カムバック夏休み
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「夏目ー………夏目ー?………あれ…夏目ハルー?」
「先生来てないアルよー」
「……マヂでか。珍しい事もあったもんだ」
9月に入る手前、ようやく終わりを迎えた夏休み。そしてウェルカム新学期。朝の登校時には、もう一回俺達に夏休みをくれぇぇえぇえぇ、という断末魔があちらこちらから響き渡っていたものだ。
本格的な授業は明日からなのだが、Z組では早速1人の欠席者を出した。銀八が思わず珍しいと呟いた通り、それは珍しい人物であった。
夏目ハル。銀八の記憶が正しければ、数日前の登校日には元気だった生徒である。
「(いや……元気……では無かったか?)」
出欠を終えた後、校長や進路指導からの話を聞くべく全校生徒は蒸し暑い体育館に集められた訳で、銀八も教師の列に並びながらそんな事を考えていた。
「(元気が無かったというか……アレは何だ、夏バテだったのか?いや、でも職員室からの抜け出しっぷりは病人の動きじゃなかったな。あれは真剣に脱獄を思い出させるような逃げぶりだった、うんうん)」
進路の話をする度に顔を嫌そうに歪めていた彼女の顔。銀八だって何も好きで虐めている訳ではなく、それこそ生徒を思ってこその相談なのだ。
あまりの蒸し暑さにひとまずネクタイを緩めながら、ずれる眼鏡の位置を直す。
そんなまだ暑い最中、校長の話や教師の話など一切聞かず、神楽は生徒の列に紛れながらメールを打っていた。
「(さ、ぼ、り、か……)」
相手はもちろん夏目である。彼女も数日前までの夏目が元気であった事(多少はおかしかったが)を知っているので、生意気な言い草ではあるがこれでも立派に心配しているのだ。スカートのポケットから取り出した携帯で器用に文字を打ち、それが終わればすぐにまた隠した。念のため音が鳴らないようにマナーモードにしているのだが、すぐに返信はやってこなかった。
それから結局、彼女からの返信がきたのは学校も終わり、神楽が家でゴロゴロとしていた時であった。
内容はたった一言。「すんませんでした」。
「もしもし?」
訳の分らない内容に神楽が思わず電話してみれば、何か後ろめたい事でもあるのか控えめな彼女の声が出た。
「この“すんません”は返信が遅かった事に対してアルか?」
「いや……それはですね……」
「それとも学校行かなくてすんませんでした?」
「えーっと……」
「でもハルに限ってそんな事で謝ってくれる人間な訳ないアル」
「オイ」
神楽がいつもの調子でふざけてみれば、勢いで突っ込んだ彼女の声のトーンもいつものに戻った。それに対し神楽は電話口でニコニコ笑いながら今度こそ「どうしたアルか?」と問いかける。
普段彼女は部活のノリで沖田とつるむ事が多いように見えるが、実際踏み込んだ話をしやすいのは同じ女である神楽であった。仲の良い妙よりかはどこか子どもっぽい所もあるが、遠慮なしに心配してくれる強気な態度が彼女は好きなのだ。
「……考え事をしておりました」
「ふむ」
「………」
「で、学校来れなかったアルか」
「マジすんませんでした、だからラリアットだけは勘弁して下さい」
「……仕方ないアルなぁ………岩石落しで許してあげるヨ」
「何そのいかにも凶暴な技名は!?岩石そのものですら凶器なのに何故それを更に落とす必要があるの!?」
「今日はハルが居なくてつまんなかったネ。それを思い知れ」
「………すんませんでした」
「…明日は来いヨ」
「必ず行きます!神楽大佐に敬礼!!」
「うむ、では夏目歩兵」
「私歩兵!!?」
「明日!教室で!」
「ッ!いえっさー!」
元気な神楽の声に感化されるように、彼女は思わず本当に敬礼を決め込んだ。
「何を考えてたかまでは聞かないけど、ハルが居なかったらZ組はつまんないアルー」
「えへへ」
「銀八も心配してたネ」
「……………ウソだ」
「嘘ついてどうする。それじゃあ明日ネ!ばいばーい」
下手に探索をしてこない神楽の励まし方や、少し分かりにくい心配の仕方はやはり好きなのだが、最後の最後に落とされた爆弾発言に彼女の思考が思わず止まる。携帯からは電話が切れたツーツーという音だけが虚しく響いているのだが、「それを切ろう」といった考えに中々至らない。それ程まで固まっていた。
