電波にのって #2
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お父さん、お母さん、お元気ですか?私はは言わずもがな元気です、体力的には。言っても合宿は慣れっ子なので大して苦痛では無いですが、今回は今までの合宿とは一味違い、精神的には二日目の今にしてだいぶ参っている感じです。
え?
私が精神的に参るぐらいなんてよっぽどだ?
…さすがお父さん、私の事をよく知っていらっしゃいますね。そうです、自分で言っちゃあ何ですが、図太い神経を持っている私が精神的に参っちゃうぐらいなんですから、今年の合宿がよっぽど辛いものである事を分かっていただけたでしょうか?
…そうですね、何が辛い、と詳しく説明しますと、まず土地が駄目だよって感じです。だってこんな山奥に合宿所があるなんて全く聞かされていないんですから、その場を目の当たりにした時の私の心境と言ったら……土方君達と一緒に先生を痛めつけてやりたかったです。あ、これは内緒ですよ?
先生が用意した場所は、通称・妖怪ハウスと言いまして、カラスが何百匹も放し飼いされている自由な環境に建っているんです。そらもう色々自由でしたよ。放置っぷりも自由だし、周りの草の伸びっぷりも自由だし、幽霊も……いや、この問題には敢えて触れないようにしておきましょう、うん。
自由って言っても、悪い意味の自由って世の中にはあるんですね。18歳にして、少し成長した気がします。
そんな私、無事に昨日の合宿一日目を終える事が出来ました。まずそれぞれ部屋に向かったのですが、女子である私は一人部屋です。ボロボロのドアを開け、軋む音を物ともせずに部屋に踏み込んでみれば、蜘蛛の巣は育ちに育ち、その巣の主が暗闇の中で幾つものを目を私に向けて、まるで「こっちに来い」とでも言っているような雰囲気でありました。これ程まで私が1人部屋を嫌だと思った事がありましたでしょうか。すぐに引き返して、みんなの元に帰りました。みんなは大広間で寝るつもりだったんですよ?酷くないですか?きっと怖いから全員で寝よう、とか考えてるんですよ。特にあの顧問と副部長は。女の子の私1人を差し置いて酷いですよね。私はちょっとだけ不貞腐れて、それでも別のまだ綺麗な部屋で一人で着替えてから、その妖怪ハウスと離れた…と言っても歩いて10分の道場に向かいました。………凄い古ぼけていたので、まずはみんなで掃除から始めました。楽しかったですが、アレルギー体質の私にはちょっと苦しいものがありましたね。
それから普段どおりに稽古をしましたよ。道場の床の軋みは半端無かったですが、ここでは何とか滞りなく稽古に励めたと思います。6時まで稽古をして、それから晩御飯の時間です!これが合宿の醍醐味ですよね。当番は2年生だったんですが、定番のカレーを作ってくれました。普通に美味しかったです。それから風呂に入りました。もちろん1人で入るしか無いですよね。怖かったので、大声で歌いながら入りました。湯は後輩が前もって張ってくれていて、妙に広い浴槽を1人で満喫しました。温度加減も丁度良く、のーんびり入っていたので少しのぼせてしまい、そろそろ体を洗おうかと思いシャワーを捻りました所、サビていたのか「赤茶色の水」が勢いよく飛び出しまして、私は真顔のままもう一度蛇口を閉め直しました。一気にテンションが下がりました。
ホラー映画は割りと見れる方ですが、さすがにココでの生活はちょっとリアルすぎて、正直最終日まで生き延びえていけるか不安です。でも1人じゃないので、何とか頑張ろうと思います。それからね、さっさと寝ました、大広間で。…あ、前もって言っておきますが大丈夫ですからね?え、何がか、って…?やだなぁ、そんな野暮なことを聞くんですか。察して下さい。
取りあえずみんな私と同じ精神状態に陥っているので、初日はヘトヘトになりすぐに寝付いてしまいました。ただ五月蝿かったのは顧問と副部長です。お風呂の時と私と同じように大声で歌いながら布団に入るんですよ。消灯したらもっと大きな声で歌いだすんですよ?「翼をください」を綺麗にはもっていたんですが、非常にイライラしました。怖いのは別に恥ずかしい事ではありません、ただこっちも眠くて仕方ない時にそんな事をされていたものですから、総ちゃんが「うるせーんだよ!!」と一喝しておりました。大将の近藤君が既に爆睡している中、あの2人に唯一口出しできるのは総ちゃんだけだったので、その一喝は私たち眠たい組にとってとても有難かったです。その時は暗かったし、私は(一応)仕切りをして寝ていたので彼らにどんな事が起こったかは分かりませんが、誰かが布団から起きるような音がして、それから何かを殴るような音が2回聞こえたと思ったら彼らの歌がピタリと止んだんです。
きっと総ちゃんが何か制裁を与えたのでしょう。またすぐに布団に戻るような音も聞こえた後は、歌が私の睡眠を妨害するという事はありませんでした。そのお陰で睡眠は充分取れましたが、何故でしょう、気分は全然晴れません。おかしいですね。
