天邪鬼が笑う(6)
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手首を掴まれ背筋が粟立つより先に昔の感覚が呼び起こされた。振り向きながら潜ませていた短刀を振りかぶった。
「えぇぇぇええええ!!!?」
だがあまりに間抜けな声に手がピタリと止まる。
「なんだ、お前か……危ないじゃないか」
「いや危ないのはそっちの方だから!何急に刀物向けちゃってくれてんの!?」
「大きな声を出さないでくれるか。バレてしまうだろう」
「腹立つぅぅううう!!!」
嫌な予感がしたので新八と神楽には来るなと伝え、銀時自身はこうして見つからない様にして3階の物置部屋に居る訳だが、そこに居た先客に気配なく近付いたのがいけなかったらしい。
「奇遇だな、こんな所で会うなんて」
「よく言うぜ」
隠れていた場所から勝手に出てきた彼に対し銀時は悪態をつくが、彼は特に反省した様子は無く我関せずといった感じで天井を見上げている。
恐らくは2人がここに居るという事は、考えている作戦は一緒なのだろう。
「さて、じゃあ行ってくるとしようかな」
「…どの部屋か分かるのか?」
「多分ね。俺も何度か呼ばれた事のある部屋だとは思う」
「呼ばれた?」
「ああ」
天井の板をはずす為、端に置いてあった埃のかぶっている脚立を彼は立てかけた。いっせいに埃が舞うのと同時に、どこか古めかしい昔の匂いが広がった。
「あんたは俺をどこまで覚えてるか知らないけど、俺はあんたを知ってる。戦場で何度も見かけたよ」
「そーかィ」
耳を指でほじりながら、銀時は適当に返事をした。
彼は脚立に足をかけ、天井の板に手をのばす。
「こう見えて少しは腕が立ってね、でも戦争に決着がついてから刀なんか持たなかった。これからは誰も殺さず、平和に生きていけたらと思って眩しい世界に戻ってきた」
そこで彼女と出会ったんだよ。板をはずすと同時に、彼はそう呟いた。
「毎日が楽しくて仕方なかったよ。皐月と結婚して、こんな俺でも幸せになる権利があるんだと思ったね。もう戦わなくて良いと思えば思う程、昔の事は記憶から消し去ろうとしていた。そんな時だよ、アイツ等が俺の所へ来たのは」
アイツ等というのは今回の黒幕である攘夷志士達を指していた。元は同士であった筈の彼らは勢力拡大の為に、もう刀を握らず眩しい日常で暮らしていた彼を探し出し、そして脅したのだ。
此方に手を貸さなければお前の女がどうなっても知らないぞ、と。それが口だけだとは到底思えなかった。過去であれ彼も攘夷志士だった身として、彼らの常軌を逸した一面をよく知っているのだ。手段を選ばない、というのは無関係な人をも巻き込む恐ろしい現実だった。
それを突きつけられて、彼が黙っている訳にはいかなかった。
「あんな戦場に戻るのは御免だ。刀を握るのも御免だ。だが…」
元々表情が変わらない彼だが、横顔がふいに研ぎ澄まされた空気をまとった。埃にまじり、銀時は戦場の匂いも少しだけ感じた。
「皐月が居なくなるのは、もっと御免だ」
終始耳をほじっていた銀時は、小指についていた耳垢を息で吹き飛ばし、面倒くさそうに頭をかきながら脚立に片足だけをかけた。軽く揺れて、バランスを取りながら、彼が銀時を見下ろす。
「最初はただの浮気調査だと思ったが、これが正真正銘の浮気調査だったらお前ら相当性格悪ィな。ただのノロケ合戦見せつけられてるだけじゃねぇーか」
「そうか、それは悪い事をした」
銀時の緩い嫌味を聞いて、彼は少しだけ笑った。
「否定も無しか」
「事実ラブラブってやつだからな」
「かーーっ!!」
「後は俺が行く。お前はここで控えていてくれたらありがたい。俺に何か起こったら後は頼む」
「挙句の果てには尻拭いまで俺ってか!?あー、やだやだ。悪ぃが、浮気調査はおしまいだ。後は俺自身の都合で動かさせてもうらぜ」
「都合…?」
「お前が怪我させたあの女隊士が脱走したんだよ。アイツなら絶対に俺達と同じ事を考えて、もう既に天井裏に潜んでる可能性が高い」
