カウントダウン(2)
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痛い。
え?どこがって?そりゃ頭にきまってるじゃないですか。今日の体育でちょっとテロに巻き込まれてしまったんです。そのせいで頭が被害を受けた訳でどうしようもなく痛いんです。何度触ってみても大きなたんこぶが消える事はありません。なんで土方君を狙ったサッカーボールが私に当たるんだよ。おのれ沖田総悟、今に見とれ、いつか必ず復讐してやる。
そんな淡い復讐心を抱きながら、保健室でもらった氷で懸命に後頭部を冷やしている最中です。今日は寝坊するし、最強ボールは受けるし、本当に散々だ!唯一の救いといったら授業が5時間目までしかなく、頭痛が治まるまでこうやって教室でウダウダ出来ること。ジュースを買いにいってくれた神楽の帰りを待ちながら、まだ痛むたんこぶを撫でた。うぅ、痛い……!
「ハルーお待たせヨー」
「ありがとー!」
ジュース分のお金を手渡して、誰も居なくなった放課後の教室で残りの学生ライフを楽しむ。甘いカフェオレの味が口いっぱりに広がり、痛いたんこぶをまだ気にしつつもウダウダと時間を過ごす。
「神楽、次の定期テストっていつだっけ?」
「数週間後ぐらいアル」
「マジでか。全然時間あるな、まだ勉強しなくても良いか…」
「一週間ぐらい前から始めれば良いネ」
等と言い合う私達ですが、どうせ一週間前になってもやらないのでしょう。大方、前日になって焦りだし必殺・一夜漬けをくりだす訳です。そんな繰り返しで何度もテストを乗り越えてきたのだから、それはそれで天晴れだと思う。徹夜するぐらいなら土方君みたいに前々からちゃんと勉強してれば焦る事も無いんだろうけど、女子高生はそうはいかないんです。遊びに恋にと忙しい訳で、それプラス今の私には数週間後に控えた面接も圧し掛かっている。でも土方君は土方君で国公立を狙ってるから、後々受験に忙しくなる訳で………ん?あれ?私なんか大事な事忘れてないかな……?
「……」
「急にどうしたアル。人面魚みたいな顔になってるヨ」
「うん、取りあえず神楽は私に謝った方が良いんじゃないかな。人面魚って何よ、人面魚って。魚類じゃないからね私は」
「両生類か」
「私がいつエラ呼吸をした!?」
酷い友人に酷い例え方をされたもんですが、人面魚はさておき、なーんか忘れてるような気がしてならない。思わず腕を組んで考えてみるけど、喉に引っ掛かる何かが取れない。
「("土方君"……?いや、違うな…副部長とは全く関係ないような事のような気がする…)」
でも確かに頭の中にあの鬼の副部長を思いだした瞬間、自分が何かを忘れている事を思いだした。何だろ……今日受けたテロの衝撃と一緒にそれが遥か彼方へ飛んで行ってしまったのだろうか…?
「ハル?」
「あ!思い出せそう!もうここまで来てる!喉まで来てる!!」
ガバッと頭を抱えてそれが何かを思い出す。こうやって優雅なティータイムを過ごしてる場合じゃないような気がしてきた…!でも何度も言うようですが私はまだ女子高生な訳で、遊びに恋にと忙しいんですよ!たまにはこうやって友達と何をするでもなく放課後を過ごすのも良いじゃないですか。
もう先生が私の前に居なくて、真剣な顔つきで論文と睨めっこしている様子が覗き見出来ないのは残念だけど、そう毎日先生に近くに居られたらたまったもんじゃない。緊張のし過ぎで体がもたない。
短大に行っても私は坂田先生の事を想い続けるのでしょうか?はたまた、この恋に終わりは来るのだろうか?