…って言っても分かってるんですけどね。この妖怪ハウスに居る限り気分が晴れる、だなんて有り得ない事ですもんね。お父さん、お母さん、私は見知らぬ土地で今日も頑張ろうと思います。朝ごはんを食べてお腹は一杯です、今から稽古に励んできます。あは、あはは、あはははは。それでは今日も元気に云々……--。
「オイ山崎」
「はい?」
「アイツ、1人でぼんやり空見ながら何ぶつぶつ言ってんでィ?」
「あー……誰かに憑依されてるのかもしれませんね」
「……ホントだ。顔が死んでらァ。疲れてるっつーか絶望してるっつーか……真顔?」
「もう朝稽古始まりますし呼びましょうか」
「だな」
**********
「よし、じゃあ少し休憩いれるぞー」
先生がそう言って、私達は一度整列して礼をして、面を取ってから水分補給をすべく道場の外へと走った。後輩が朝の内に用意しておいてくれたミネラルウォーターで乾いた口を潤し、肩にかけてある手拭いで汗だらけの顔を拭った。ここがある意味避暑地と言えど、動いた後はやはり体は熱すぎて、心無しか体全体が脈を打っているような気もする。
「お前顔赤ェー……」
「そう?」
思い思いに皆が休憩している中、総ちゃんが私の隣に座った。
「総ちゃんも赤いよ」
「あんなに動いたんだ」
「だね」
学校の稽古とは比べ物にならないぐらい、長い間動き続けているので、18歳の体と言えど何かしら膝が痛いような気もした。踏み出しの仕方がおかしいのかどうかは分からないが、別に気にはしていない。どうせ、これが終わればクラブに顔を出す事も無くなり、ましてや剣道というスポーツに触れる機会だって愕然と減るだろう。膝を軽く故障したって、それを癒すぐらいの期間なんて悲しいぐらいある。
「ここには慣れやしたかィ?」
「え?」
「この場所に」
「あ、あー……うーん…慣れ……ては無いけど……」
「今朝ハルが1人でブツブツ言ってた時は、"遂に取り憑かれた"って思いやしたぜィ」
「あれはお父さんとお母さんに向けてテレパシーを送ってたんだよ」
「怖ェよ。お前はエスパーか」
だって本当の事だよー、と言えば、総ちゃんは小さく笑ってくれた。
「にしても、最後の合宿場がこんな場所とはねィ…」
「ホントに」
「俺にはそんなに霊感とかが無ェ分まだ救われてるけど…」
「見えちゃったらしんどいだろうね。やつれちゃうね」
「霊だらけなんだろうな、ココ」
「何があったかなんて聞きたくもないけど、妖怪ハウスになるぐらいなんだから、何かあったのは確かなんだろなぁ」
「案外誰か取り憑かれてたりして」
「そんなましゃかー!」
青春の汗を各々の手拭いで拭きながら、あははははー、と笑い合っていると「何だ何だ?二人共楽しそうだなー」と言っている近藤さんの声が聞こえた。後ろに気配を感じたから、2人で振り返ってみれば、そこには私達を見下ろしている近藤さんが居た。その時の私達は、真顔のまま瞳孔を開かせ、振り返りポーズのまま固まった。いま総ちゃんと考えている事は一緒でしょう。あれ、近藤さんってこんなにやつれてたっけ?頬ってこんなにこけてたかな?ん?彼の後ろに何か黒い影が見えるのは気のせいかな?
「どうしたー?二人共そんな顔してー」
彼はきっと笑っているのでしょうが、その笑顔がいつもと違い、どうにも体調が悪そうな感じのそれに似ている。いや、彼としては笑ってるつもりなのでしょうが、その顔のやつれっぷりには何もコメントの仕様がありません。そして私達は近藤さんの後ろで蠢く影を確かに見てしまいました。
「「(早速取り憑かれてる…………!!!)」」
いやいや待って下さいよ近藤さん。朝はいつも通りだったのに、どこから間違えて取り憑かれちゃったんですか。霊感があまり無い私達にも見えるぐらい強力な霊ってどういう事ですか。
「いや、あの、近藤さん…」
「何だー?」
「ちょっと……まだしばらくの間休憩されてた方が……」
「気分は悪くないんですかィ…?」
「気分?………強いていうなら肩がちょっと重いかなー…」
「「(かんっぜんに取り憑かれてる…!!!)」」
誰かお経の唱えれる奴は居やせんかー、と総ちゃんが叫ぶ。道場の外で休憩していた部員達は何事かと集まり、近藤さんの変わり果てた様子を見て私達と似たような反応をして固まる。
「見ての通り、我等が近藤さんは近藤さんであって非なる近藤さんに成り果てやした」
「誰か彼の後ろに憑いてる人を成仏させてあげて下さい」
私と総ちゃんの間に彼を座らせ、手を上げる者を待つけれど、誰一人としてそんな人物は居ない。そりゃそうですよね。山崎君に期待していたんだけど、彼も唱えるとまではいかないようで、このまま近藤さんに憑いてる人(?)を放置するしかない…と考えていると、思わぬ救世主があらわれました。気だるそうな声で「はーい」と言ってくれたのは、きっとあの顧問の先生。道場の中から声が聞こえ、全員の注目がざっと集まる。それは期待と尊敬の眼差しで溢れていた事でしょう。さすが先生!頼りになるね先生!
