待ってけ真実!
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一瞬服部が何を言っているか分からず素っ頓狂な声が出てしまった。彼も彼で銀八が怪訝な目つきで見てくる意味が分からず、椅子を回転させて睨み返す。
「高杉はかなりの問題児だぞ。出席日数は少ねぇしテストもやる気のない点数ばっかだし、何よりマグロ漁に出掛けるし…」
「マグロ漁!?」
「でも、あの暴れん坊将軍は器用っちゃー器用だから、卒業してものらりくらり上手い事やるだろ」
吸いたい衝動を何とか紛らわせようと、化学の教諭の机上にあった知恵の輪で遊び始める。絡み合った鉄ががちゃがちゃと音を立てるが、はずれる気配がない。
「まあ……夏目が、まさかあそこまで生徒指導の対象になるとは思ってなかったわ」
「そうだな。取り敢えず頼むから社会のテストで欠点を取らないで欲しい」
「え~俺の教えてる教科は完ぺきだし~服部先生が勝手に頑張れば良いジャーン」
対象と言っても、それはそれは微々たるもので、別に他校と派手に喧嘩してきましたーと言った血気盛んな事は起こしていない。遅刻だったり、剣道部の面々で何かやらかしたり、停学処分を下す程のものではなかった。
ただそれにしても、やたらと夏目に関わってる気がしてならない。高杉の方がもっと派手にやらかしているというのに。
手の中で音を立てる知恵の輪に苦戦しつつ、吸いたいという気持ちが中々頭から離れない。煙の様に膨らむそれが、あの夢の出来事も全て隠してくれれば楽だろうなと思ったりもした。
「お前何かと赤ずきんと関わってるな」
「それは俺も思う」
服部の方は見ずに、知恵の輪だけに集中しながら言葉を返した。
絡み合って離れない、何か小さなきっかけがあれば簡単にはずれる事は分かっているのに、それがどこに潜んでいるか分からなかった。
あの夢だってそうだ。何かきっかけがあれば解決するかもしれないし、もしかしたら綺麗サッパリ忘れる事が出来るかもしれない。
夏目の声が自分に届かないからではない。その聞こえない声に対して、解決の糸口が見えないからこんなに必死になっているというのが少しずつ分かってきた。
声が届かないのは夏目のせいではなく、自分のせいなのだと思いこめば妙に楽になれた。
「でも、夏目なら大丈夫だろ。アイツなら卒業しても1人でやっていける」
高校という世界から飛び出ても、人と上手に付き合っていける事を担任である銀八だから分かるのだ。
そうだな、という肯定の声も聞こえた。赤ずきんは彼女自身が思っているより教員の期待を背負っているのだ。それに気づけていないのがいまいち可哀想ではあるが。
――先生!私……――!
届きそうで、届かない声。耳にフィルターをかけているのはきっと自分自身。一体何が足りないのか。どうすれば、そのフィルターがはずれるのか…。
「なあ」
駄目もとではあるが、人に話せば少し気が紛れると思い、前に一度遠回しに話した事のある服部に聞いてみた。彼は聞いていない様な「あー」と曖昧な返事をしながら携帯をいじっている。
1人は知恵の輪を、1人は携帯をそれぞれいじりながら、頭上から聞こえてくる祭の賑やかな声をBGMに気だるい空気に浸っていた。
「例えば、夢の中で誰かが出てきて何かを言ってんだけど、それが聞こえないとする」
「んー」
「で、その声を自分は聞きたい訳よ」
「おー」
「………どうすりゃ良いと思う?」
「はぁあ?」
ここでようやく返事らしい返事がきたが、“意味不明”という言葉を詰め込んだら出来上がりましたとでも言いたげな返事であった。
あまり態度の良くないそれに、銀八は「なんだよ」と眉をひそめる。真剣に考えてる事を考慮したら、まともな人間ならもっと優しい言葉が返ってくる筈である、と。
「あ、そっか、お前まともな人間じゃなかったな」
「何さり気なく人の事けなしちゃってる訳!?」
がちゃがちゃと相変わらず輪は音を立てるだけで、はずれそうにない。
しかし服部が話し出す内容に、徐々に絡み合ってたものが一つずつほどけてゆくのが分かった。
「お前、いま自分で言ってんじゃねーか」
「あ?」
「その声が“聞こえない”んじゃなくて“聞きたい”っつったんだろ?夢の中の出来事なんざ、自分が見たり聞いたり体験した事の復習みたいなもんだ。その日常の中から発生した仮の空想期間が夢な訳であって……」
「ちょ、待て待て!授業みたいな口調になってるぞ!」
説明された先に待っている答えを簡潔に教えてくれれば、引っかかっていたものが全てほどける気がした。
「だから、つまり、お前は“聞きたい”んだよな」
「おう」
「なら答えは自分が一番分かってると思うけど?」
「俺が?」
「夢での出来事の土台は全部日常だ。何か思い当たる節とか無いのかよ」
服部が言いたい事は、過ごしてきた日々の中に自分の大切な言葉が埋まっていないか、という事。確かにそれを掘り出せるのは自分しか居ない。
「届かない声を発してる人間からお前は何かを“聞かせて”欲しいって事だろ。夢ってのはつまり自分自身の願望の塊だ」
「聞かせて欲しい…?」
「まどろっこしいなチクショー」
携帯を置く音がして、そして言葉は投げられた。
「お前がそいつから“聞きたい”言葉が、お前が届かないって勝手に認識してるだけなんだよ」
スピーカーから流れていた控えめなBGMも、祭の賑やかな声も一瞬全部聞こえなくなった。その代わりにこんな音は聞こえた。
がちゃり。
頭の中で、絡み合ってた何かがはずれる音を確かに聞いたのだ。