綺麗な薔薇は薙刀を持っていた
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絡みついてくる腕を懸命に解こうとするのだが、酔っ払いのくせにどうも力が強すぎる。さっきだっておりょうが助けてくれなければあわや大惨事だ。その手の危機感はあまりない緋村だが、屯所の飲み会で何度も酔っ払いに絡まれた事のある彼女にとって多少は嫌な思い出があるのだろう。
「離して下さらないとグラサン叩き割りますよ!?」
「嫌じゃ嫌じゃ~部屋干しは臭うから嫌なんじゃ~、あっははははは!!」
「誰かァァア!!!通訳つれてきてェェエエエ!!!!」
会話すら不可能だというのに、周りの客が何だ何だと彼女の周りに集まってくる。そして自分の顔があの“大和撫子”に似ているという事を数人が気付いてしまったのだ。似ているも何も本人だが、ここでバラせばもっとややこしい事態になるのは間違いなかった。店の景気が良くなるのは喜ばしいが、多数の男性を相手にするのは非常に疲れる。屯所の仲間とは勝手が違う部分があるからだろう。
「見れば見る程似てるんだけどな~」
「あれ?でもこの子真撰組の制服着てるぞ?」
「コスプレか?」
「コスプレした大和撫子か?」
「コスプレじゃなくて正真正銘の真撰組です!!!」
「大和撫子は刀も扱えるがか~流石じゃ~」
「いらん事を言わないで下さい!!」
「大和撫子?やっぱり嬢ちゃんがあの大和撫子か?」
「No!I can't speak Japanese!」
「でも日本語喋れないって言ってるぞ。本当に大和撫子か?」
「いや、別嬪さんに代わりはないぞ」
「そう言われりゃそうだ」
酔っ払い達に言葉が通じる筈もなく、大和撫子~と崇められるかの様に周りに人が集まり出してくる。皆一様に顔をアルコールで赤くしていて、あまりにも楽しそうにしているので緋村も強く言うのは気が退けた。楽しい酒に水を刺す程無粋なものはない。
恐らく明日には大和撫子という人物は二日酔いに埋もれ思い出されないだろうという事を信じ、取りあえず腰に巻きついてくる酔っ払いAを何とかしなければいけなかった。
「坂本さん!はな……っ」
かくなる上はグラサンを叩き割るつもりで拳を握ったが、誰かが容赦なく坂本を蹴り飛ばしてくれた。腰の重みが一気に無くなり思わず座り込んだ。だが一息つく暇もくれず腕を引っ張られ立てと促される。きっと痺れを切らした沖田がまた迎えに来たのだろうと振り返った先には、予想もしていなかった人物が立っていた。
「坂田さん……?」
まさかこんな場所で銀時と出会うとは思っていなかった緋村は目を見開かせて驚くが、彼の視線は坂本を睨むばかりであった。
「何でここに…」
「あ?新八についてきただけだ。ってかあの黒モジャ、一発じゃおさまんねぇな」
「え、あ、ちょっと!」
その言葉通り、床に倒れていた坂本の胸倉を掴み不機嫌顔で上下左右に強く揺らしている。彼が吐くのも時間の問題だろう。
「新八についてきたって………どういう意味??」
意味が分からず小首を傾げた時、殺気を一つ感じ、足元に転がっていた瓶で己を狙っていた薙刀の刃を受けとめた。そこには、完全に目が据わっているお妙の姿があった。
「危な!!こっわ!!!」
「どこ行くんれすか糸さん…ヒック……早く大和撫子になってもらわないと困りますぅ~」
「お、お断りです!」
「なら力づくでも変身させたらァァァアアア!!!」
もの凄い気合いと共に薙刀を振り下ろされ、何とか避けてみれば床に大きな穴が開いた。一発でも当たれば舌を抜かれるどころではない。
「洒落になってないですよお妙さん!!」
「だって本気ですもの~」
彼女からも強く香るアルコールに「この酔っ払いー!」と泣き言をもらした緋村は、坂本に制裁を加えていた銀時へと一目散に駆けていった。そして彼の腕を取り、盾にするかのように背中へと隠れる。2人に迫ってくるのは最強のキャバ嬢・お妙。
「こら!離しなさい緋村!良い子だから!メッ!」
「嫌です1人で死にたくないですー!!」
互いが互いを庇いあうどころか己が生き残るのに必死で、それでも真撰組かそれでも万事屋さんですかという言葉ばかりを言いあってしまう。そんなやり取りをお妙が待ってくれる筈もなく、再び振り下ろされた一撃を何とかよけれたのは奇跡に近かった。
「取りあえず逃げるぞ」
「は、はいっ」
一歩でも凶刃から離れなければ首を狩られてしまう。混沌としている状況を利用して、2人は上手いことお妙から逃げるのに成功する事が出来た。
適当にソファーの裏に隠れ、飛んでくる空瓶防止用にクッションを被って辺りを見回す。ひとまず今何が起こっているのか分からない緋村は、隣に居る銀時に話かける。
「あの……」
「何だ」
「このお店はいつもこんなに賑やかなんですか」
