天邪鬼が笑う(終)
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下に降りれば、緋村はまず近藤の姿を探した。現場は多少落ち着きを取り戻しているもののまだまだ騒がしい。だが、ひとまず今回の事で頭を下げてから病院に行きたかったのだ。
山崎に少しだけ時間をもらい中庭へ出てみれば、現場指揮を取っていた近藤とちょうど目が合った。その瞬間彼女の顔に満面の笑みが浮かんだが、近藤は違っていた。
「後ろー!後ろー!!志村後ろー!!」
と必死の形相で叫んでいる。後ろという意味も分からないし、そもそも志村ではない。どこかで聞いた事のある言い回しの意味を思い出そうとしている内に、何かが彼女の後ろ襟を強く掴んだ。
「よお緋村……」
「!!!」
声だけでこんなに威圧感が出せる人物……鬼の副長こと只の鬼の登場だった。冷や汗を垂らしながらゆっくりと振り返れば極悪な笑顔を浮かべている彼がそこに立っていた。
「ひぃい!笑顔が逆に怖いです!!」
「取り敢えず潜入捜査ご苦労だった……ただね~言いたい事がね~沢山ね~あるんだけどね~」
「ヤダヤダヤダその言い方怖いです!!」
半泣きになりながら周りの隊士に助けを求めるが、とてもじゃないが彼らも近づけなかった。あの中に平然と突っ込めるのは沖田ぐらいしか居ない。みな物陰に隠れながら「ファイト」と可愛らしく両拳を握り声援だけを送ってくれている。
「薄情者ォォオ!!!」
「………ただ病院が先だからな。説教はその後だ。分かったか?」
「……ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした…」
「…チッ……分かってやってんのがタチが悪い」
本当は「ご心配をお掛けてして」と言ってもらった方が土方の気も晴れるが、上司としてその言葉はまだ貰えない。ひとまず病院で検査してもらって、屯所に帰ってきて説教と反省をさせた後に、個人的にどれだけ心配したかを近藤からの言葉で思い知らせてやるのだ。
「挨拶だけ済ませて、とっとと病院行ってこい」
「挨拶?」
半ば放り投げられる様な形で押された先には、今にも泣きそうな顔の皐月が立っていた。
「皐月さん!無事で良かった!!」
「それはこっちの台詞よぉおお」
駆け寄ってきた皐月にぎゅうぎゅう抱きしめられ、今日一番の嬉しそうな表情をしていた。
「頭殴られちゃったんだよね?後で私がちゃんと殴り返しておくから」
「喧嘩はいけません。これからも夫婦仲良く過ごさないと!」
体を離し、にこにこと笑いながら皐月の手を取った。
「改めて自己紹介させてもらいますね。真撰組一番隊所属の緋村糸と申します。以後お見知りおきを」
「知ってる。さっき一番隊隊長さんから聞いたもの」
「沖田隊長が?」
「ええ」
「……今回の事で怖い思いをさせてしまってすみません…。まさか皐月さんがここまで絡んでるとは思ってもみなくて……」
「ううん、いいの。私こそ貴女に沢山の心配と迷惑をかけちゃったから…。…えぇっと……糸ちゃん…で良いのよね?」
「!はい、糸ですっ」
「ありがとう。助けてくれて」
頭を優しく撫でてもらい、少し恥ずかしい気もしたが込み上げてくる喜びを隠す事は出来なかった。
にこにこ笑っている緋村を遠巻きに見ていた銀時は、壁に寄りかかりやれやれといったため息を小さくこぼした。
一時はどうなるかと思ったが、やはり真撰組隊士というか緋村糸という人間のお陰というか…。
「あの子がお前の天使的な存在なんだな」
何やら的はずれな言葉が聞こえ、顔を引きつらせながら振り返った。そこには変わらず澄まし顔の”料理長"が居た。しかし顔は少し晴れ晴れとしているのが分かる。
「やめてくんないその言い方」
「なんだ違うのか」
「違うな」
「あの子はお前の事を"恩人"だと言ってたぞ。へたに巻き込んで怪我をさせたら俺の事も許さない、とも言ってたかな」
「紹介しよう、あいつが俺の天使だ」
途端に表情を引き締め男前の顔を作ったのを見て、彼はたまらず小さく笑った。
「なんだ、お前笑えるのか」
「そりゃそうだろ」
彼にとったら銀時こそ、笑えるんだな、と言ってやりたい相手だった。
互いに攘夷戦争に参戦して命を削り合っていた日々を過ごした。特に銀時は「白夜叉」と恐れられた伝説の1人だ。
噂ばかりが世の中を駆け抜け、「白夜叉」という侍はとんでもない化け物だと彼の耳にも届いていた。実際の戦いぶりはその噂に恥じぬ程のものだったが、終戦して会ってみたらどうだ、普通の人間となんら変わらなかった。狂気じみた化け物の雰囲気を、彼は銀時から感じる事は出来なかったのだ。
「お前これからどうすんだ」
「別に。今までと同じだよ。幸いにもここの旅籠屋の主人達は理解をしてくれてる。こんなに騒ぎを起こしたのに、辞めたりしないだろうね、て笑って背中を叩いてくれたよ」
「そうかィ」
攘夷戦争に参戦していた事は罪では無いのだ。只人の受け止め方はやはり様々で、終戦してからの人生も勿論様々…。今回の事で銀時もそれを改めて思い直した。
「白夜叉」
「そんな名前じゃねぇっての」
「俺は、戦争に出た事を恥とは思っていない。アンタも思う所は多々あると思うが、俺自身は間違った事をしたつもりは無い」
「………」
「じゃあな。今回は助かった。本当にありがとう」
銀時に向けて小さく頭を下げ彼が向かった先は、緋村と皐月の所だった。自分が殴ってしまった場所を軽く摩ってやりながら、申し訳なさそうに微笑んでいる。それに対し緋村は「全然問題ないです」とでも言いたげな満面の笑みだ。
神楽と新八も3人に加わって、太陽の光が当たっている彼らの場所は銀時にとってまさしく眩しい場所だった。いつもなら自然と自分も混ざっている筈なのに、今は何故だか入る気にならなかった。
――恥とは思っていない。
「(…そうだな)」
争って戦う事を正しいと言っている訳ではない。恨まれる様な事もしたし、恨む様な事もされた。ただ、あの時あの瞬間を懸命に生きた事を、恥だとは思えなかった。
頭の中に浮かぶ昔の景色。いつかは新八や神楽、まだ話していない人達に伝える時がくるのかとぼんやり考えていれば、緋村が大きく手を振っているのが目に入った。どうやら銀時に向かってしているらしい。ついさっきまで人質として捕らえられていた人間とは思えない程の緩みっぷりだ。
「呑気な女だな」
そう言いながらも不思議と口角が小さく上がるのだから、やはり彼女様々である。
「おぉーい!坂田さーん!!」
「はいはい。いいからお前はさっさと病院に行ってこい!」
そして銀時も、陽が差し込む場所へと一歩踏み出した。
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