きたれ春!
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20分間休憩!
近藤さんがそう言って、部員である夏目と沖田は剣道場を飛び出した。
「あっちィ………!!!」
「ほぉ。王子様でも汗かくんだね」
「おまっ、見くびンなよ。ほら、手とか汗びっしょり」
「ぎゃー!汚い!近づけないで!!!」
自販機で買ったスポーツ飲料を飲みながら、大体休憩しにくる時にやってくる体育館裏で夏目と沖田は思う存分外の空気を楽しんでいた。ついさっきまで防具を着けて稽古をしていたので、2人の顔はとても赤い。
「……ここは影があって気持ち良いねー」
「そうですねィ…」
「………ねぇ、総ちゃん」
「……何でィ」
沖田という人物に対し、”総ちゃん”と呼べる人物は中々居ないだろう。女子大に通っている彼の姉ならまだしも、只の部員仲間として見られている夏目がこうやって平然とあだ名を呼んでしまうと、変な噂を立てかねられない。
まぁ、互いに家が近所なのだから、昔からあだ名呼びは彼等の間では至って普通であった。
「…何でもないや」
「何でィそりゃ。…あ、そだ。お前テストどうだった?」
「へー?」
何だか妙に沈んでみえる彼女に、沖田が今まさに旬とも言えるテスト返しの事を聞いてくる。実は真面目に勉強している沖田なので、成績はそれなり。と言っても、何故かそれなりに欠点も取っている。夏目は部活終わりに部室で同級生である土方や山崎に教えてもらっているにも関わらず、音楽だけが良かった。つまりのところ、勉強をしないのである。
「まーた欠点だらけかィ」
「……」
彼女は首にまいていた手拭いを頭に被せる。その行動が不思議であった。まるで何も話したくない、とでも訴えるようなこの行動が…。いつもの彼女はこんな寡黙ではないし、沖田より喋るタチである。沖田は彼女の顔を覗きこんだ。
「……」
「どうしたんでィ。疲れたのか?」
確かに今日の稽古はしんどいな。
沖田はそう呟いて、納得するように腕を組み何度か頷いた。
「……ホント有り得ないよね」
「ん?」
「有り得ない……」
やはり疲れがたまっているのか?
そう思った沖田が休憩を延長した方が良いと薦めようとすると、何やら彼女の顔がもっと赤くなってくる。休憩が始まってかれこれ数分は経っているのに、何をそんなに熱を持っているのか。沖田は軽い気持ちで考えていた。
「どうせ欠点でも取ったんだろ。そんなに赤くならなくても分かってらァ。長い付き合いじゃねぇか」
「長い付き合い……そうよね、幼稚園からの御近所さんだもんね」
「?」
「じゃ、じゃぁね、総ちゃん。これから私が言う事に対してビックリしないでよ?」
「えぇ!?」
「まだ何も言ってない!」
「吉本のノリがいらねぇぐらい真剣?」
「うん」
「何だよ」
「…………やっぱり良い!!」
「気になるだろ教えろよ」
「ヤダ!何か恥ずかしい!!」
「尚更教えろ!!!」
「ドS---!!!!!」
無駄な攻防戦が何分か続くが、彼女は友を前にしてようやく観念する。決意を固めるかのように、腰に手を当てて残りの飲み物を全て喉に押し込み「ぷはー!」と息を吐いてから沖田を見据えた。
その時、沖田はふと思った。
彼女はもう高3なんだ、と。
昔は長い髪の毛を一つに束ねていて、それでもズボンばかり履いて、イタズラをしては体の至る所に擦り傷を作っていたやんちゃな子供であった。
しかし、今ではどうだろう。
今時の高3にしては化粧っ気は無いものの、ショートヘアーの髪型はロングより逆に女の子らしく見え、汗をかいていても男のようにむさ苦しくなんて一切感じない。寧ろ風にのってシャンプーの香りが漂ってきそうな清潔感のある雰囲気を持っているのは、彼女が得している部分だ。
「(まぁよくこんなに顔を赤く出来るもんだなァ……)」
頬を真赤にさせて、彼女がぐっと口をつむんだかと思えば、沖田に簡潔につけた。
「私!坂田先生のこと好きかもしんない!ってか好きだ!!!」
「…………………………え」
高3になった彼女は、中身だってそれなりに成長しているのだろうが、何とも甘酸っぱい告白であった。沖田はお約束どおり素で驚いた。
泥だらけになって砂場で遊んでいたあのハルが?スイミングの帰り道にある池でよく蛙を捕まえていたあのハルが?マリオカートで勝負したら誰にも負けてなかったあのハルが?剣道部に入って、この夏に一緒に引退して受験勉強に専念するこのハルが!?
蝉の声があちらこちらから飛び交う。グラウンドから野球部の掛け声が聞こえる。そんな音には目もくれず、沖田は驚いたままの表情で彼女を見るばかり。
「おぉーい!休憩そろそろ終るぞー!!」
剣道場で近藤がそう言っているのが彼女の耳に入った。もちろん沖田にも。
「はい!今行きます!」
反応したのは彼女だけであった。飲みきったペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、袴で足を引っ掛けないようにしながらも裸足で来た道を急いで戻る。
太陽の下に出て走り去る彼女の後ろ姿は、沖田が覚えている幼き少女とは中々重ならなくなっていた。
「マジでか」
手拭いが肩からするりと落ちた。
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