旅中閑話
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ぽっかりと雲が浮かんでいる。その一つに月が隠されていくのを見ながら、稲吾はふう、と息をついた。
大変な一日だった。
あの後周囲は大混乱で、幸村は男たちを殴り飛ばすと同時に彼女を抱えてその場から逃走。
町の外れにある宿に滑り込み、今にいたる。
夜風にろうそくの炎が揺らめいて、彼女の影も揺れた。
それを視界の隅に収め、彼女は先ほどから気にしている方角を見やる。
「…………」
とてつもなく暗い空気がその辺りに漂っている。知らない人が見たら、そこはただの暗い空間だと勘違いして見過ごすに違いない。
だが、そこには確かに幸村がいるのだった。
「ぅぅ…お館様ぁぁ…」
正体を悟られるなと散々言われたのに自ら名乗ってしまった事を、宿についてからずっとああして反省している。
「幸村様、大丈夫ですよ、きっと」
「ぅぅ…しかし、しかし稲吾~」
涙を流して振り返る幸村。その涙を拭いてやり、彼女は微笑んでみせた。
「幸村様は私を助ける為になさったのですから、お館様ならきっと笑って誉めて下さいます」
それかもしくは、苦笑だろうか。佐助は何か文句を言うかもしれない。
万が一にも信玄が怒るような事があれば、その時は盾になろう。自分の為に怒ってくれたのだから。
「稲吾…」
「ですから、もう泣かないで下さい、ね? さあ、胃薬がありますから、お眠りなる前にどうぞ」
幸村はこくりと頷き自分でも涙を拭うと、大人しく湯飲みを受け取る。ごくごく飲み干した。
「お味はいかがですか?」
「大丈夫。稲吾の薬はいつも甘いでござる!」
「ふふ。ありがとうございます」
その答えに安心した稲吾だが、目の前の幸村がふと黙り込んだ。どうしたのかと首を傾げると、彼は少し目を泳がせながら答えてくれた。
「時々思うのだが、稲吾は某に甘すぎやしないか…?」
意外な事を言われ、今度はこちらが黙り込む。
そうだろうか、と自身の行動を振り返ってみる。
そうなのかもしれない。
もっとも、彼女からすれば幸村の方が甘い。何だか佐助が時々可哀想になるくらい優しい。
だからきっと、お互い様なのだ。
すっきり答えが出たので、稲吾は微笑む。
「だって、幸村様は甘いのがお好きでしょう?」
薬にしろ、菓子にしろ、幸村に作る時だけは特別甘くしているくらいだし。
そういう意味も込めて返したのだが、幸村は口をぱくぱくさせていた。
「? 幸村様?」
「あ、ああっ…ちょっと待っ…ふー、ふー…」
そしてついに背を向けて元気良く深呼吸。
そんなにまずい事を言っただろうか。
だんだん不安になってきた稲吾だったが、彼がまたくるりと向き直ったので次の言葉を待つ事にした。
「で、ではな、稲吾…。甘いついでに某、そなたに頼んでも良いか?」
「はい、何なりと」
ほっとして頷くと、幸村が耳打ちしてきた。その内容を聞いて、思わずくすりと笑う。
言い終えた彼の方もにっこり笑い、期待に満ちた表情で座り直した。
先ほどは慌てていたが、こうして向き合って言うのは何だか照れる。
心地よい緊張を感じながら、床に手をつき礼をする。
「では…おやすみなさいませ、私の殿」
「…お休み、稲吾」
顔をあげたら優しく微笑んだ幸村がこつん、と額を寄せてきた。幸せを噛み締めながら、稲吾はゆっくり目を閉じた。
→御詫び
大変な一日だった。
あの後周囲は大混乱で、幸村は男たちを殴り飛ばすと同時に彼女を抱えてその場から逃走。
町の外れにある宿に滑り込み、今にいたる。
夜風にろうそくの炎が揺らめいて、彼女の影も揺れた。
それを視界の隅に収め、彼女は先ほどから気にしている方角を見やる。
「…………」
とてつもなく暗い空気がその辺りに漂っている。知らない人が見たら、そこはただの暗い空間だと勘違いして見過ごすに違いない。
だが、そこには確かに幸村がいるのだった。
「ぅぅ…お館様ぁぁ…」
正体を悟られるなと散々言われたのに自ら名乗ってしまった事を、宿についてからずっとああして反省している。
「幸村様、大丈夫ですよ、きっと」
「ぅぅ…しかし、しかし稲吾~」
涙を流して振り返る幸村。その涙を拭いてやり、彼女は微笑んでみせた。
「幸村様は私を助ける為になさったのですから、お館様ならきっと笑って誉めて下さいます」
それかもしくは、苦笑だろうか。佐助は何か文句を言うかもしれない。
万が一にも信玄が怒るような事があれば、その時は盾になろう。自分の為に怒ってくれたのだから。
「稲吾…」
「ですから、もう泣かないで下さい、ね? さあ、胃薬がありますから、お眠りなる前にどうぞ」
幸村はこくりと頷き自分でも涙を拭うと、大人しく湯飲みを受け取る。ごくごく飲み干した。
「お味はいかがですか?」
「大丈夫。稲吾の薬はいつも甘いでござる!」
「ふふ。ありがとうございます」
その答えに安心した稲吾だが、目の前の幸村がふと黙り込んだ。どうしたのかと首を傾げると、彼は少し目を泳がせながら答えてくれた。
「時々思うのだが、稲吾は某に甘すぎやしないか…?」
意外な事を言われ、今度はこちらが黙り込む。
そうだろうか、と自身の行動を振り返ってみる。
そうなのかもしれない。
もっとも、彼女からすれば幸村の方が甘い。何だか佐助が時々可哀想になるくらい優しい。
だからきっと、お互い様なのだ。
すっきり答えが出たので、稲吾は微笑む。
「だって、幸村様は甘いのがお好きでしょう?」
薬にしろ、菓子にしろ、幸村に作る時だけは特別甘くしているくらいだし。
そういう意味も込めて返したのだが、幸村は口をぱくぱくさせていた。
「? 幸村様?」
「あ、ああっ…ちょっと待っ…ふー、ふー…」
そしてついに背を向けて元気良く深呼吸。
そんなにまずい事を言っただろうか。
だんだん不安になってきた稲吾だったが、彼がまたくるりと向き直ったので次の言葉を待つ事にした。
「で、ではな、稲吾…。甘いついでに某、そなたに頼んでも良いか?」
「はい、何なりと」
ほっとして頷くと、幸村が耳打ちしてきた。その内容を聞いて、思わずくすりと笑う。
言い終えた彼の方もにっこり笑い、期待に満ちた表情で座り直した。
先ほどは慌てていたが、こうして向き合って言うのは何だか照れる。
心地よい緊張を感じながら、床に手をつき礼をする。
「では…おやすみなさいませ、私の殿」
「…お休み、稲吾」
顔をあげたら優しく微笑んだ幸村がこつん、と額を寄せてきた。幸せを噛み締めながら、稲吾はゆっくり目を閉じた。
→御詫び