旅中閑話
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日射しも和らぐ昼下がり。
「おかわり!」
「俺もだ!」
勝負はまだ続いていた。
幸村と男の周りには、既に大量の器が積み上がっている。それに比例するように、見物人も増える一方だ。
全員が幸村側につき、彼に応援の言葉を投げている。最初はそれに答える余裕があった幸村もかなり辛そうになってきた。
しかし、負ける訳にはいかないというその一念が彼を動かしているのだった。
後でたっぷり胃薬を飲ませなければと冷静に思いながら、稲吾は祈るように胸の前で手を組んだ。
そこからまた、暫くは両者とも一歩も退かぬ状態が続く。
器を持ってくる店員に疲れが見えてくるくらいだ。
ただ、男の方はだいぶ顔色が悪い。あと数杯で限界を迎えるに違いないだろう。
稲吾は勝利を確信する。
しかし。
「おい、あれおかしくないか…?」
「あ、本当だ!」
周りが騒ぎ出す。見れば、二人の器の大きさに明らかな差があるではないか。
油汗をかく男の前には小さな器。幸村の前には、先ほどまでより大きな器。
「卑怯だぞ、じーさん!」
「あんたも仲間だったのかよ!」
野次が飛ぶが、店主の老人は知らん顔をしている。
だが、稲吾は確かに見た。詐欺の男たちと老人が、しっかり目配せしているのを。
やはり、最初から手を組んでいたのだ。それで分が悪いと見て、こんな策に出たに違いない。
男たちは案の定、勝ち誇った顔をしていた。
「ふん、器の大きさを変えちゃいけないなんて、決めて無かっただろうが!」
「なっ!」
稲吾は思わず言い返そうとするが、それを遮るように幸村が手を上げた。
「店主、おかわりでござる!」
といって、空になった大きな器を積み上げたではないか。これにはびっくりして、見物人は最高潮の盛り上がりを見せた。
「いいぞいいぞ! 兄さん、最高だよ!」
「こんな店、食い倒しちまええ!」
幸村は戦に出ているかの如く、堂々と仁王立ちして次の蕎麦を待っている。
その姿がまるで信玄のようにも見えて、稲吾は感激した。
さすがです、幸村様…!!
店主の老人は真っ青になりながらよろよろと店の奥に消えて行く。
男たちも顔を引きつらせ、蕎麦に向かいあっている男の背を叩く。
「おい、早く食べろ! このままじゃ…」
「む、無理だ…」
「え?」
周りが静まる。小さくなった器を前に、だが男は、その手にあった箸を置く。
「俺には…無理だ…」
「なっ! 平助…!」
肩を震わせる彼に、残りの二人がすがりつく。だが、その手を振り払って、彼は叫んだ。
「もう食べたくないんだよおおおおおお!」
「ああっ平助えええ!」
巨漢に似合わぬ速さで、平助は走り去った。
しばし、沈黙。
「なあ、あれ…」
「ああ。敗けを宣言したって、事だよな…」
「じゃあ…!」
次第にわああああ、と大歓声が上がり、幸村が人々に囲まれる。彼の近くにいた稲吾は、その勢いに飲まれてよろける。
「ごめんなさい!」
「だ、大丈夫でござる!」
幸村は彼女を受け止めると、あまりの盛り上がりに驚きながら、勝利を祝う声に答え始める。
「やりましたね! 源二郎様!」
「うむ!」
と、彼が元気良く頷いたのも束の間。
「待て待てぇ! 誰が一回勝負だって言ったんだ!」
「そうだぜ! 次は俺と勝負だ!」
二人になった詐欺男たちが宣言し、胸を張る。その後ろで店主の老人も開き直って腕を組んでいた。
幸村は眼光を鋭くして向き直った。
「…良かろう。では」
「いいや、違う。次に俺とやんのはあんたじゃなく、そこの女だ!」
「え!?」
指差され、全員の視線が稲吾に集まる。
「あんたと俺で勝負して…俺が勝ったら、壺の代金と勘定と…あんたをもらうって事で許してやるよ」
「なっ…!」
幸村が唖然として固まる。稲吾は拳を握った。彼が必死に頑張ったのだ、ここで引く訳にはいかない。
「わかりました…!」
「止めとけ姉ちゃん! こんな奴ら、もうおれたちがぶっ飛ばしてやるから!」
「ですが…!!」
見物人たちが一気に殺気だって腕をまくり始める。稲吾はそれを止めようと言葉を探した。
だが。
「待たれよ!」
凜と響き渡る一声。全員が黙りこみ、声の主を見た。
幸村である。彼は赤い覇気を放って、そこに立っていた。
「主ら…稲吾まで巻き込むとは…もう我慢ならん!」
嫌な予感がした。
「貴様らの歪んだ性根、この真田源二郎幸村が全力で叩き直すぅう!」
「あああ…!」
言ってしまった。