「……君にとっては、あの子が俺でいう皐月みたいなものか」
「勝手に解釈してんじゃねぇ。一発説教ぶちかましに行くだけだ」
嘘か本当か分からないが、2人の面白い関係性が垣間見えた気がして、彼は一度だけ笑ったがすぐに顔を引き締めた。だがぽっかりと口を開けた天井裏に入ろうとした時、しゅるりと何かが出てきたのだ。
「え」
「え」
「え」
3人の声が重なったと思えば、出てきた何かを一番上にして彼らは床へと落ちてしまった。もちろん一番下は銀時だ。
「いってぇっ!!!んだコルァ!良い歳してバランス崩して落ちてんじゃねぇよ!!バランス能力0かテメーは!!」
「いたたたた……そんな大声を出すな、気づかれたらどうするつもりだ」
「いったー…!…あれ、旦那方こんな所で何してるんですか!?」
天井から出てきた何かは山崎で、ぶつけた頭をさすりながら思わぬ2人の姿に目をまるくしていた。
「君こそこんな所で一体何を…」
「ああ、まあ色々と……。あ、言ってませんでしったっけ?俺も糸ちゃん…じゃなくて、弥生ちゃんと一緒の真撰組です。彼女が隊士であるのはご存知ですよね?」
「ああ」
「お前ら俺の上で話進めてんじゃねぇよ……!!!」
流石に大の男2人を乗せた状態で伏しているのは肺を圧迫するものがあり、息を絶え絶えにしてようやく声を出せた。
「どうしてこんな所から」
「皐月さんが匿われている部屋まで行っていました」
「そうか…中の様子は?」
「それが…」
「お前らいい加減にしろやァァアア!!!」
遂に実力行使に出た銀時は力を振り絞って起き上がり、尻餅をついた山崎の胸ぐらをすかさず掴み上げた。脅して吐かせよう作戦だ。
「ひぃ!?」
「言え、中はどうなってやがる」
「顔が怖いですって旦那!」
「3ー、2-」
「分かりました今言いますから!!!」
身の危険を察知して、冷や汗をかきながら山崎が口を開いた。
「皐月さんは、真撰組が保護しています」
「本当か!?」
もちろん声を上げたのは彼だった。微笑んで首を縦に振った山崎を見て、彼は心底安心しきった表情で額に手をあて長い長いため息を吐いた。脅されていた苦しみが体の中から出て行った気がした。
だが、彼女が真撰組に保護されたとはどういう事なのか…。
「その代わり今は糸ちゃんが捕まってます」
「マジで。なんなのアイツ。銀さんほんとに怒っちゃうよ。隠れとけっつったのにどんだけ前に出りゃ気が済むの。ねえ、ビンタしても良いかな、君たちの大事なお姫様にビンタしちゃっても良い…――」
「目が怖い目が怖い!!!!」
一変して安心できない状態に、彼はまた表情を引き締めた。
「弥生ちゃんは無事なんだな?」
「ええ、今のところは。でも相手に気づかれたらやばいですね」
「…で、お前はどこに行こうとしてやがった」
「皐月さんを近藤さん達に引き渡した後はずっと糸ちゃんの頭上で潜んでたんですけど、お腹すいた、っていう合図がきたのでコンビニに行こうかと思いまして」
「もぉおおおおお前らマジでなんなんだよォォォオオオ!!!!!」
驚くぐらい緊張感の無い人質と、人質の我侭をすんなり聞く地味な男に珍しく銀時は怒り爆発だった。
「あんぱんを買ってこいという指示が出たんですよ」
「ですよ、じゃねぇよ!!馬鹿かお前らは!!」
「馬鹿なのは自ら人質になった糸ちゃんでしょうよ。大丈夫です、真撰組が周りに控えてますから、彼女の合図次第で突入してくるでしょう」
「合図……?」
銀時達の声が重なった。つまりは事の収集をつける鶴の一声が彼女なのだ。
ようやく銀時の手から解放された山崎が尻餅をつきながら彼を見上げれば、あくどい笑みを浮かべているのを見て頬をひくつかせた。嫌な予感がした。
「そうか、上げさせてやろうじゃねぇか。鶴の一声をな…」
土方ばりの鬼みたいな悪い顔でクックックッと笑う銀時を、彼は呆れ半分得体の知れない恐怖半分、山崎は「ああ糸ちゃんご愁傷様」といった感じの諦めた表情で遠巻きに眺めていた。
「……愛されてるね弥生ちゃん」
「ええ、本当に」