「いやいや、終わらせたくはないな…」
「何をさっきからブツブツ言ってるアル」
短大に通っても、きっと坂田先生はまだこの学校に居る。会いに来ても迷惑だとは思わないかな……。
「って私まだ合格してないし」
「だから何の話アル」
「まだ面接も終わってないのに、私ってばお馬鹿さんっ☆」
「オイ人の話を聞けヨ」
さも短大に合格しているような口ぶりを改める。定期テストに入る数日前ぐらいに私の面接がある。それまでの間しなければいけない事は、取りあえず面接の練習。私が送った論文の内容に沿って面接は進められるから、私は自分が書いた事をよく理解した上でそれに臨まなければならない。ちゃんと自分の事を面接でアピールして、後は相手校の判断に任せるしかないない訳で…………あれ?"私が送った論文"……?
「………」
「……今度は何アルか。急に黙りこくって」
ここで私は、自分がしでかしてる事実にようやく気付く。
焦りで一気に体が冷え切ったものの、取りあえず机の横にかけてる学生鞄を取り出してその中身を確認する。常に入っている飴の袋は邪魔なので取り出し、大して勉強道具の入っていない中を探っていれば一つのクリアファイルが出て来る。そこに入っている数枚の紙切れ。
――よし、もう良いだろ
――やったぁ!ようやく完成しましたね!論文!
昨日この教室で交わされた先生と私の会話が鮮明に思い出される。
――明日までに速達で送らねぇと間に合わねぇんだから忘れんなよ?
――はーい
明日までに速達で送らねぇと間に合わない……?昨日の時点で明日というのは即ち今日の事であって……その論文は私の手元にあるんですけど?速達されてないんですけど?
「………!!?」
「おぉ、滝のように汗が流れてるアル」
手元にある論文を見ながら、アハハウフフエヘヘと逃げの笑みを浮かべてみるが、ようやく事の重大性に気付き「えぇえ!?」と声を荒げ立ち上がった。
「速達するの忘れてた!」
「何を?」
「論文!!」
「ギャハハハハハ!!!」
「普通そこで笑うか!?」
やらかしたアルなー、と神楽は普通に言っているが、これはやらかしたレベルではない。私は神楽のようには笑えない。これを送り損ねたら受験票がもらえない訳で、となると建てた受験計画が全て意味のないものになってしまう。それは困る!
「いま何時!」
「4時35分」
「マジでか!!!?」
ウダウダしすぎたァァァアァア!!!郵便窓口が閉まるまで後25分しかない。ここから一番近い郵便局までは自転車で15分ぐらいかかる。これは危ない。
「ごめん神楽!今日は帰る!」
「健闘を祈るー」
「イエッサー!!!」
最近私は教室に飛び込んだり飛び出したり、とにかく忙しない。今度からはちゃんと時間に余裕を持たないと……まぁ説教は無事に論文を送れてからでも遅くない。今は郵便局に急ぐのが先で、肩からずれる鞄に気を取られながらもドアを勢いよく開ける。そしたらお約束通りはずれてしまうドア。って言うかこのドア今朝もはずれなかったっけ?
「(この急いでる時にィィィイ!!!)」
仕方ない、直してもらうのは神楽に任せよう。そう意気込んで廊下に出ようとすれば、今度は壁のような何かに行く手を阻まれ強くぶつかってしまった。だからこの急いでる時にィィィィイイ!!!!
「いたた……!」
「オイオイ、ここが道路だったら今のでお前絶対ェ骨はイったな。確実に3本はやられてるぞ」
「縁起でもない事言わないでくだ…、……!!」
今一番会いたくない人が何ゆえここに居るのか。それはもう私の不運さを呪うしかなかった。驚いて声も出ない私を不思議そうに先生は見つめたけど、「あ、ぎんぱっつァん」と神楽が呼んでくれたお陰でその視線はそれた。よし、今のうちに…!
