綺麗な薔薇は薙刀を持っていた
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一方こちらはスナックすまいるの、関係者だけが立ち入れる控室。座敷に上がりゴロリと転がっているのは緋村だった。
「あーもう無理、ホントに無理、帰りたいです」
「フフ、たった数時間でこんなに儲かったのよ?ちゃきちゃき働かんかい」
喉にオッサンでも入っているのか、最後の言葉は麗しき乙女が出している声とは思えなかった。横たわる緋村の横でニコニコと笑い正座をしているお妙だが、その背景にはやはり般若…と言うよりも閻魔大王が見え隠れしている。これ以上ここに居ては舌を抜かれるんじゃないかと思う。
「糸さんが居たらここも安泰よぉ」
「御冗談を」
照れた様に笑いながら体を起こした緋村の髪には赤い椿の飾り物がさしてあった。口には紅も塗ってあり、お妙が選んだ着物は上等な振袖。しかしそれに引けを取らない彼女の素材の良さに、お妙はキャバ嬢としての将来性をしかと見抜いていた。
「真撰組よりお給料は良い筈よ?」
「それ相応の働きが出来る人ならでしょう」
「糸さんなら期待以上の働きをしてくれると思うけど…」
「あはは、ありがとうございます。お妙さんは人を褒めるのがお上手ですね」
本気の褒め言葉をどうもお世辞と受け取っているらしく、何を言っても響かなかった。こざっぱりしているというか、自分という人間の良い所をよく分かっていないらしい。
彼女が(脅されて)ホールに出た時、客には期待の新人と称され持て囃された。白粉と紅と綺麗な飾りと振袖という少ないアイテムを身につけただけで、真撰組隊士という恐ろしい役職はすぐに隠す事が出来た。もともと素材が良い分、お妙達があまり手を加えなかったのは正解だった。瞳の奥に備わっている真撰組としての強い光は、美しい容姿の中にも侍の様な凛とした芯が立っている風に見える。大和撫子の降臨だー、と奉られ何十人からの指名と何十本ものドンペリが店内を賑わせた。その混乱に乗じて、主役の彼女はそそくさと部屋に戻ってきたのだ。
お妙は畳に膝を滑らせ彼女に近づき、刀を握っているとは思えない彼女の綺麗な手をぎゅっと握った。
「もう少し自分に自信を持った方が良いですよ」
「自信…ですか……」
「ご自分で思っていらっしゃる程、貴女は出来の悪い人間じゃないんですから!さっきのだって見たでしょう?糸さんが少しお洒落して出ただけで、あれだけのお客さんが喜んでたじゃないですか!」
「ほんと、変わった趣味をお持ちですよね。私を見て喜ぶなんて」
「…………」
この人には何を言っても無駄か、と珍しくお妙が観念した時、急に立ちあがった彼女が徐に帯に手をかけて解いていく。
「今日は貴重な体験をありがとうございました。私はそろそろ戻らせて頂きます。局長の尻拭いは、私が責任もって局長自身にやらせますので」
そう言いきった後の緋村の行動の早い事。コットンで化粧をすっきり落として、皺を造らないよう丁寧に脱いだ振袖を壁にかけて、隅においやっていた隊服に袖を通そうと大胆にも下着姿を披露する。少しぐらい恥じらいを持ってくれないと、傍観しているお妙の方が何故か照れてしまった。まずはズボンを履いて、その後にシャツを着てボタンを留めようとする。ここでようやくお妙の目が覚めた。
「誰も脱いでいいなんて言ってないじゃないですか~」
顔は相変わらず笑っているが、般若にほほ笑まれたとてときめきはしなかった。
「いや、私も本職があるんで、そろそろ戻らないとーなんて……あは、あはははは」
素早くボタンを留めて、刀とベストとジャケットは胸にかき込む様に持って立ちあがった。じりじりと距離を詰めてくるお妙の影はやがて壁に追い込まれた緋村を覆う。気のせいでなければ影の形には角が生えている。