「基本、な。……でも今日はそれがまた一段とうるさい気もするが…」
「………」
「将来有望な新人が来たんだとよ。一目拝んでみたいもんだねぇ」
「………」
「………」
「………好きなだけ拝んで頂いて結構です。その代わりがっかりしないで下さいね、一応傷つくんで」
「…………え?マジで?」
「………」
「マジでかお前」
「その反応沖田隊長にももらいましたよ」
と、少々恥ずかしそうに呟く緋村。周りに別嬪だ大和撫子と褒められても、それがどうも受けとめられないのだ。本当に自分の事を言っているのか、いやいや、そんな訳がないある筈がない。そんな気持ちが心の中に常にあった。
「……じゃあ着物とか着たのか」
「えぇ。もう着がえちゃいましたけど」
ちきしょー俺のバカヤロー後もう少し早く来てりゃ大和撫子姿を拝めたかもしれないのに家を出る前にトイレに行ったのが駄目だったんなファッキュー、という銀時の悔しそうな呟きは緋村には聞こえなかった。
それよりも、この喧騒から一歩退いた場所で改めて周りを見てみるともの凄い状況である事が分かった。どこからドンペリコールがかかっているかも分からない。笑い声と、たまに怒声と悲鳴が店内を行き交い、更には色んな物も飛んでいる。大人版枕投げ大会の様で、緋村はきょとんとしながらはしゃぎ回る大人たちを見ていた。歌舞伎町を見回った事は何度もあるが、店の中がここまで賑やかだというのは知らず、この状況が朝がくれば嘘みたいに静まり返るのが信じられなかった。いつ流血沙汰の事故が起こっても不思議ではない騒ぎっぷりは警察として見過ごせないが、みな楽しげにしているのにかわりはない。
「良いなぁ、みんな楽しそうで」
「お前もその中心に居たんだろーが」
「信じられないですけどね」
そう言って、実は髪にさしたままの椿の飾りを横に居る銀時の髪へとさした。銀色の髪に、赤い椿は文句のつけ様がないぐらい美しく映えていた。
「坂田さんの方が似合いますね」
「激しく嬉しくないんですケド」
嬉しくないどころか彼女に言われると更に凹みそうになる気持ちをこらえる。あともう少し早く来ていれば大和撫子姿が拝見出来たかもしれないのに、世紀の大チャンスを逃してしまった。
そんな銀時の後悔など知る訳もなく、彼女は愛おしそうにこの喧騒を見つめていた。
兄が話していた事をフと思い出したのだ。電話越しに聞かしてくれる江戸という街の話を。
自分達が住んでいた田舎とは比べ物にならないぐらい文化が発達している街である事、ターミナルという大きな建物が街の中心に建っているという事、歌舞伎町という夜なのに賑やかな町があるという事。言葉でしか想像できなかったその光景が、今まさに緋村の目の前に広がっている。これは兄が見ていた江戸という街の一角に過ぎなくても、それが少しだけ嬉しかった。
この光景の中に兄が居たかどうかは分からないが、賑やかな事が大好きだった彼がこんな楽しい場を見過ごす筈もないだろう。騒ぐ人々の中に、一瞬だけ共に笑っている兄の姿が見える様な気がした。
「楽しい事は良い事ですねぇ」
「あー?歌舞伎町はいつもこんなもんだろ」
「そうなんですか。なら落ち込んだ時はここに来ようかな」
そういえば、と彼女は思い返す。この街に居た頃の兄を、自分はあまりよく知らない。近藤や土方だって気を遣ってか話してくる気配もないし、そもそも知りたいという気持ちはあまり無かった。兄の事は全て分かり切っているつもりだったのだ。
それでも今この一瞬は彼女の知らない兄の居た世界。
「ここに来たらまた働かされるぞ」
「……………それは嫌……」
「……よっぽど大和撫子が疲れたんだな…」
大和撫子の話題にいけば気持ちやつれて見える彼女の心中を察し、銀時は自分の髪から飾り物を抜き差し、それをあるべき場所へと戻した。
「ま、たまには大和撫子も良いんじゃね?」
右耳の上につけられた花飾りは、彼女の素朴な美しさを際立たせるには丁度良かった。それでも、椿なんかより彼女の方がずっと綺麗に見えるのは銀時の贔屓目だ。
しばらくきょとんとしていた彼女だったが、やがてふんわりと優しく笑った。
「そう言って頂けるなら良かったです」
笑う時に少し下がる目じりが彼女の兄の笑った顔と似ているという事は、痺れを切らしまた迎えに来た沖田のみぞ知る。
そうして心配で見にきた新八や面白半分でついてきた神楽もアルコールの匂いにのまれ、いつの間にかどんちゃん騒ぎに参加していた。その合間を縫う様にして沖田に腕を引っ張られていた緋村だったが、振り返った先にちゃっかり酒を飲んで坂本に絡んでいる銀時を見つけ、思わず足を止めた。どうした、と沖田が声をかける。彼女は椿の花に触れ、訳も分からず込み上げてくる暖かい想いに笑みをこぼした。
「なんでもないです」
そうして、歌舞伎町のとある一日は過ぎていった。