「何やってんだお前等。用もないなら早く帰れよー?」
先生はどうやら教卓の中に忘れたプリントを取りにきたらしい。
「じゃあ神楽!先生!また明日!」
「明日は遅刻すんなヨー」
「おー。気ィつけて帰れよ」
「さよならっっ!!!!」
半ば言い切るように別れを告げて、誰も居ない放課後の廊下を大疾走。好タイムが出たのではないかというぐらいのスピードで走りぬけ、MY自転車がとめてある駐輪場にまで急ぐ。
最近の私は本当に落ち着きがない。時間にギリギリで、余裕なんてあったもんじゃない。先生が春頃から進路の話をしていた意味がよく分かる。時間なんて本当にあっという間だ。論文を書き始めた頃、先生と2人っきりの放課後に緊張したものの、完成してしまっている今、あの時間はもう二度と戻らない。真剣な顔つきで論文と睨めっこしながら私の前の席に座ってくれていた先生が、今じゃもう思い出の一部になりつつある。夕陽に照らされる横顔を密かに覗き見していたのは、黙っておこう。
「(まぁ先生の教え子な訳だし、一緒に過ごす時間はまだあるか…)」
今更ながらにZ組の担任があの人である事に感謝しつつ、ローファーに履き替えた。この非常時だというのに、そんな些細な事実でにやける口元をおさえた。
……とまぁ、恋に現を抜かしてた私がお馬鹿さんでした。自分の身に降りかかっている更なる不幸に、今度はぐぅの音も出ません。そうか、神様は私が嫌いなんだな。
急いで駐輪場に来たまでは良かったです。いつものように鍵をさし、鞄をカゴにのせてペダルを踏む。その一連の動作の中でやけに重く感じるペダルにまず違和感。そして乗馬をしているかのようなこの不安定な揺れ…。恐る恐るタイヤを見下ろしてみればペチャンコでした。
「こんな時にパンクしてるなんて~~~~っっっ………!」
今までの無茶な運転による疲労がようやく爆発してしまったのだろう。確かに段差とか平気で乗り越えたり、2人乗りしたり、ふざけてウィリーとかしたりしたけども!
思わずハンドルの間に頭を項垂れる。
この様子じゃMY自転車はきっと使えない。かと言って近くの郵便局に行くまでは自転車を使わないときっと間に合わない。歩いて行ったら30分はかかる。
頭の中に最悪の結果が浮かんだ。そしたら視界が段々と歪んできて、思わず頭を強く振る。
これは全て自分が招いた出来事であって、メソメソしている暇はない。勝手に諦めて勝手に落ち込んでるなんて、我が侭もいい所だ。
それは何より、一緒に論文を見てくれた先生に申し訳無い。ここで私が諦めてしまえば、全ては意味のない事になってしまう。授業中は、先生はそりゃ現国の教科担任として(ヤル気なさげに)教えてくれていたけど、あの放課後は、昨日まで過ごしていた放課後は紛れもなく私の為だけに割いてくれていた時間だった。誰の為でもなく、私の為だった。
それをこんな事で無駄にする訳にはいかない。
「(走ればきっとまだ間に合う…っ!)」
さっき廊下で好タイムを出したばっかりじゃないか夏目ハル!頑張れ!
沈んでいく夕陽に焦りを駆られて、情けない事に視界はまた歪みだすけど、メソメソしている暇はない!走れメロスならぬ走れ私!思わず拳を作って意気込んだ。涙もヒョッコリ引っ込んだ。
「夏目!」
「!」
神様は私の事が嫌いだから、朝は元気だった自転車をこんな時にパンクさせたのでしょう。私だって神様なんて大嫌いです。でも…。
「おまっ!バカ!早く後ろ乗れ!郵便局しまっちまうぞ!」
「っ!イエッサー!!」
でも、先生は大好きです。
急いで飛び乗れば、体が後ろに置いていかれそうなぐらいのスピードで走り出した。安心からか、またゆがみ出す視界を、今度は腕で強く拭った。