「先生!それなら早速・・・…、…」
元気の良かった私の声は、空気の抜けたボールのように小さくなっていきます。いや、どうしてかって?もう、オチぐらい分かってるでしょう?
「先生も取り憑かれてるじゃないですかアァアァァ!!!!」
「テクマコマヤコン、テコマクマヤコン!!!!」
「霊よ先生から離れたまエェエェエェェエェ!!!!!」
「ホイミ!!!!」
「ベホイミ!!!!!!」
「ザキイィィイ!!!!」
みんながそれぞれ勝手に我流の呪文を唱えながら合掌をしだす。誰か1人変身する時に唱える魔法を言ってたし、白魔法に混じって黒魔法の言葉もあったような気がしますけど?止めをさす時の呪文があったような気がしましたが気のせいですか?近藤さんと同じくしてやつれている先生は、つい数分前まで元気なお姿であったのに、もう、ホントに……。幾つもの霊に取り憑かれている先生のもとへ皆が一斉にかけよって、また呪文を唱え出す。いや、それ止めをさす呪文だからさ。しかも唱えてんのは総ちゃんですか。あなた土方君じゃ飽き足らず先生まで殺そうとしているんですか!
「うるせーなぁ…」
「うん。……でもまぁ楽しそうだよね」
いつの間にか隣に居た土方君と、延長し始めた休憩時間を満喫する。道場の中は相変わらず五月蝿くて、こんな風に過ごしていると妖怪ハウスだとか幽霊だとかどうでも良くなってくる。夜になればそれなりに怖いんだけど、周りに人が居ると全然平気。こうして話している時間が楽しくて、ずっと続けば良いとか柄にもなく思ったりしているのに、心は完全に晴れていなくて、どうしようもなく参ってしまう。
「どうした?」
「へ!?あ、うん!?何でもないよ!」
急に黙りこくった私を心配してくれたのか、いつもの怒り顔はどこへやら、優しそうな顔つきが眉を潜めて私の顔を覗きこんでいた。何とも優しい副部長を持ったもんだ。
「さってと!そろそろ稽古を再開させますかね副部長!!」
「あー……そうだな。そろそろ始めっか」
つっても近藤さんはあの状態だけどな。最後にそう呟く土方君の視線の先には、部員に囲まれ訳の分からない呪文を唱えられ(何故か)苦しんでいる彼の姿が。いや、ちょっとその呪文もしかして効いてるんじゃないですか!?
「先生の方は…」
私達が同時に視線を先生に向ければ、そっちはそっちで取り憑かれた先生が、部員が唱える呪文に負けじと呪い殺しそうな勢いで追いかけ回している。強度があまり強くないこの道場は、彼らが走り回る度に揺れて悲鳴を上げている。
「………何この状況…」
「…仕方ねぇなぁ」
「(あ…)」
そう言ってみんなの方に足を進める土方君の顔が一瞬だけ見えた。真正面からではなく横顔だったけど、至極楽しそうな、その頬の赤らみは稽古だけではなく、内面からくる楽しむ気持ちを表しているようで、滅多にみれない彼のそんな表情。見てるこっちまで楽しくなりそうな、そんな表情…。
「(そうか、彼は楽しいのか)」
こんな事考えるなんて今更だけど、合宿ってこんなに楽しいものだったのか。稽古はあまり好きな私じゃないけど、場所が変わって3泊4日という短期間をみんなと一緒に過ごすだけで、知らずに気持ちは舞い上がるものなのか。ずっと、気付けなかったな。そりゃ合宿という行為は好きだったけど、楽しい、なんて考えもしなかった。
「ハル!お前も近藤さん達を静めんの手伝え!」
土方君の声は弾んでいて、心なしか私に向けている背中が早くこっちにおいでと訴えているような気がした。
それから1時間後、ようやく稽古は再開したのでした。(因みに除霊をしたのはやっぱり山崎君でした)(どうやったのかは内緒らしいです)
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