電波にのって #2
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この部屋だけは電気が消されていて、もれてくる灯りと言えば歯抜け状態になった襖がさす大広間の光だけだった。それが上手い具合に夏目の顔を照らしていて、眠りこけているのがよく分かる。
そりゃそうか、毎日稽古頑張ってるしな。隣から聞こえる叫び声を一切聞こえないものとし、俺は休憩がてら襖にもたれ座り込む。肩越しに後ろを振り返れば、我関せずといった風に夏目が寝ている。HRの時にたまに寝ている時があるが、その時とは違って見えたのは気のせいだろうか。
「…夏目ー…」
何となく呼びかけてみるものの、こいつが起きる筈はない。仕切りが自分に倒れこんできても起きず、襖が沖田ごと部屋に倒れこんでも起きない。そんな猛者だからこそ、HRの時、声をかけただけじゃ起きないんだろう。そんな時は大体、いま隣の席の沖田が丸めた教科書で夏目の頭を叩いて起こすという荒技を使っているぐらいだ。
「……」
山の冷え込み対策として被っている布団は夏目の口元まで覆い、俺から見えるこいつの顔は鼻から上だけ。後は無造作に散らばっている髪の毛を捉える事が出来る。
「………」
まだまだ子どものような顔をしているように見えるが、こいつはもう高校3年生で、来年には学校を卒業していってしまう。こいつの担任を持ったのは今年が初めてで、剣道部の顧問を引き受けたのも今年から。男だらけの部内に、たった一人頑張っている夏目は、掃除をよくさぼる夏目と重ならなくて最初は苦労したもんだ。俺の授業の時は真剣そのもので聞いてくれているが、服部からきいた話では他の授業は寝たりたまに起きてたり、珍答ばかりを発言したり、掃除を高杉とさぼって風紀委員(主に土方)に懲らしめられたり……。お世辞にも優等生とは言えない夏目だが、クラブの時は至って真面目で、張り上げられる声が女特有の甲高さはあるが、威勢のある、良い声だと思う。まあつまり、最初の頃はギャップがありすぎたのだ。
「……」
でもこの頃は、その全ての一つ一つが夏目なんだって事が分かってきた。さぼる癖も、面白い言動や行動、クラブの時の真面目な姿勢、前に一度だけ泣きじゃくった事、この合宿中でよく見せる大きな笑顔。コロコロと表情の変わる奴だが、それが全て合わさった時、夏目ハルが出来上がるんだろう。
「(そんなコイツも後数ヶ月で卒業とは…)」
あまり実感のわかない現実だが、その生徒本人は現に俺の目の前で寝こけている。何となく撫でてみた髪の毛は少し湿ったような感触だった。確かに、触れる。その時、残りの襖が物凄い勢いで開いたのが、音や差し込んできた光の量などで分かった。布団に俺の影が落ちる。開けたのは沖田だった。何事かと思い、何故か触れてしまった手を自然に畳に置いて、振り返る。逆光で見にくかったが、どこか睨まれているような顔つきが印象的だ。
「先生、何やってんですかィ」
「あ?いや、別に何も…」
「ハルを襲うたァやりやすねィ。けど納得いきやせん。まず俺に許可を取ってもらわねぇと…」
「何でお前の許可がいるんだよ」
呆れて言い返してみると、昔の少女マンガのように手で口元を隠し、派手に驚く沖田。大きなリアクションに俺まで驚いた。
「俺の許可なしに夜這いをしようとしたんですねィ……!!そこで何も知らずに寝こけているハルを狩ろうとしてた訳ですねィ……!!」
「沖田君、先生の話を聞きたまえよ。俺はただ…」
「さすが自ら狩人と名乗るだけの事はありまさアァアァァア!!!!」
「声がでけエェエェ!!!って突っ込む俺の声もでけエェエェェエェ!!!!!」
例えどんな大きな音や声が響いたって、今の夏目が起きない事はよーく分かっている。一応念のために振り返ってみたが、起きる気配はやはり無し。
「お休み、夏目」
そう呟き、「狩人オォォォ!!」と未だに叫びまわっている沖田を追いかけ戦場に戻るべく立ち上がった俺に、夏目が小さく笑ったような気がした。薄暗いこの部屋で、その口元の笑みが確かなものだったかは分からない。それでも、まあ良い。明日になれば、また夏目は身辺の掃除をさぼったり、頓珍漢な事を言って周りを沸かせて、大きな笑顔で笑ってくれるのだろう。その確かな現実を目の当たりにする度に俺は"卒業"という言葉を実感していくのだろうが、そんな事、考えるだけでバカらしい。教師である以上生徒を見送るのは当たり前だ。試合が終わったあの日、俺は自分でそう思ったじゃないか。
「また明日、頑張ろうな」
やはり、夏目は小さく笑ってくれた。
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