きたれ春!
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午後の授業なんてこんなもんだ。昼飯を食べた後で現代文を受けれる訳がない。実際やってる俺も眠たいが、それはこのクラスの影響のせいもあるのだろう。
「(我がクラスながら、まぁ何とも……)」
教卓から見渡せる光景。
広がっているのは、すやすやと寝息をたてている教え子達。
「………ここテストに出しちまうぞー……」
俺がそう呼び掛けたって反応なんてない。絶対、今言った部分はテストに出そうと思った。
沖田は堂々とアイマスクをして眠っている。
(せめてうつ向いて寝ろよ)
土方は肘をついて眠っている。
(マヨネーズを鼻につめてやりたい)
神楽はシャーペン代わりにフォークを持ってうつ向いて眠っている。
(お前はそのフォークで何をする気だ)
志村(弟)は普通に眠っている。
(突っ込みする気も起こらねェ、と思ってる事が突っ込みだバカヤロー!)
ゴリラ(近藤)は居ない。
(机の上に花とバナナが置かれてある)
志村(姉)は土方と同じ寝方だが、頬に返り血を浴びていて何か事件性を感じるのでスルー。
(……ゴリラ御愁傷様)
ヅラは目を開かせているくせに、妙な声を立てているので眠っていると判断。
(目の前で黒板消しを叩いてやろう)
高杉は帰った。
(バイトって言ってたっけ…)
山崎は……
(ああ、もういい、面倒くせェや)
カーテンからの木漏れ日、ついでに優しく風まで吹いてくるのだから3Zが眠らない訳がない。
仮に起きていて、真面目に授業を受けてる奴が居るなら、そいつは3Zじゃ無いかもしれない。
「………俺も寝よかな」
思わず教師らしかぬ本音をもらし、黒板の右半分を消そうとした。
「あっ!!」
驚いたような声が聞こえた。
俺の声とは程遠い、ヤル気のありそうな声だった。
…驚きの声を上げたいのはコッチだ。
全員が寝ていると思ってた矢先、まさか声が聞こえるとは思えない。因みに俺は、黒板消しを持ったまま、消そうとしている格好で止まっている。
「(……どうせ寝言だろ…)」
勝手にそう納得して、また手を動かしてみた。
しかしあの声は確かに俺の行動に反応してのものであった。
「ちょ、先生!私まだ書いてないんでちょっと待って下さい!」
「………マジでか」
起きてたの、お前。
夏目は目をきょとんとさせていた。
何がですか?
そう言いたげな目だった。
「あ、寝てると思いましたか?ずっと下向いて教科書の文まとめてたもんで……」
「……」
「先生ちょっと横にずれてもらえませんか?文字がよく見えなくて」
「お、おお…」
本来あるべき筈の生徒像がまさか3Zに居るとは思わなかった。
「(夏目、夏目……)」
出席簿をめくってみれば、確かに3Zの生徒。
いやそんなの、担任である俺が一番よく分かっている。
「お前はホントに良い子だー……この前のテストも点数良かったしー……」
教卓に項垂れてそう言ってみる。
「………どうも」
みるみる内に夏目の顔が赤くなってくる。
熱か?
熱があるから起きてんのか?
熱でテンションが上がってるだけなのかもしれない。
そうだな。
3Zの生徒が午後の授業をまともに受けれる訳がない!
「やっぱ夏目も3Zだわ。間違いなく俺の教え子」
嫌味で言ったつもりが、更に夏目の熱を煽らせてしまっただけらしい。
「……夏目?」
「はっ、はい!?」
裏返った声の意味が分からない。夏目は確かにずっと下を向いてノートを整理してるようだけど、ここからでも見える耳は本当に真っ赤だ。
周りで爆睡している生徒たちも目に入らず、俺の視線が捉えるのは夏目だけだ。
「こんだけ静かなら、二人だけで補習してるみたいだな」
「……もしそうなら、私多分死んでますよ」
「ま、夏目は現代文の成績は良いから補習は無いわな」
何度も何度も見直したけど、それでも夏目はちゃんと95点を取っていた。
2年の頃の成績を見てみれば、現代文なんて欠点だらけ。もしかしたら、3年で受験という環境が夏目の勉強意識を高めたのかもしれない。
「95点ねェ……」
なかなか見れない高得点に出くわし、ガラにもなく職員室でにやけたのを覚えている。
ーーそれ私のアイスだっつの!!!
その時、不意にそんな声が聞こえて窓から顔を出してみた。ゴリラ率いる剣道部とつるみながら帰っている夏目が居た。
どうやら沖田にアイスを取られたようで、取り返そうと必死だった。あの食い意地は間違いなく3Zの賜物だ。
取り返したアイスを美味しそうに頬張る夏目に気付かれないよう小さく声をかけていた。
「よく頑張ったな。次も頑張れよ」
あの時も、たしかこう言った。
「テスト……ですか?」
総合的にだよ。
そう言おうとした時、タイミングよくチャイムが鳴った。鳴った同時に沖田が起きて急に歌い出す。
「♪ひっそりとした教室にィ
座って居るのは僕らだけでっっ♪」
「!お前起きてたなァァアア!!!!」
教卓に広げていた教材を集めながら、何故か沖田に怒っている夏目を見ていた。その声と外のざわめきで他の奴らも徐々に起き始めてきた。夏目は赤面のまま、沖田の首を掴み睨んでいる。この凶暴性も間違いなく3Zの賜物。
段々と騒がしくなってきた教室で、もう一度さっきの言葉を夏目に向けて呟いてみる。
「……よく頑張ったな。次も頑張れよ」
テストを丸つけしていた放課後のあの時。
そして授業を頑張って起きていた今。
共通点を上げるなら、この声は絶対に夏目の耳には届かない事だ。
それでも、言い終えれば不思議と夏目は必ず笑顔になった。
正確に言えば、俺の言葉に反応して笑っている訳ではない。きっと沖田とつるんで居るからなのだろうが、分かっていながらでもドキリとしてしまう。
「♪きっといつの日か笑い話になるのかな あの頃は青臭かったなんてね♪」
「総ちゃんうるさい!!!!」
でも、また凶暴性を垣間見せる。あの時もそうだった。取り返したら嬉しそうな表情をして、それを土方に残りのアイスを取られ、怒り狂っていた。
「…面白い奴……」
少しだけ笑って、俺は教室を出たのだった。
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