カムバック夏休み
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自分には無謀な道だと、向いていない道だと諭されるのが怖かった。応援してもらえない恐怖、受け入れてもらえない事が怖かったのだ。相手が銀八であるならば、それは尚の事。
けれど父親の言葉を思い出せば心が軽くなった。銀八の今の優しい言葉で体も暖まった。
後は、走り出せば良いだけの事。
「先生、」
「あ?」
「……私、言ってなかった事があるんですよ」
「?」
「私、先生になりたいんです」
「そうか、夏目はそんなに俺が好きか」
「はい」
「……は?」
「……んん!?いや!そ、そういう意味じゃなくてですね!!」
先生の事は好きだけどそういう意味じゃなくて……!!
そんな彼女の心の叫びが今にも聞こえてきそうであるが、ここは少し置いといて、話がずれそうになったのでまた軸に戻す為一度咳払い。落ち着いた彼女がまた話しだした。
「だから、先生に、なりたいんです」
迷いのない真っ直ぐな目に銀八は驚いたように数回瞬きを繰り返した。
過去何度も体験したような感覚を何故だか感じた。
「(嗚呼、そうか)」
教師が置いていかれるという瞬間は、今この時らしい。
「って言っても坂田先生みたいな教科の先生じゃなくて…その……養護の先生が良いんです!私の成績じゃどの学校に行けるか分からないですし、そもそも短大しか目指してないで行く学校も限られてくるんですけど……」
「…」
「……ずっと話せなくてごめんなさい……でもいつかは話さないといけないっていうのは分かってて、でもでも何か怖くて……」
「怖い?」
「……お前じゃ無理だ、って言われたらどうしようかと思って……」
しぼんだ風船のようにまた縮こまっていく夏目。
昨晩の彼女も似たようなものだった。
仕事から帰って来た父親と面と向かい進路の話をしたのだ。きっかけはその日に母親の卒業後の事を聞いたのがそもそもであった。
彼女の父親は割りと物静かで、あまり多くを語らない。教員になりたいのだと言う事実を今更、こんな時期に言ってどんな反応が返ってくるか見当もつかなかった。だから、弱弱しく、先生になりたい、と言ってこんな風に縮こまり相手の出方を待った。
無理だ、と言われるか、駄目だ、と言われるか。
どちらにしろ彼女の頭に浮かんだのは否定の言葉ばかり。ぐっと口をつぐんで向かいに座っている父親を薄目で見てみれば、少し驚いているのが分かった。そしてゆっくりと口が開く。
大丈夫だ。
それは、彼女が想像もしていなかった救いの言葉。モヤモヤしていた肩の荷がようやく取れた一言であった。
優しく笑っている両親の顔を見て、安心からか一筋だけ涙をこぼしたそんな昨夜。
「…親には話したのか?」
「りょ、両親には伝えました……短大に行くのも……。……そしたら、お前が心配することは何も無いから、目標をしっかり見据えて存分に励め、って……」
「両親の理解は得てるんだな」
「……いちおう……」
「……」
それを聞いて銀八は一番下にある大きな引き出しから分厚い冊子を取り出し、索引から何かを調べそのページを開いた。そしてそれを彼女にも見せる。どうやらそれは全国の大学等が書かれている本らしい。
「養護関係の短大っつったら通える範囲でこの数校だ」
「…」
「……もう行きたい学校も決めてんだろ?」
「…」
細い人差し指は、恐る恐るとある学校の名前を指差した。
「よし、じゃあこの学校な。指定校推薦がきてんならそれに乗っかりてーけど、無かった時の事を考えたら一般入試か…?……でもそうなったら後期になっちまうし、卒業までに確実に合格を決めるのは難しいな………よし、夏目。一か八かでAO入試で行くぞ。お前の臨機応変な態度がありゃ面接も大丈夫だろ。論文は責任もって俺が見てやる」
「え、あ、は、はい」
