綺麗な薔薇は薙刀を持っていた
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「いやー、おかしな展開になりましたね」
「まぁ諦めた方が身の為やで」
「ですね、諦めた方が良いですよね。じゃっ、私はこれで帰るので、衣装選びは諦めて下さい」
「それは無理とちゃう?」
動かん方が良ぇと思うけど、という花子の忠告を無視して緋村が立ち上がれば、一本の簪が彼女の頬を掠った。
「フフ、糸ちゃんってば、まだ帰しませんよ」
「ですよねー、そうですよねー」
そして大人しく花子の隣で三角座りをした彼女は膝に顔を埋めて「帰りたい…」と呟いた。
十五畳ほどある部屋にかけられているのは様々な着物だった。それを意気揚々に漁るお妙の目には、彼女をさらった時の暗黒さは無かった。しかし一度彼女が逃げようとすれば、銃弾よろしく簪を物凄いスピードで投げつけてくるのだ。その威力といったら、口に出すのもおぞましい……。
「私殺されるのかな…」
「まさか」
すっかり沈んでいる彼女の隣で花子は明るく笑った。
「アンタが可愛いから、ああやって張り切って似合う着物を捜してくれてるんやろ」
「可愛い?似合う着物?…ほんとキャバ嬢の方って褒めるのがお上手ですねー」
すっかり死んだ目で畳に「の」の字を書く彼女は、ようやくこの"スナックすまいる"から逃げられない事を悟った。
お妙が言った、修繕費を払ってもらうという意味は至ってシンプルで、彼女に稼いでもらった分を回すという事だった。つまりは店に出て、客から巻き上げた金をお妙に献上する。手っ取り早く且つ大金が手に入る方法だ。
「あの、お妙さん」
「なんです?」
「私ボーイとかするんで。なんなら用心棒でも構いません」
「あら、マニアックな所を選ぶのね」
「笑ってお酒を注ぐより、刀ぶら下げて怖い人達と対峙してる方が落ち着きます」
「おぉ!さすが真撰組やね!」
「でも、用心棒は何か大きな働きがない限りお金は入らないし……」
せっかく可愛い顔立ちをしてるんだから御洒落してみれば、という彼女達の助言も緋村には一切効かなかった。興味ないから良いです、と言われればそれ以上の言葉が出なかったのだ。
「でも勿体無いわー。真撰組なんか辞めてウチに来れば良いのに」
「なんなら週一のバイトでも良いのよ?」
「じょ、冗談はやめて下さいよ!」
2人の目が案外本気であった事に緋村はそろそろ本気の否定をして、どうやってここから抜け出すかを考えていた。
屯所に残してきた大量の仕事は両手を広げて彼女を待っている。今すぐにでも帰って片付けないと、数日後に控えている折角の非番が潰れかねない。
そこで一つ思い浮かんだ案が、自分の代役をたてること。小憎たらしいが、顔は充分といっていい程整っている王子が彼女の隊には居る。今頃、追ってくる仕事を蹴飛ばし畳で惰眠を貪っている最中だろう。ならせめて顔で役に立ってみろ、と言わんばかりに彼女は携帯に手をのばし沖田へ電話をかけようとした。
だがその時、何かに巻き込まれ襖が大きな音を立てて3人の居る部屋へ倒れこんでくる。
反射的に隣に居た花子の前へ出た緋村が刀に手をかけたが、襖ごと倒れこんできたのは髪の毛がモジャモジャした男であった。
「……わぁ、坂田さんの黒髪バージョンみたいだな……」
素直な感想を述べた彼女は、いつまでも動かないその人間の肩を揺さぶってみる。
「生きてますかー?大丈夫ですかー?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。いつもの事だから気にしないで」
苦笑いをもらし、驚かせてごめんねぇ、と謝りながらやってきたのはおりょうだった。もうこの人がしつこくて、とも言っている。
「おりょうさんが吹っ飛ばしたんですか?凄いですねぇ……誰の特訓の賜物ですかぁ?」
「フフ、糸ちゃん、どうして私を見るのかしら?刺しますよ?」
「ゴメンナサイ」
簪を構えられたのでサッと顔を戻した緋村は、顔面から倒れこんでいた男がようやく顔を上げて自分を見ていたのに気がついた。サングラスをかけているせいか、奥の瞳までははっきり見えない。数回瞬きをした彼女が沈黙に耐えられなくなり口を開こうとすれば、先に掴まれた両手。
肘をついて上体を起こしているモジャモジャ男に急に手を掴まれ彼女は益々反応に困った。何より、力が強くて手を振り払う事が出来ない。
「あ、あの……?」
「いやぁ、この店にはこがーな別嬪さんもおったがか」
「はい?」
「新入りさんかの?」
「新入りも何も、私はただ誘拐され…」
「糸ちゃん?」
「訂正します自分から望んでここに来ました」
後ろの般若の声に事実を折り曲げざるえなかった彼女は、全てを諦めた顔で男にそう言った。
するとやり取りを黙ってみていた男が「アッハッハ!」と明るい笑い声を上げる。
「ホステスさんにしては強い目をしとるぜよ」
「それはどうも。……って、ちょっと、手を離して下さい」
「見れば見る程別嬪じゃのぉ」
「も~離して下さいってば~~」
心底嫌そうな声を出しながら、繋がれたまんまの手を左右上下に振ってみるが、彼はめげずにアハハハと笑うばかりだ。
「わしの名前は坂本辰馬じゃ。おんしは?」
「………真撰組一番隊、緋村糸です……」
「真撰組!?」
「!?」
急に大声を出され隙を見せた間に、坂本と名乗るモジャモジャ男が体を起こし彼女の前に座りなおす。今まで見下ろしていた格好だったせいか体格がよく分からなかったが、目の前に座られれば土方ぐらいの背丈があり、しかも若干前のめりになってくるので背中が自然と反っていく。
「あの、ちょ、近…」
「真撰組には勿体無いき!もちっと可愛らしい格好をした方が良ぇぜよ」
「はい?いや、だから、近い……」
「刀なんか置いといて、綺麗な着物を着たらそら化けるに違いないぜよ!!」
「ば、ばけ…?」
言葉を捲くし立てるように近づいて来る顔に、背骨がそろそろ限界を迎えようとした時、2人の間を隔て一着の着物が現れた。
「糸ちゃんには、この着物がきっと似合うわ」
綺麗な笑顔で笑いかけてくるお妙に、彼女は乾いた笑みをもらす事しか出来なかった。