一歩を踏んで
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「(あ、賞味期限切れとかのやつか……)」
店頭に出せないなら頂いても良いだろう、と彼女は礼を言って貰ったスプーンで食べ始める。桃の果実が入ってるそれのお陰でようやく喉に甘さと潤いが戻った。
「この前補習に行ってよー…」
「うん?」
「銀八がお前の事呼ぼうかどうか悩んでた」
「何で!?」
「お前テスト赤点ギリギリだったらしいじゃねーか」
「う゛…!…で、でも、どうせ明後日登校日だから、もう補習なんて無い……ですよね…?」
最初は威勢良く言っていたが、段々と小声になって、終いには敬語で疑問系で聞いている彼女が何とも可愛らしい。少しからかってやろうと「あるかもな」と高杉が言ってみれば「嫌だぁ!!」と彼女は即答した。
いや、俺に言われても…。
補習がもう無い事を高杉は知っている。丁度数日前に最終日が終わったばかりだ。因みに彼は最終日しか参加しないという荒業に出ていた。
おま、高杉ゴルァアァアア!!!
そう怒鳴っていた銀八の叫びが今すぐにでも思い出せる。
「でも先生が言ってたなら行った方が良いのかな……いや、でもなー…」
「…まず銀八がわざわざ補習の日に出てくるってのが有り得ねーよな」
「……高杉は知ーらないんだー」
「あ?」
「センセはね、3年生の、しかも進路については凄く真剣に考えてくれるんだよ。だから真面目にしたまえ高杉君」
「俺はもう進路考えてっけど」
「えぇえぇええ!!?」
「うるさ……」
思わず驚いたのは彼女だったか、それとも急な大声に耳を痛めた高杉だったか…。とにかく夏目はイスから立ち上がりまだ「えぇえぇ!!?」と驚いている。
不真面目と思われている不良少年高杉だったが、ちゃっかし自分の事を考えているというのは、彼らしいと言えば彼らしい。すんなりと彼女と告白したところを見ると、親にもあの問題だらけの担任にも話し了承を得ているのだろう。
「はぁ……何かもう嫌になっちゃうな。みんな進路進路ってさー…」
「そりゃもう夏が終わるからな…決めてないのはマズイだろ」
「うぅ…!!」
あまりにも正しすぎる突っ込みは彼女にグサグサと刺さっていく。
夏目なー……アイツどうすんだ……。
銀八がやけに真剣に悩んでいたのが高杉は分かった気がした。彼女の性格上何も考え無しでは無いと思うのだが、それを口にする勇気が無いだけだろう。
「お前短大行く気だろ?」
「え!?分かる!?」
「何となく」
「だって4年間も勉強出来ないしなー…」
「じゃあ何で専門じゃなくて短大な訳?」
「へ?」
「大学は4年も勉強してられねぇって理由があるんだろ?じゃあ何で短大を選ぶんだよ。短い期間で学びたいんなら専門でも良いだろーが」
「そう言われてみれば…」
「…短大っつっても色々あんだろ。何処に行くか銀八に言ってみろよ」
「………良い、別に」
「はぁ?」
「別に良いよ、自分でちゃんと決めてから先生に言いにいくもん」
「…決めらんねーから今もウジウジしてるくせに……」
「何か言ったぁ!?」
「いえ何も」
なあ高杉、夏目に会った時、何か根詰めてたらそん時はヨロシクな。
何がヨロシクだ人任せな教師め。そう毒づいている高杉だが、今ここに夏目が居て、またふくれっ面でゼリーを食べて居るのだから何とも言いようが無い。金取るぞバカ、と一度だけ言ってみて何の躊躇いもなく上のシャツを脱ぎ始めた。そして近くにあるロッカーの中に放り投げる。
「……お前照れるとかしろよ」
「クラブで男子校正の脱衣シーンには慣れてるんで。近藤君なんか下まで脱ぎ出すから」
「………」
可愛くない。もう一度だけ呟いて、制服から普段着へと着替え終わる。
「よし、帰るぞ」
「……何か強引な所が総ちゃんとソックリなのですが…」
「さっさと食えよ」
「はいはい…」
「あ、それと自転車借りるな」
「何で!?」
「俺今日歩きでここまで来たし。俺が前に乗るからお前は後ろ」
