きたれ春!
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あっつい夏がやってこようとしているのか、それとも緊張なのか、取り敢えず今の私は汗だくだろう。しかも風通しの悪い剣道着なのだから、汗がひく事はまず無い。困った。今から先生と話すのに。
「おー、クラブ中に呼び出して悪かったなー」
間延びた声で応接室に来た先生の手には、何とカルピスが2本。
「ん、差し入れ」
「ありがとうございます!!」
思わず立ち上がって頭を下げた。律儀な奴だな。先生はそう言って笑った。
「………で、だ」
「何でしょう?」
高鳴る心臓を抑え、平常心を保つ私よ天晴!この進路相談のようなものが終わればまたクラブに戻れるんだ!この二人きりっていう時間は貴重だけど、今の私には早すぎる!恥ずかしくて死にそう!ってか剣道着じゃなくて制服に着替えれば良かったー!!
「夏目。なに百面相してんの」
先生も同じようにカルピスを飲み、私より暑さを感じているようだった。白衣も着ていなかった。
「か、考え事してただけです!」
「あー…そんな時期だもんな」
……そんな時期?
そうだ、そんな時期なんだ。私は高3で、受験だ。だからこそ、こうやって先生も生徒を呼び出したりしているのだろう。いつもはダルそうにしているもんだから、こうやって応接室のソファーに座り、真面目な顔つきで進路希望の紙を見ている姿は似合わない。…似合わないと言うよりも、何だか変に悲しかった。先生が真面目に私の進路について考えてくれるという事は、私の将来について考えてくれてるという事。将来、先生のお嫁さんになりたい、なんて言ったら先生はきっとカルピスを吹き出すに違いない。
「…先生、お嫁サンバ歌いましょうか?」
「お前は歌手志望か」
いちど眼鏡をかけなおして、先生は紙と私とを交互に見た。
「…まぁ夏目の成績なら、この短大も無理な事は無ェが……短大で良いんだな?」
「4年も勉強出来ないと思うんで…」
「ははっ。お前にしちゃ不真面目な意見だな」
今の先生が真面目すぎるんです。そうやって真面目に考えてくれるから、こっちが不真面目にならないと駄目だろうがー!じゃないと、すぐに迫ってくるであろう行事を思ってしまう。高校生なら誰しもが通らなければ、社会に出れないのだ。今の季節とは全然違う、とても穏やかな気候の中で行われるのだろうか?桜が咲こうとしている時期に、私は、私たちは……。
「卒業までには合格しておきてぇょな」
自分の事のように心配してくれている先生だからこそ言えない。
留年したらまた先生と同じ学校に居れるなぁ。
言ってみたかったけど、ぐっと喉にカルピスを押し込んでおいた。甘酸っぱいよ私!
「んじゃ、また何かあったら呼ぶかもしんねーわ。今日は本当にこの短大受けるかどうか聞きたかっただけだし」
「…私………卒業、」
「卒業?夏目なら余裕だっつの」
先生は無邪気に笑っている。その笑顔が、今の私にとっては少しだけ切なかった。卒業、したくないなぁ。その思いは蝉の声にかき消された。一筋の汗が顎を伝う。また真剣に進路希望の紙を見る先生が嫌で、私はまた喉にカルピスを押し込んだのだった。
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