「こんな良い人材をみすみす逃すと思って?」
「あははははははははは………」
まさかスナックの控室で絶体絶命のピンチに遭遇するとは思わなかったし、丸腰の女性相手にここまで追い詰められたのは初めてだった。何度連絡しても繋がらなかったバカ上司の顔がフと浮かび、助けに来てくれなかった事を苦笑いしながら心中呪ってやれば、意外な救世主が彼女のピンチを救う。
「おー、ここに居ったがえ」
あははと豪快に笑いながら、千鳥足でやって来たのは坂本だった。その体にどれだけのアルコールを摂取したのか、頬は赤くなり手にはドンペリが握られてある。
「さ、坂本さん!」
お妙の隙をうまくつき、彼女は坂本の所へ逃げた。
「おまんが居なくなってから“大和撫子はどこじゃー”言うて、みんな探し回っちょる…って、どないしたがか?」
己の背に隠れる緋村がお妙を見て怯え、懸命にヘルプミーと訴えてくる。しかし頭パーの酔っ払いに救いの声が届く筈もなく、まだ残っているドンペリに口をつけてはあはははと笑っている。酔っ払いの完全体に救いを求めてしまった自分に思わず叱咤した緋村だったが、何分ここには坂本とお妙と自分しか居ない。閻魔大王に帰宅の説得を試みるより、酔っ払いに近づいた方が何とかなりそうな気がしたのだ。
しかし大きな背中の酔っ払いは「何で着物脱いだがじゃー?」と呑気に世間話をするばかりで役に立ちそうにない。かくなる上は坂本を投げ飛ばしお妙を足止めして逃げ出す案もあったが、それはそれで後が怖い。
このまま大人しく閻魔大王につかまり店に駆り出されるか、酔っ払いに犠牲になってもらい取りあえず逃げるか、いちかばちかで今すぐにでも逃走を試みるか…。どれを選んでもどのみち生きて帰れる気はしなかった。生気が全く感じられないライフカードではあるが、一つは選ばなければならない。ここは腹をくくって逃げ出そうと坂本の背から少し離れた時、廊下の奥から「お妙すわぁぁああああん」と聞きなれた声が近付いてくるではないか。この声は間違いない、近藤だ。
「ここに居らっしゃいましたか!もう何度も指名をし…」
「死にさらせゴリラがァァァアアアアア!!!」
もはや閻魔大王も怖れる程の形相で、お妙は壁にかけてあった(ゴリラ撃退用の)薙刀を振り回し応戦した。腕を広げて走って来た近藤だったが、薙刀の切っ先が己の額を確実に狙ってきていたので咄嗟に急ブレーキをかけた所でお妙の必殺・飛び蹴りが鳩尾に決まった。華麗に着地したお妙は可愛らしく頬笑み、ふぅ、と息をついてからすたすたを奥へ歩いていってしまう。恐らくは近藤に止めを刺す気なのだろう。
世にも恐ろしい出来事があっけなく繰り広げられた中で、苦笑いを浮かべる緋村とは違い坂本はまた楽しげに笑っている。お妙は去った、となれば脱出するのは今がチャンスだった。
「それじゃあ私はこれで」
隠れさせてもらっていた背に別れを告げて走り出そうとした時、急に腕を掴まれ、気がつけば壁に背中をぶつけ、目の前には坂本の姿があった。
「さ、坂本さん……?」
「いやぁ~、見れば見る程別嬪じゃの~」
サングラスの奥の目が完全に据わっているのが緋村にはしかと見えた。お忘れかもしれないが、彼は彼で純度100%の完全なる酔っ払いという人種なのである。敵はここにも居たのか、と後悔してる間にアルコールの匂いがどんどん自分に近づいてきているのが分かった。
「貴方はおりょうさん一筋なんでしょうがっ!」
珍しく焦った様子で坂本の肩を押し返してみるが、中々力では勝てず距離はどんどん縮まるばかり。
「ぎゃー!!!この酔っ払い!!!しっかりしろ!」
「あははははは酔っ払っとらんぜよ~」
「ならこの状況は何だー!!!」
