旅中閑話
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予定していた宿場に着いたのは昼過ぎの事であった。
激化している乱世の影響など未塵も感じさせない平和な雰囲気に、二人は少し拍子抜けする。
幸村も少し警戒を解いた様子で彼女に向き直った。
「今日はどうやら、ゆっくり眠れそうでござるな。明朝までのんびり致そう」
「はい、そうですね」
久しぶりに見る賑やかな町の雰囲気に心が弾む。
まずは宿か、と辺りを見ていると、ごく自然に手が差し出された。
「参ろう、稲吾」
「はい」
稲吾はこくんと頷いて、そこへ自身の手を乗せる。すぐにぎゅっと握られた。
旅路を行く間は、付かず離れず、だが決して彼女に前を歩かせる事のない幸村。だが宿場に入るとこうして手を繋ぎ、肩を並べている事が多い。
周り中が知り合いばかりの上田や甲斐ではあまり無かった経験で、この状態が実は結構、いやかなり嬉しかったりする。
「? 如何したでござるか?」
「な、何でもありません」
いつの間にか横顔を見つめていたらしい。不思議そうにこちらを向く幸村に、稲吾は慌てて首を振った。
すると彼が更に覗き込んできて、ついでに握る手にも力が入った。
「本当でござるか?」
楽しそうに、目を細めて尋ねてくる幸村。彼女もつられて笑い、同じように手を強く握り返した。
「本当ですよ」
しばらくじっと見つめあっていたのだが、幸村が不意に姿勢を戻すと軽く咳払いした。
「い、今のところは信じるでござる!」
「もう…」
と困ったように返したのを機に、また顔を見合わせてくすくす笑う。
それは端から見ても微笑ましいやりとりで、道行く商人たちがにこにこして眺めては気付かれないよう通り過ぎている。
しかしそんな事になっているとは知らず、辺りを見回した幸村は何か思いついたようだった。
「そうだ! 何か欲しい物はないのか? せっかく栄えた宿場でござるし、探してみよう」
「ええっと…ですが、今の所、必要なものは全てあるので…」
申し出は嬉しいが、現状で満足なのだ。元々物欲のない性格であるし、忍として育ったから、旅の途中に荷物を増やす習慣がない。
そう返すと、彼は悲しそうに目を潤ませた。
「そうでござるか…」
「ああっ! でも、源二郎様さえよろしければ、少しお店を見てみたいです!」
「誠か!? では、もしその中で欲しい物が見つかったら、必ず某に…!」
「はい。その時はお言葉に甘えて」
「絶対約束でござるよ!」
彼は上機嫌で入る店を探し始めた。その横で、彼女は何とか話を繋げられて良かった、と密かに息をつく。
最近事あるごとに「欲しい物」を尋ねてくるのだ。何故だろうと疑問に思っていたのだが、彼が小さく、
「これで片倉殿に追いつく…!」
と呟いているのを聞いてようやく合点がいった。以前壊した笛の代わりを、小十郎に貰ったのが彼の対抗心に変に火をつけてしまったらしい。
もうとっくに、笛なんかより、たくさんのものを貰っているのに。
自覚のない幸村を可愛く思って、笑みをもらす。
きょろきょろしていた幸村が彼女を向いて、一ヶ所を指差した。
「稲吾、あの店は…」
「何すんだよ!」
突然子供の怒鳴り声がして、辺りが静まり返る。
二人も例外なく、会話を止め声のした方へ目を向けた。
「おいおい、ぶつかっておいてなんだァ?」
「そうだぜ坊主。よそ見してたお前が悪いんじゃねぇか」
「どうしてくれんだよォ、今ので壺が割れちまったぞ~?」
それはそれは見るからに人相の悪い、巨漢が三人。尻餅をついた子供に凄んでいた。
「なっ、そっちがぶつかってきたんだろ!?」
子供が負けじと言い返す。しかし、だん! と男の一人が強く地を踏むと、小さい体が宙に飛び上がった。
怯んだその少年に、男たちはずい、と顔を寄せる。
「口ごたえすんな!」
「普通は謝って壺弁償すんだろうがよォ」
「この壺高っけぇんだよ、ちゃんと払えよな、一万両!」
「そんな…!!」
何をしているのかは明らかであった。少年が困ったように周囲を見るが、相手がかなりの巨漢な上、帯刀もしている。人々も目をそらして足早に去っていく。
あんな輩、今すぐ叩き出してやれるのに。
子供好きな彼女は怒りに震えてそう思うが、今は大人しくしなければならない旅。ここはどうにか穏便に済ませなければ。
と、思っていたら。
「貴様ら何をしておるかぁああ!」
とっくに少年の前に移動していた幸村の喝が、見事なまでに飛んでいた。
「ああっいつの間に…!」
稲吾は青ざめた。