銀八という単語が出るだけでここまで動きを止められるとは我ながら恐ろしいな、とも思いながら彼女はようやく携帯を切った。その頬が、ほんの少しだけ赤かったのは気のせいである。
そして翌日、彼女は神楽との約束通り学校へ行く準備をしていた。ここは優雅に爽やかな朝の空気を楽しみたいところがだ生憎学生にそんな暇はない。
「もー、昨日夜更かししてるからよー」
「だだだだだだだって!あわわ、靴下どこだ…!」
「そのクッションの裏にさっきあったわよ?ま、朝ごはんも食べずに行くつもり?」
「時間がないんやー!」
そのエセ関西弁はどうしたの、と言う母親の声を無視しながら半ば無理やりに靴下を履く彼女。朝のテレビの占いに目もくれず、髪を適当に手でほぐしていきながら食卓に並んでいたお茶を立ったままぐぐーっと飲み干した。
「座って飲みなさい」
「そんな時間ないんやー!」
「何処で関西弁を覚えたのかしらこの子は……」
「それじゃあ行ってきます!!」
「もう。朝ごはんを食べる時間ぐらい作れるようにしなさい」
「うぅ……!」
リビングを出ていく際に軽くそう怒られて、全く反論の出来ないその言葉に彼女は肩をすくめた。幾ら考え事をしていたとは言え、睡眠時間も管理できないようではいけない。その事を十分理解している彼女が尚更反論できる筈もなく、視線を横に流しながら「ごめんなさい…」と誠意のこもっていない謝罪をした。それを簡単に見抜いた母親は「お父さんも何か言ってやって」と最終兵器を持ち出す。これも、元気の源である朝ごはんを抜いて登校する娘への愛故である。
今の今まで沈黙を貫いていた父親は読んでいた新聞を閉じて、立ち尽くしている娘へ目を向けた。
その視線は厳つくもなく、変に怯えているように見える娘を包むかのような優しさを含んでいた。彼女の警戒態勢も思わず緩んでいく。
「ハル」
「大丈夫だ」
果たして何に対して言っているのかは父のみぞ知る。だが、彼女の肩の力がスッと抜けていく瞬間であった。
「うん………うん!」
「早くしないと遅刻するんじゃないか?」
「あ゛!!」
「行ってきなさい」
「い、行ってきまーす!!」
今度こそ家を飛び出していった彼女。玄関先でたまたま沖田と出会い「あと数分で門が閉まりまさァ」「ならどうしてそんなに余裕なの!?」と大声で騒ぎながら自転車に乗って行ってしまった。あまりに大きな声だったもので、それは家の中にいた両親の耳にもしっかり届いていた。
「フフ、騒がしい子ね」
「お前に似てな」
「あらま、失礼な!」
機嫌をそこねた母親は、不機嫌そうな顔で空になった食器を片づけていく。父親はシャツの襟元を緩めながらまた新聞を読み始め、流し台で食器が擦れている音を心地良さげに聞いていた。
「…怒ったのか?」
「怒ったわ」
「そうかそうか」
あまりにも子どもじみた遣りとりのように思えるが、父親は楽しそうに小さく微笑んだ。元々そんなに感情を分かりやすく表現する彼でもなく、だからこそその微笑が意外だったのか、洗い物をしていた手を思わず止めて「何ですか」と聞いてみた。
父親は新聞をまた1ページめくって、あの子は大丈夫だ、と唐突に言った。
「あの子は、お前に似ているからね」
「…………ずいぶん説得力のあるお言葉で」
「そうだろう?」
どこまでもからかっているような口調に母親は納得しないのか、お父さんは時間大丈夫なんですか、といじけたように呟く。流石にゆっくりし過ぎた事に気づいたのか、父親は新聞を折りたたんでようやく席を立つ。そして一言。
「それに、俺とも似ているからね」
「何ですかそれ」
「だからきっと大丈夫」
なんの根拠もない言葉であるが、あまりにも芯のある声に母親はさっきの彼女のように言葉が出なかった。
しかし負け惜しみだけはいっちょ前に出た。
「そんな事分かってます!あの子は私たちの娘なんですから」
もうお父さんってばおかしな事ばっかり言うんだから…、と呟く割には幾度となく彼の言葉を信じてきた母親。
きっと今も心の奥底では彼の“大丈夫”という言葉を疑ったりはしていないのだろう。父親はまた珍しく、優しく笑っていた。