しかも、彼の両手には槍ではなく、箸。
静まり返る輪の中で、稲吾は泣きそうになった。
「おかわり!」
「俺もだ!」
勝負はまだ続いていた。
幸村と男の周りには、既に大量の器が積み上がっている。それに比例するように、見物人も増える一方だ。
全員が幸村側につき、彼に応援の言葉を投げている。最初はそれに答える余裕があった幸村もかなり辛そうになってきた。
しかし、負ける訳にはいかないというその一念が彼を動かしているのだった。
後でたっぷり胃薬を飲ませなければと冷静に思いながら、稲吾は祈るように胸の前で手を組んだ。
そこからまた、暫くは両者とも一歩も退かぬ状態が続く。
器を持ってくる店員に疲れが見えてくるくらいだ。
ただ、男の方はだいぶ顔色が悪い。あと数杯で限界を迎えるに違いないだろう。
稲吾は勝利を確信する。
しかし。
「おい、あれおかしくないか…?」
「あ、本当だ!」
周りが騒ぎ出す。見れば、二人の器の大きさに明らかな差があるではないか。
油汗をかく男の前には小さな器。幸村の前には、先ほどまでより大きな器。
「卑怯だぞ、じーさん!」
「あんたも仲間だったのかよ!」
野次が飛ぶが、店主の老人は知らん顔をしている。
だが、稲吾は確かに見た。詐欺の男たちと老人が、しっかり目配せしているのを。
やはり、最初から手を組んでいたのだ。それで分が悪いと見て、こんな策に出たに違いない。
男たちは案の定、勝ち誇った顔をしていた。
「ふん、器の大きさを変えちゃいけないなんて、決めて無かっただろうが!」
「なっ!」
稲吾は思わず言い返そうとするが、それを遮るように幸村が手を上げた。
「店主、おかわりでござる!」
といって、空になった大きな器を積み上げたではないか。これにはびっくりして、見物人は最高潮の盛り上がりを見せた。
「いいぞいいぞ! 兄さん、最高だよ!」
「こんな店、食い倒しちまええ!」
幸村は戦に出ているかの如く、堂々と仁王立ちして次の蕎麦を待っている。
その姿がまるで信玄のようにも見えて、稲吾は感激した。
さすがです、幸村様…!!
店主の老人は真っ青になりながらよろよろと店の奥に消えて行く。
男たちも顔を引きつらせ、蕎麦に向かいあっている男の背を叩く。
「おい、早く食べろ! このままじゃ…」
「む、無理だ…」
「え?」
周りが静まる。小さくなった器を前に、だが男は、その手にあった箸を置く。
「俺には…無理だ…」
「なっ! 平助…!」
肩を震わせる彼に、残りの二人がすがりつく。だが、その手を振り払って、彼は叫んだ。
「もう食べたくないんだよおおおおおお!」
「ああっ平助えええ!」
巨漢に似合わぬ速さで、平助は走り去った。
しばし、沈黙。
「なあ、あれ…」
「ああ。敗けを宣言したって、事だよな…」
「じゃあ…!」
次第にわああああ、と大歓声が上がり、幸村が人々に囲まれる。彼の近くにいた稲吾は、その勢いに飲まれてよろける。
「ごめんなさい!」
「だ、大丈夫でござる!」
幸村は彼女を受け止めると、あまりの盛り上がりに驚きながら、勝利を祝う声に答え始める。
「やりましたね! 源二郎様!」
「うむ!」
と、彼が元気良く頷いたのも束の間。
「待て待てぇ! 誰が一回勝負だって言ったんだ!」
「そうだぜ! 次は俺と勝負だ!」
二人になった詐欺男たちが宣言し、胸を張る。その後ろで店主の老人も開き直って腕を組んでいた。
幸村は眼光を鋭くして向き直った。
「…良かろう。では」
「いいや、違う。次に俺とやんのはあんたじゃなく、そこの女だ!」
「え!?」
指差され、全員の視線が稲吾に集まる。
「あんたと俺で勝負して…俺が勝ったら、壺の代金と勘定と…あんたをもらうって事で許してやるよ」
「なっ…!」
幸村が唖然として固まる。稲吾は拳を握った。彼が必死に頑張ったのだ、ここで引く訳にはいかない。
「わかりました…!」
「止めとけ姉ちゃん! こんな奴ら、もうおれたちがぶっ飛ばしてやるから!」
「ですが…!!」
見物人たちが一気に殺気だって腕をまくり始める。稲吾はそれを止めようと言葉を探した。
だが。
「待たれよ!」
凜と響き渡る一声。全員が黙りこみ、声の主を見た。
幸村である。彼は赤い覇気を放って、そこに立っていた。
「主ら…稲吾まで巻き込むとは…もう我慢ならん!」
嫌な予感がした。
「貴様らの歪んだ性根、この真田源二郎幸村が全力で叩き直すぅう!」
「あああ…!」
言ってしまった。
しかも、彼の両手には槍ではなく、箸。
静まり返る輪の中で、稲吾は泣きそうになった。