あまりにもとんとん拍子に進んでいく話についていけず、話の主役である筈の彼女が何故か呆気に取られていた。しかし銀八はどんどん話を進めて、遂には面接の練習日までも勝手に決めだした。彼の話によればAOまでもう時間だないのだとか。
いよいよ膨らみだした自分の夢に、ようやく1歩近づいたのだと実感が持てた。彼女の顔に軽く笑みが戻った。
「ようやくお前と進路の話が出来たな」
「その節はご迷惑をおかけしました……」
進路調査書に学校名や入試形態などを書き写している最中、銀八がポツリと呟く。
「お前じゃ無理だ」
ドキリと心臓が痛む。
紙面に落とされていた銀八の目線がゆっくりと彼女を捉える。そうすれば「なんつー顔してんだ」と笑われた。
「俺を、そんな事言う酷い教師だと思ってたのか?」
「だ、だって…」
「先生は頭ごなしに否定はしまセン」
「うぃ……」
「進路の話になるとお前とことん弱いな」
「アハハハハ……」
「でもまぁ話せて良かったわ。これで何とかなりそうだな」
「…なんとかなりそうですか…?」
「なんとかしてやるよ」
垂れ下がっている銀髪から見えるその整った横顔に言われれば、彼女の頬に一気に熱が集まった。こんな生ぬるい風じゃ冷えるものも冷えない。
「でもAOまで時間ねーな……」
「せめて夏休み前に言えば良かったですよねホントすいません……」
「いや、こうなった以上これが最善の結果だ。今から頑張ってもまだ間に合う。だから留年だけはすんなよ?」
銀八先生が居るなら留年も悪くないと思っていた自分が居るだなんて事は口が裂けても言えない。適当に「はーい」と返事をしておいた。
「……しかしショックだわー」
「?」
「夏目が俺をそんな奴だと思ってたとは…」
「だ、だからそれは…!」
「そうかそうか、俺はそんなに否定的な先生なのか」
「違いますって!」
「夏目は俺が嫌いかー」
「違います!!寧ろ好き……っーー!!」
「え?」
「………………………………………………え?」
ながーーーーい沈黙のあと、ようやく彼女も静かに驚きの言葉を上げる。しかし脳内はフリーズ中。自分は今何を言ったのだと。オヨヨと嘘泣きをしていた銀八の思考も思わず止まる。
いつものノリのように受け流せば良かったのだが、それにしては彼女の言葉はあまりにもリアルすぎた。それもその筈、本当に銀八の事が"嫌い"ではないからだ。それを分かって欲しいがあまりに飛び出た本音。返ってきた反応にどことなく違和感を持った銀八が「え?」と聞き返したのもいけなかった。彼女は、改めて自分が今何を言ってしまったか気付いたような気がした。顔はこれでもかというぐらい真っ赤だ。
「あ、暑いですねぇ!!!?」
半ば叫ぶようにして立ち上がった彼女の顔はまだ真っ赤であった。
「いやー暑い熱い!夏ですよねコレほんと暑いですでも夏の合宿楽しかったですよねぇ暑かったし怖かったけど良い思い出です全くもってカムバック夏休みっていうか何て言うか!!!!!!」
真っ赤な顔で彼女は捲くし立てる。まるで何か言い訳をしているような感じに見えた。
「じゃ、じゃあ私帰るんでこれで失礼しますありがとうございました!!!!!!」
言い切るような形で強制サヨナラをした夏目は、いつぞやのように脱兎の如くいつの間にか2人だけになっていた職員室から逃走した。とても真っ赤な顔を引っ提げて。
「…………へ?」
1人どこか置いてかれたような銀八の呟きが、風の音に混じって消えた。
この夏が終われば冬がきて、そしてまた春が巡る。桜が咲いたその時は、3年生はまた新しい道へと歩いていってしまう。
カムバック夏休み!と学生達は口を開くが、今は嘆いている時間はない。
知らぬ間に始まったカウントダウンに、真っ赤な顔で帰る女生徒も、ポカンとしているこの教師も、そろそろ気付かなければいけないのだ。
さあ、カウントダウン開始…――。
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