天邪鬼が笑う(終)
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今まで緋村と何度も死線をくぐり抜けてきた沖田は、今の悲鳴が本心からくるものだとすぐに分かった。演技から感じられない本物の切迫感があったのだ。例えば、急に真撰組が突入してきた事に驚き悲鳴を上げる此処の一般人のように。
全てを知っている旅籠屋の人間は客の避難に尽力してくれている。となれば、敵を引っ捕えるのが彼らに対する礼というもの。
多少早る気持ちを抑えながら隊を引っさげ、階段を登りきった先で待っていた数人を無駄のない動きで斬り捨てた。
「隊長は先に行って下さい!!」
一番隊の人間は何より腕に信頼を置かれている集団だ。斬込隊として使われる事が多く、誰が何処でどう動けば良いかも皆よく分かっていた。
今回は、隊長である沖田をすぐに緋村の所へ向かわせた方が良い、と隊の人間達が判断したのだ。それ程まで、彼らもさっきの悲鳴にただならぬ何かを感じたという事だ。
小さく頷いた沖田は部屋から出てくる数人を部下達に任せ、山崎から聞かされていた場所を目指した。大きな音を立てながら廊下を走り、ようやく目指していた部屋へ到着してみれば、そこには息を荒くして立っている緋村が居た。後は畳に完全に伏せてしまっている志士が4人…。
「………なんか違う。想像と違う」
「あ!!沖田隊長!」
「おま、折角俺がかっこよく助けてやろうと思ったのに」
全部彼女が片付けたのか、と思ったがどうやらそうではないらしい。何故か右拳を強く握る彼女の足下で、もう1人倒れている人間が居た。銀色の髪には巨大なたんこぶがあった。
「えーっと……そこに倒れてるのは旦那?」
「そうなんです!坂田さんが急に天井から忍者みたいに飛び降りてきて、私、それで、もう、ほんっとに驚いちゃって!!」
「………………」
悲鳴の真相があっけなく解明され、沖田は真顔のまま無線へ口を近づけた。
「えー、こちら一番隊。無事に糸を保護しやした」
「隊長!この階に居た者は全員取り押さえました!!」
「…って事で、任務完了でさァ。今の所は怪我人無し、どうぞー」
土方の指示が無線から飛んできたが、後ろで喜ぶ近藤の狂喜乱舞にかき消され全く聞こえなかったので、沖田は再び真顔で無線を切った。
後は捕まえた相手を早々に連れ帰り、旅籠屋の警戒を解いてやって、目の前の人間を引き取れば終わりだ。
右拳で銀時を沈めた緋村は、復活した彼に何やら文句を言われていた。
「何しやがんだ!!!」
「貴方こそ何してるんですか!いっつも危ない現場に現れて…!怪我したらどうするんです」
「お前に怪我させられたんですけど!!!」
「謝りませんよ私は!」
「ここに居る奴等全員片付けてやったってのに!!」
「誰も頼んでません!」
「はいは~い、喧嘩はそこまで~」
沖田が2人の間に入り、まずは彼女の肩にジャケットをかけた。
「そういや怪我してるんでしたねィ」
「え?あ、そういえば……痛いのもどこかに吹っ飛んじゃってました…」
「頭は一応診てもらった方が良いかもしれやせん」
血は止まったが、沖田の判断は正しい。のちのちに症状が出てくるのが頭部打撲のややこしい所で、早速「糸の病院の手配をお願いしやす」と連絡を取ってくれた。そんな沖田の背中からのぞく様にして、緋村は銀時を軽く睨んでいた。どうやら相当驚いたらしい。
「坂田さんも病院で検査受けたらどうですか、頭の」
「どういう意味だコノヤロー」
「どうして、そう、危ない事ばっかりするんですか」
「その台詞をそのままお前に返す」
「私は真撰組です。無茶をしたとしてもそれが仕事なんです」
前にも一度言った事がある言葉を返せば、明らか銀時の顔が不機嫌色に染まる。確かに彼女の言う通りかもしれないが、銀時としてはたまったもんじゃない。
今回は、隠れ場所から脱走した事に対しての制裁もあったが、もちろん緋村に迫る危機を排除する事にもあった。悲しきかな、毎度の事ながらそれは彼女にはこれっぽっちも伝わっていない。
仮に伝わった所でどんな変化が起こるか分からないが、あまりにも銀時が不憫に思えた沖田は、緋村の背を押して銀時の前に差し出した。
「旦那、少しだけ貸し出しOKでさァ」