遂に彼女の肘が曲がり、ぐんと近くなるアルコールに一瞬息が詰まった。目の前の男は完全に酔っぱらっている。きっと緋村の言葉は何も届かないだろう。救世主と思われた人物がまさかのトラブルメーカーだった悲劇に、思わず「沖田隊長のアホー!」と八つ当たりを叫んでみた。例え坂本がよくよく見てみれば男前という顔立ちであっても、この状況は如何せんよろしくない。どんどん迫ってくるアルコール毛玉との距離が10センチを切った所で、坂本の頭にもの凄い早さで空瓶が命中してしまった。
「!!!!???」
どさりと倒れ込んだ坂本を無視して瓶が飛んできた方を見てみれば、青筋を立てたおりょうがそこに居た。
「お店の子に手を出さないでもらえます~?」
日々、坂本からのスキンシップで撃退術に長けてきたおりょうの投げ技は見事だった。彼女こそ本物の救世主、と言わんばかりに緋村は「ありがとうございます~」と抱きついた。無事で良かったわとほほ笑むおりょうだったが、あれでは気が済まなかったらしく、とどめを刺してくるわねと一言言い残し坂本の方へ歩いて行ってしまった。手に持っているのはやはり空瓶。想像は出来るが、敢えて恐ろしい光景を見る必要もないので緋村はそそくさとその場を後にする。しばらくして坂本の悲鳴が後ろから聞こえた。
「(ここの人たちは逞しすぎるな……)」
お前もな、という銀時の突っ込みが聞こえそうである。
刀やベストを胸に抱いたまま裏口に足を向ければ、途中の角で誰かとぶつかってしまった。
「お、糸はっけーん」
「沖田隊長!」
「探しやしたぜィ」
「よく言いますね!どうせ昼寝してて電話に取ってくれなかったんでしょう!」
「良いから帰るぜィ。表に車停めてるから」
そう言うや否や彼女の腕を取り沖田はグイグイ引っ張っていく。あれだけ毒を吐いたものの、颯爽と迎えに来てくれたのには些かときめいた。…という場面ではあるが、どうもホールの方が騒がしく、彼女の思考は完全にそちらの方に向いてしまっていた。
「?賑やかそうですね」
「なんでも大和撫子が降臨したらしいですぜィ」
「へぇ~~~……」
「絶世の美女だとか」
「へぇ~~~……」
「強い目力にそそられたり…」
「へぇ~~~~~………」
「……え?マジで?」
「……………」
「マジで?マジでかお前」
真撰組辞めてキャバ嬢にでもなる気か、と言われ強く否定しておいた。今回はあくまで災難に巻き込まれただけであって、いわば事故。自分の意思でここに来た訳ではないのだ。それがどうやら沖田にも分かってもらえたらしい。
「ならその絶世の美女姿を俺にも見せて下せェ」
「茶化さないで下さい。皆さんが勝手に囃したててるだけです」
彼女が言いきった所で2人は賑やかなホールを見渡せる階段までたどり着いた。盛り上がりの波があちらこちらに起こっていて、その熱気と声に圧倒されそうになった。沖田の手が離れ、先におり始めた彼の背を追おうとすれば、キャバ嬢と客とボーイが行き交う中でお妙からのフルコンボを受けている近藤の姿を見つけてしまった。
「沖田隊長、近藤さんを回収してから向かいます!」
「おー、なら先に行ってるぜィ」
あちらこちらに飛んでいるクッションや酒瓶をひょいひょい避けながら沖田は行ってしまった。それと同時進行で身軽に階段を飛び降りた緋村が向かう先はもちろん近藤。あの細い腕から繰り出されるワンツーの威力はす凄まじいのか、混沌としたこの場で痛々しい音が耳に入ってくる。いつかは上司の少し曲がった愛情表現がお妙に伝わる日を祈り、彼女に声をかけようとした時、同じくしておりょうからのフルコンボを受けていた筈の坂本がホールに復活していて、めざとく緋村を見つけてしまった。
「お~探したがじゃ~」
「ぎゃー!!出た酔っ払いー!!!」
彼女の腰に抱きつき、一緒に宇宙に行くぜよ、と寝言混じりの何かを呟いている。純120%の酔っ払いになっていた。