天邪鬼が笑う(6)
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鬼の顔をしている副長の機嫌が悪くなれば、それは更に恐ろしいものとなる。
「あぁ?緋村が代わりに捕まってるだぁ?どういう状況だコラ」
途中まで順調だった潜入捜査が、どこでどう間違えて今の状況を招いてしまっているのか土方には分からなかった。だが幾つもの現場を知っている彼も、この現状ですら受け止めて一番良い案を出し隊士を動かさなければいけないのは分かっていた。ただ小言が出るのも勘弁してやってほしい。緋村が取った行動は、今の段階ではベストとは思えなかったのだ。
「さあ?俺もよく知りやせん」
旅籠への突入を虎視眈々と進めている真撰組は、沖田からの連絡を受けすぐに見張り場所へ集まった。
だが連絡を受けた時とはまるで違う状況になっていたのだ。
保護するのは顔が割れてしまった緋村の筈だったが、そこに居たのは旅籠で働いている女中。この場に居ない女隊士は敵に自ら捕まりにいっていたのだ。
飄々とする沖田の顔を見ているとさほど危ない状況だとは感じにくいが、どう考えてもよろしくない方向に向かっているだろう。
「あのバカ、すぐにばれるに決まってんのに何やってんだっ」
「まあまあ、落ち着けよトシ。あの子が心配なのはみんな同じだ」
「俺は心配云々の話をしてるんじゃないんだよ近藤さん」
「じゃあ土方さんは糸を心配してないんですかィ?あ~、ひど~い」
「心配してないとは言ってねぇだろうが!」
「素直に心配してるって言えよこのムッツリが」
「攘夷志士ぶった斬る前にテメーを斬ったらぁぁああああ!!!!」
刀を抜け総悟ぉおお、と土方が怒鳴りながら逃げる沖田を追いかけ回せば、せっかく整列していた隊士も迫力に押され蜘蛛の子の様にわあわあと逃げ回る。さっきまでシリアスムードだった筈があっという間にいつもの屯所の空気に変わってしまい近藤は苦笑い。皐月は勿論ぽかんとしていた。
「あ、えっと…」
「ああ、すみませんね。どうもけんかっ早い奴らばっかりで!」
大きな口で豪快に笑う近藤には、この事態に対しての焦りが全く見えなかった。そのお陰で、心拍数が早まるばっかりだった皐月の心音も徐々に落ち着いてくるのが分かった。
緋村が来た時の事を話さなければ、と皐月は自分の左手を握る。薬指にはめている冷たい何かに触れて、また妙に心が落ち着いた。
「弥生ちゃんが来たのは突然でした」
向かいの旅籠に聞こえるんじゃないかと心配になるぐらい騒いでいた真撰組の面々も、皐月の一言で動きが止まった。とっくみあいの格好のままこちらに顔を向けているのは何だか可笑しくて、思わず小さく笑ってしまった。
決して良い状況ではないのに無駄にいつも通りの彼等の様子は、さっき皐月に会いに行った緋村とよく似ていたのだ。危険な事も省みず、けれど不適に微笑み寧ろその状況を楽しんでいるかの様なある意味挑戦的なその態度が。
「天井の板が静かにはずれたなぁと思ったら、忍者みたいに弥生ちゃんが現れたんです」
「見張り役に見つからなかったんですかィ?」
「私が押し込まれていたのは四畳半の奥部屋で、襖越しに1人が居てる状態だったと思います。声を上げたらバレたと思うんですけど、有無を言わせず弥生ちゃんは私を部屋から追い出しましたから…」
「どうやって」
「山崎君が屋根裏で待機してくれてて、上へ引っぱり上げてくれました」
ここでまさかの山崎登場に土方は露骨に舌打ちをこぼした。潜入捜査に関しては一番の実績を持つ山崎が、ここまで阿呆な案の手伝いをしたとは中々の偉業だ。おおかた緋村に絆されさせられているのだろう。
あまりに身勝手で、組織の事を考えない無謀な行動だが、起こってしまった以上は仕方ない。幾度も絶望的な現場を経験してきた近藤と土方は、そこら辺には割かし冷静に事を見れるのだ。仕方ない、と割り切らなければ人を動かす事は出来ない。
ひとまずあのコンビの説教はこれが終わってから思う存分するという事で、土方がチラリと近藤に目を向ける。彼は土方が言いたい事を理解し、苦笑いを浮かべながら「そうだな」と返した。
「元々の作戦決行の合図は糸にあった。あの子が自ら捕まったのは、彼女を助けたいと思う点もあれば、責任を果たしたいという意味もあるだろう!いや、無いかもしれん!」
「どっちだ近藤さん!」
「まあ兎に角だ、糸が捕まっている以上助けにいかない訳もいかない!俺たちが今すべき事は、すぐにでも旅籠に御用改めし、攘夷志士を捕まえる事だ!」
局長である彼の言葉に、さっきまでおふざけムードだった隊士達の空気は一変して鋭いものとなる。一般人である皐月にも分かるぐらい場の空気が痛いものに変わってきて、思わず背筋がピンとのびた。
「一番隊は予定通り各自旅籠の配置場所で待機!三番隊は後援部隊として此処で状況を見る事と今後の連絡係を頼む!突入の合図は糸からのアクションだ!決して見逃すんじゃないぞ!!」
雄叫びを上げて気合いをいれたい所だがそれではばれてしまうので、この熱い気合いは攘夷志士と対峙した時に爆発させるべくグッと腹へと押し込めた。
がたいの良い男達だが、大きな音を立てる事なく移動を始めたのを見て、皐月の不安が少し煽られた。これから討ち入りが始まるという実感がわいたのだ。彼女も、旦那の事も、そして万事屋に迷惑を掛けてしまっている事も、急に再生されだした心配要素に胸が詰まった。
そんな時、未だに緊張感を纏わせていない沖田が皐月の前にやって来た。
「俺の部下が色々世話になったみてーで」
「え、あ、弥生ちゃんの上司の方…ですか?」
「弥生ちゃんっつーか、糸チャンね。真撰組一番隊隊士の緋村糸。真撰組では唯一の女隊士なもんで結構有名かと思ってやしたが……鬘だけで顔をぼやけさせれるならアイツの知名度もまだまだって事ですかねィ」
女隊士という存在は噂では聞いていたものの、まさか自分が働く旅籠に潜入捜査として入ってくるとは誰も思わない。それも、あれだけ暖かい空気を持った彼女が真撰組であるなど今でも信じられないぐらいだ。
「不思議な子だとは思ってましたが……まさか彼女が…」
「不思議なぐらいバカでしょう?自分が人質になるたぁ、働かせ過ぎて頭がおかしくなってるに決まってまさァ」
小さく笑いながらサラリと毒を吐く様子は、緋村と沖田の親密さを初対面の人間でも理解させるに十分だった。
「でも、とても良い子です。色んな話を聞いてもらいました」
「ああ、天然の人たらしですからねィ。惚れない様に気をつけて下せェ」
そんな軽口に、皐月も思わず笑ってしまった。
まだ少し話していたい気分だったが、隊士の1人に「隊長も早く行きますよ」と声を掛けられ渋々と返事をしていた。その様子がまた面白かった。
「じゃ、俺は奴を捕らえに行ってくるんでそこのゴリラみたいな局長と此処で待機してて下せェ」
「ゴリラ?」
「総悟きゅぅうううん!!?酷くない!?ねえ、酷くない!?」
数人の三番隊と同じく待機していた近藤に、何故か最後の最後で暴言を吐いた沖田は緊張した様子もなく部屋を後にした。