「高杉の家まで行くの!?」
「そ。んで俺を送ってから自分の家に帰れ」
「(絶対これジュースとゼリーの見返りだ……!!)」
食べてしまったからには何とも言い返しようが無い。先に出てるぞ、なんて言われて置いていかれて、彼女は最後の一口をパクリと食べた。
「(私が目指したい夢かぁ……)」
二者面談の時も言えなくて、進路志望の紙にもロクに何も書けなくて…。それでも彼女の心にあるモヤモヤは、どうすれば良いか分からないという類とは少し違っていたような気がした。
何の道を選べば良いか分からないと言うよりも、本当にそれで良いのかという決断が迫られている焦りに似ていた。高杉に言われて、遅くなりながらもそれに気がつく。飲み込んだゼリーは甘い。が、後少しで取れそうなモヤモヤはまだ剥がれない。決定打が無い。
「先生に言ったら……反対され…るかな……?」
拒絶が怖い、と初めて思えた。
夏目ー、と外から高杉の声が聞こえ急いで立ち上がる。食べ終わったゼリーの入れ物をゴミ箱に捨てたいのだが、ダンボールがあるせいで何処にあるか今一分からない。その時にフと気がついたもの。空になったプラスチック状のケースの底に誰かの名前が書いてあった。裏返してそれを見てみれば誰か知らない名字が書いてあった。
「(………これもしかしてこの人が食べる筈だったんじゃ…?)」
私が食べて良かったのかな…、と何となく賞味期限の表示を見てみれば、その日付はまだ今日を飛び越えてはいなかった。
「え゛………私これ本当に食べて良かったのかな…」
俺様な高杉によって、見知らぬ人のゼリーを食べてしまった夏目だったが、高杉が知ってて自分に渡してくれたのだとしたら妙に嬉しい気がした。ついでにドリンクには何も書いてないかな、と思い底を見てみれば思いも寄らぬ名が書いてあった。
たかすぎ
簡単に平仮名で書くのは高杉の癖のようなものだった。俺様で我が侭な彼が人に物を与えるとは何とも珍しい。日付は、まだ先を示している。彼女はたまらず噴出した。
外は、やはりまだ暑い。
「遅い」
「あはは、ごめんごめん」
「?」
何故か上機嫌な彼女は既に乗っている高杉の肩に手を置いて、タイヤの金具に足をかけて立ち上がった。
「荷台に乗れよ」
「今は風を浴びたい気分なんで」
「何だそりゃ」
高杉がペダルを勢いよく漕げば、ぐんと体が前に引っ張られる感覚がした。帰りは少し下り坂になっているせいで、自転車は順調に進んでいく。
「なぁ」
「んー?」
「明後日の放課後に銀八に言ってみろよ」
「んー、そうだねー、言ってみようかなー」
「(お、言う気になったか?)」
「さっきのドリンクとゼリーが美味しかったからねー」
「はぁ?」
「あははっ!」
外に出て良かったかも。彼女はそう思い口に弧を描いた。クラスメートの意外に優しい一面に照れてしまうが、何となく、モヤモヤが吹っ切れたような気がした。汗をかく事すら気持ち良い。
「(ありがと、高杉)」
「あ゛ー、あちぃー…。やっぱ飲むと体熱くなるな…」
「?普通逆じゃない?さっき何飲んだの」
「カクテル」
「へー、カクテル。…………………カクテルゥ!!!?」
「うわ、揺らすな…」
「何でカクテル!?どうしてカクテル!?それもしかしてアルコール…!!」
「たったの3%だ」
「自信満々に言える事かアァア!!降りて!今すぐ!!未成年が酒を飲むな!飲酒運転の罪でも捕まっちゃう!!」
「あれ自転車にも適用されんのか…」
「あぁ、もうっ何を呑気に!!やっぱり高杉が無償で優しさをくれるとは思わなかった……!!」
「知ってるか?飲んだと分かってる人間を運転させた奴にも罪はいくんだぜ」
高杉は不適な笑みを浮かべて思いっきりペダルを漕いだ。降ろす気は更々無いらしい。後ろできゃーきゃー騒ぐ声と共に坂をかけ下りていく。
「高杉のバカー!!!!」
怒るんなら銀八に言え、銀八に。
今からにでも学校に行ってやろうか。絶叫の響く坂で、高杉は笑って強くペダルを踏んだ。
夏の坂を駆け下りる彼等が何とも眩しい。