ここに佐助がいたら、「ほら、言わんこっちゃないでしょーが」と笑うに違いなかった。
激化している乱世の影響など未塵も感じさせない平和な雰囲気に、二人は少し拍子抜けする。
幸村も少し警戒を解いた様子で彼女に向き直った。
「今日はどうやら、ゆっくり眠れそうでござるな。明朝までのんびり致そう」
「はい、そうですね」
久しぶりに見る賑やかな町の雰囲気に心が弾む。
まずは宿か、と辺りを見ていると、ごく自然に手が差し出された。
「参ろう、稲吾」
「はい」
稲吾はこくんと頷いて、そこへ自身の手を乗せる。すぐにぎゅっと握られた。
旅路を行く間は、付かず離れず、だが決して彼女に前を歩かせる事のない幸村。だが宿場に入るとこうして手を繋ぎ、肩を並べている事が多い。
周り中が知り合いばかりの上田や甲斐ではあまり無かった経験で、この状態が実は結構、いやかなり嬉しかったりする。
「? 如何したでござるか?」
「な、何でもありません」
いつの間にか横顔を見つめていたらしい。不思議そうにこちらを向く幸村に、稲吾は慌てて首を振った。
すると彼が更に覗き込んできて、ついでに握る手にも力が入った。
「本当でござるか?」
楽しそうに、目を細めて尋ねてくる幸村。彼女もつられて笑い、同じように手を強く握り返した。
「本当ですよ」
しばらくじっと見つめあっていたのだが、幸村が不意に姿勢を戻すと軽く咳払いした。
「い、今のところは信じるでござる!」
「もう…」
と困ったように返したのを機に、また顔を見合わせてくすくす笑う。
それは端から見ても微笑ましいやりとりで、道行く商人たちがにこにこして眺めては気付かれないよう通り過ぎている。
しかしそんな事になっているとは知らず、辺りを見回した幸村は何か思いついたようだった。
「そうだ! 何か欲しい物はないのか? せっかく栄えた宿場でござるし、探してみよう」
「ええっと…ですが、今の所、必要なものは全てあるので…」
申し出は嬉しいが、現状で満足なのだ。元々物欲のない性格であるし、忍として育ったから、旅の途中に荷物を増やす習慣がない。
そう返すと、彼は悲しそうに目を潤ませた。
「そうでござるか…」
「ああっ! でも、源二郎様さえよろしければ、少しお店を見てみたいです!」
「誠か!? では、もしその中で欲しい物が見つかったら、必ず某に…!」
「はい。その時はお言葉に甘えて」
「絶対約束でござるよ!」
彼は上機嫌で入る店を探し始めた。その横で、彼女は何とか話を繋げられて良かった、と密かに息をつく。
最近事あるごとに「欲しい物」を尋ねてくるのだ。何故だろうと疑問に思っていたのだが、彼が小さく、
「これで片倉殿に追いつく…!」
と呟いているのを聞いてようやく合点がいった。以前壊した笛の代わりを、小十郎に貰ったのが彼の対抗心に変に火をつけてしまったらしい。
もうとっくに、笛なんかより、たくさんのものを貰っているのに。
自覚のない幸村を可愛く思って、笑みをもらす。
きょろきょろしていた幸村が彼女を向いて、一ヶ所を指差した。
「稲吾、あの店は…」
「何すんだよ!」
突然子供の怒鳴り声がして、辺りが静まり返る。
二人も例外なく、会話を止め声のした方へ目を向けた。
「おいおい、ぶつかっておいてなんだァ?」
「そうだぜ坊主。よそ見してたお前が悪いんじゃねぇか」
「どうしてくれんだよォ、今ので壺が割れちまったぞ~?」
それはそれは見るからに人相の悪い、巨漢が三人。尻餅をついた子供に凄んでいた。
「なっ、そっちがぶつかってきたんだろ!?」
子供が負けじと言い返す。しかし、だん! と男の一人が強く地を踏むと、小さい体が宙に飛び上がった。
怯んだその少年に、男たちはずい、と顔を寄せる。
「口ごたえすんな!」
「普通は謝って壺弁償すんだろうがよォ」
「この壺高っけぇんだよ、ちゃんと払えよな、一万両!」
「そんな…!!」
何をしているのかは明らかであった。少年が困ったように周囲を見るが、相手がかなりの巨漢な上、帯刀もしている。人々も目をそらして足早に去っていく。
あんな輩、今すぐ叩き出してやれるのに。
子供好きな彼女は怒りに震えてそう思うが、今は大人しくしなければならない旅。ここはどうにか穏便に済ませなければ。
と、思っていたら。
「貴様ら何をしておるかぁああ!」
とっくに少年の前に移動していた幸村の喝が、見事なまでに飛んでいた。
「ああっいつの間に…!」
稲吾は青ざめた。
ここに佐助がいたら、「ほら、言わんこっちゃないでしょーが」と笑うに違いなかった。