「何ですか人を物みたいに扱って」
「お前は旦那に何か言う事があるだろうが」
本当はとっても空気が読める男・沖田総悟は、銀時への今後の貸しとして離れていった。てきぱきと隊士に指示を飛ばし引き上げる準備をする沖田に「?」を浮かべていた緋村だったが、不意に右頬を何かに抓まれた。もちろん相手は銀時しかいない。
「…いひゃいです…」
「何か言う事は」
頬を離され、ジンジンするそこを摩りながら不貞腐れがちに銀時を見た。彼の表情からは何を考えているか読み取れなかった。
「…………助けて下さってありがとうございました……」
「どういたしまして?」
「でも!あの登場の仕方は酷いです!」
「おかげで貴重な叫び声が聞けたわ」
「ホラ!また酷い!」
腹が立ったというよりは悔しい気持ちでいっぱいだった。
また助けてもらってしまった。今度こそ期待はしていなかったのに、やはり銀時は易易とそれを飛び越えてくる。
怪我はどこもしていないらしい。女であれど、一応真撰組一番隊に就く実力を持つ彼女も、素直に惚れ惚れするぐらいの立ち回りだった。
恐らく今回は戦力として役に立たないであろう手負いの女隊士の前に立ち、いつもの木刀を一本だけ持って数人を相手にしても平然としていた。
「(踏んできた場数が違うんだろうな…)」
「病院でよーく診てもらえ。特に、危機感の無いそのお気楽な頭をな」
憎まれ口を叩いてみたが、何故か緋村から反応が無い。じっと目を見つめてくるだけだ。そういえば、いつの間にか鬘を取っていた緋村。今は、珍しく女物の着物姿の彼女にじーっと見つめられている状態だ。照れなど今更発生しないが、この貴重な姿を目に焼き付けておこうと(脳内の)録画スイッチをちゃっかり押した所で、彼女が静かに口を開いた。
「……お願いですから…」
「…?」
「無茶をしないで下さい。じゃないと坂田さんに八つ当たりしなければいけなくなります」
「は?八つ当たり?」
「そうです、八つ当たりです」
もう、と小さく怒った様な声を出して銀時を軽く睨む。
だが銀時のあまりにポカンとした表情が面白かったのか、堪えきれず笑みをこぼしてしまった。
「ふふっ、変な顔」
「あぁ!?」
再び右頬を抓れば、彼女が両手でそれを剥がそうとする。餅みたいによく伸びる頬だなとボンヤリ思っていた矢先、今度お礼にご馳走しますね、と緋村。思わず銀時の思考回路が止まったので手がすんなりとはずれた。その手を彼女の両手が握っているという美味しい状況なのに、それに気づけないぐらい完全に動きが止まっていた。
コンドオレイニゴチソウシマスネ
こんどおれいにごちそうしますね
こんど、おれいに、ごちそう……
別に「あれが食べたい」「これが食べたい」というのが嬉しくて固まっている訳ではない。ただ、彼女の口から誘いの言葉が出てきたのが意外で、もちろん実現するとは思ってもいないが、そんな事はこの際どうでも良かった。
「………」
「…うん?どうしました?」
今度は銀時がじーっと見つめたと思えば、握られている手を上下に小さく揺らしながら「嘘ついたら針…」と歌いだした所で、彼の目の前に一本の刀が突き出された。
「はぁ~い、そこまで~」
「沖田隊長危ないですよ」
「山崎!こいつをさっさと病院に連れてけ」
「はいよ!」
「え、あ、ちょ…!頭痛いんだから揺らさないで〜!」
半ば強制的に連れていかれた緋村を見送る事も出来ず、取り敢えず銀時はまだ刀を向けられていた。
「このお邪魔虫が!駄目だよ!醜い嫉妬はいけないよ!」
「なんか久しぶりにすんげぇムカツキやした。何ですかィ、今の空気感は」
「言っとくけど、あれお宅の緋村サンが出してるもんだからね、銀サンはあの無自覚な空気にいつも振り回され…あれ、おかしいな、涙が出てきたぞ」
自分の玩具が第三者に取られると確かに面白くないものの、露骨に舌打ちをこぼしながらも沖田は刀をしまった。銀時の言う通りだと思ってしまったからだ。
「旦那にも色々聞きたい事があるんでパトカーに乗って下せェ。眼鏡とチャイナはもう下で待ってやす」
「はいはいっと」
気だるく返事をしながら、銀時は彼女に殴られた部分をさすった。じんじんと痛むが、珍しく本気で驚いたあの表情が可笑しくてニヤけてしまった所「気持ちわりぃ」と沖田に一蹴されてしまった。