
「先生?どうかしましたか?」
「…いんや、何も」
いつも通りの張りのない声。それでも、本当に一瞬だけ空気が変わった瞬間があったのだ。それが何なのかは、私には分からない。なんか変な事言ったっけ…?
「お!郵便局見えたぞ!」
「へっ!?」
考えても分からない疑問を打ち砕くかのような先生の明るい声。よっぽど自転車がしんどいのか、その声音には"間に合った"という色や達成感が私より含まれていたように思う。
私も私ですぐに現実に引き戻され、見えてきた小さな郵便局に頬が緩んだ。
「良かったなー、間に合って」
その帰り道、先生はホッと一安心したのか比較的ゆっくりとしたスピードで自転車をこぎながら言った。まぁ降りれば良い話なんですが、こんな田舎道じゃ警察も何も通らないだろうという事で再び先生の後ろに乗らせてもらった。風は確かに肌寒いけど、微かな汗の匂いに混じって香る先生の匂いに頬は熱くてたまらない。いやー、熱い熱い、誰かどうにかして下さい…!
今思えば私はとんでもない状況にあると思う。
そりゃさっきまでの事態も大変だったけど、この状況もどうよ、と思う訳です。確かに放課後に2人で残ってましたよ。でもあの時の2人と今の2人では何かが違うというか何というか「アレ?何で私2人乗りなんかしてるんだ?」と気付いてしまったが最後、赤くなる頬を隠す為には先生の後ろに乗るしかなかった。
そんなこんなで自転車は進み、行きは楽だった下り坂が今度は上り坂となって先生を待ち受ける。降りようかとも思ったけど、先生は私を降ろす素振りなど一切見せず強くペダルを踏み出した。
「先生、私降りますよ?寧ろ運転変わりますよ」
「これぐらい、どーって事、ねぇ、よっ…!」
とか言いつつ言葉はやっぱり途切れ途切れ。先生も歳なんですから無理しないで下さい、と言えば、まだ若いわァァアと叫ばれた。
「ったくお前って奴はホントに………もし間に合わなかったらどうするつもりだったんだ…」
「ま、間に合わなかった時は…………死にます」
「重いな!?」
「あ、なら運転変わりますよ」
「違う違う!!体重の話じゃないからね!?簡単に命を終わらせちゃ駄目だって話だから!」
「………でも」
「…?」
「……今日は本当に危なかった」
「だな」
「……」
「いつもみたいに"寝坊しましたすみません"じゃ済まねぇしな」
「……」
「分かるか夏目ー、時間はあっという間に過ぎんだから、も少し余裕を持って行動しろ。お金に関してもそうだ、ちゃんと計画をたてて責任持って動くよーにっ!………あ、ヤベ、ガス代払うの忘れてた、そろそろ止められる」
「先生全く説得力が無いんですけど」
先生は大人だから別に良いんですぅー、と全く分からない言い訳をされたけど、その言い方が妙に可愛かったから思わず笑ってしまった。ドタバタから始まりドタバタに終わった今日。当事者の私が言うのも何だけど、終わってしまえばドッと疲れたし、なんだか笑えた。空は完全に藍色になっていて、先生の自転車にも灯りがついた。
「なぁ」
「はい?」
「お前このまま家帰るか?」
「家…ですか?」
「今日はこのまま帰るってんなら家まで乗せてってやるけど…」
この距離からだと、学校に帰るより家までの距離の方が随分と近い。この時間じゃ自転車屋さんは閉まってるから、パンクの修理は明日…となれば、このまま家に帰って明日は徒歩で学校に行って、その下校途中に自転車屋さんに寄るのが一番効率が良い。
それでも、私は家を選んだりはしなかった。
「いえ、学校まで連れてって下さいっ!」
時間がどうせあっという間に過ぎるというのなら、近い家より遠い学校を選ぶ。運転してくれてる先生には悪いけど、もう少し、この空間を味わいたかった。
へーへー。分かりましたよー。
渋々といった感じでも、素直に学校に連れて帰ってくれる先生が好きだ。暮れていく空に、改めてそう感じた。
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