転んでも恋
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大丈夫です大丈夫です!と言って手は差し出さなかった。痛みもとても小さなものだったし、家に帰って棘を抜けば良い。ありがとうございます。そうお礼を言えば、短く返事をかえしてくれた。けれど、その後に「ん?」と何とも気がかりな声を上げていた。
「…?どうかしました?」
「お前それどうした?」
「え?」
坂田先生が指差すのは私の右手首。向かいに座っている先生の変わりに服部先生が軽く顔を近づけ手首を見てくる。何?何なのですか!?
「……あざが出来てるぞ?」
「えぇぇ?」
はて、痛みなんて今の棘しか感じていなかったもんだから気付かなかったけど、服部先生の言う通り、そこには確かにあざがある。それも真新しい、まだ少し赤みのあるあざだった。
「なんだそれ?剣道でつくるあざにしては少しずれてるような気がするし…」
「あ、や、これは剣道じゃなくて………その……祭り会場の人混みにのまれまして……それで、人に凄く強くぶちあたったりしまして……一回ビデオカメラにあたったんで、その時に出来た傷だと思います……多分…」
「おま……バカー!!!」
腹を抱えて笑い出す服部先生が恨めしい。何で坂田先生の前でこんな恥ずかしい話をしなきゃいけないんですか!誰ですかこのあざを見つけたのは……って坂田先生だから責めるに責められない…!
「笑わないで下さいよっ!!!」
「バカだこいつー!!!!」
「今回は人多いんだろ?気ィつけて歩かねぇと手首のあざだけじゃ済まされないかもしれねぇぞ?例えば……スられるとか?」
「坂田先生まで笑いながら言わなくたって良いじゃないですかっ!!」
大の男2人に笑われる女子高生って何て可愛そうなんだ…!もう何だか凄く恥ずかしくなって、あまっている焼き鳥に手を伸ばそうとした時放送が入った。串を咥えたまま私はまた嫌な予感と戦う事となり、見事にそれは的中した。
「あーあー、迷子の案内をしまーす、ってかハルーアンタどこで油売ってんですかィー、あ、もしかしてこの場所も分かんなかったんですかィ?ププッ」
「ぎゃはははは!!!!ハル‼︎このイカ焼き最高アルよ!!早く食べに来ないと全部食べちゃうヨ?あ、来たくても来れないかー!?ぎゃははははは!!!!」
耳障りな声共は言いたい事だけ言って放送を切った。
「あいつ等言わせておけば………!!!!!!」
今こそ制裁を入れねばいつ入れると言うのか!もちろん大激怒です。だって!だって!!何で坂田先生が居る前であんな放送を入れるのよ…!真面目に授業受けてた努力がパーになる!アホな奴だったのかと思われる!ほっておいたらまた放送を入れてくると思ったから、その前に奴等に会わねば…、と思い立ちあがった。そして昨日自分の部屋の机で打った箇所を、また長机で打ってしまった。
「いだーい!!!!」
「バカだーー!!!!!!!!!」
終いには苦しそうに、どこか過呼吸ちっくに笑い出す服部先生を睨んだ。踏んだり蹴ったりだ。ああ、やっぱり幸せな事なんてずっと続かないもんなんだな。今ここでそう痛感しました。
「服部先生のばか!」
「腹がいてー!!!」
「お前笑いすぎだぞ?あ、待てよ夏目」
「引き止めたって無駄ですよ坂田先生!私は(服部に)ご立腹です!」
ちょっと名残惜しいけどここを離れて奴等をこらしめねば!ただ、止めたって無駄だ、と自分で言っておきながらちゃっかし振り返ってはみた。場面が馬鹿らしいとは言え、先生に引き止められたのはどことなく嬉しい。別に服部先生にめちゃくちゃ怒ってる訳じゃない。ただ、この状況を楽しんでそう言っただけなのかもしれない。
「いや、そうじゃなくて…」
「へ?…っいだ!」
振り返って歩いていた私に度重なる悲劇でした。テントの足となっている金属の棒と私の側頭部は見事に接触事故を起こし、被害は私にだけにやってきた。服部先生の笑い声が一層大きくなった。
「いたー…!」
「何やってんだお前は…」
ぶつけた所をさすっていると、坂田先生が「ちょっと見せてみ」と言って手招きをしている。先生、その招きに私がどれだけ行きたかったか分かってるかなぁ?きっと何も分かってないだろうなぁ。そう考えると、ちょっぴり悲しかった。
「えへへ、これぐらい大丈夫ですよ」
行ったらさすってもらえたのかな。医療テントにつれてってくれたのかな。考えただけの想像たちはとても幸せで、断った事を少しだけ後悔してしまった。それでもそんな大事でもないのも確かだから、変に先生に心配をかけさせる訳もいかない。今日は本当に格好悪い所ばかり見られたけど、まあ、それはそれで良いや。
「それじゃあ失礼しました!」
職員室から出るような挨拶をして、今度はちゃんと前を見て歩き出した。早く行かないと、また放送が…。
「夏目!また合宿の時にな!」
ピタリと私の足が止まった。それからまた難なくと振り返る。ビールの入ったコップを掲げているのは手を振る代わりだろうか?乾杯をやっているようにも見えるその手は、さっきのように手招きはしていない。でも、また合宿の時に、と言ってくれたのが嬉しくて…。
少し驚いた表情のまま何となく手を振ってみる。先生に手を振るなんて失礼かもしれないけど、勝手に腕が動いたんだから仕方ないじゃないですか。小さく、小さく手を振ってみました。服部先生は未だに笑って私の姿を見ていないけど、真っ直ぐに見据えてくれている坂田先生はそれに気付いて、コップを置いてから軽く手を上げてくれた。
「……っ!」
たまらなく嬉しくて、もうわき目もふらず人混みに戻った。先生の姿は、どこにも見えない。
「(うわーわーわーわーわー!!!)」
冷めやらぬ興奮をひきつれ本部テントを目指す。今日という日は……そんなに悪いものでも無かったらしい。頬を触ってみるとちょっと熱い。いちいちの行動にバカみたいに敏感になってんなぁ、私。
「また合宿で……かぁ………。あ゛、先生浴衣の事に少しもふれてくれなかったな……」
流れる人ごみ、私の独り言なんて誰も聞いてはいない。
「折角おめかししたんだけど………まぁ、良っか!」
また、という言葉がどれだけ嬉しかった先生は知らない。きっと私にしか分からない。格好悪い所を見せたんなら次で挽回すれば良い。今度は格好良い所を見せてやれば良いんだ。
「あーあー!3回目の放送でーす」
腹立つ幼馴染みの声が流れ始め、私は一度だけ噴出してから人をすり抜け走り出した。転びそうになる足も、今日は何だか怖くなかった。
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