天邪鬼が笑う(6)
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万事屋と別れた山崎は、あれからも1人で皐月の姿を捜していた。さっきから緋村の姿も見かけないと気にはなっていたが、奥の角から気配を消して現れた彼女とちょうど鉢合わせになった。いや、逆に彼女にタイミングをよまれて出てきた様な気がした。
まだ鬘をつけて女物の着物を着ているが、一緒に仕事をしている山崎には、彼女をとりまく気配が既に真撰組一番隊隊士のものに変わっていたのがよく分かるのだ。顔には可愛らしい笑みを浮かべて山崎に近寄ってきたものの、彼女の雰囲気が針の様にチクチクと肌を刺してきた。
すれ違いざまに軽い会釈をして彼女は歩いていく。
すみません。
前後に何も付け加えず、山崎だけに聞こえる音で静かにそれだけを呟いた。
山崎はそれに応える事なかった。だが、彼女の姿が見えなくなったところで自然な動作で懐から携帯を取り出す。指が流れを覚えているのか、特に画面を見る事なく用件だけを打ってまたしまう。
その連絡を受けとったのは沖田だった。つい数分前、旅籠の蔵で何かが壊れる音が聞こえぼんやりと経過を見ていたが、山崎からの連絡で少なくとも緋村が関わっているのが分かった。
送られてきた内容は、たった2つの単語。「緋村」「除外」。
その文の意味はつまり、彼女がこの任務から離れる事。それと同時に離れなければいけない何かが起こった。真撰組としてあらゆる事態を想定しながら動いていくのだが、現場はいつも裏切った事件ばかりを起こし状況を乱す。今回潜入した2人の連絡橋を任されていると共に緋村の上司でもある沖田。顎に手をやってしばらく考えた後、下に控えさせていた一番隊隊士に彼女の保護を頼む様に指示を出した後、近藤への連絡も急いだ。
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蔵が壊れて攘夷志士は混乱しているだろう、状況を理解した山崎君はすぐに沖田隊長に連絡しているだろう、旦那さんと坂田さん達は皐月さんを探し回っているだろう、そして私は現場から引き上げなければいけないのだろう。
洗面所で自分の傷口を洗いながら彼女はぼんやりと思っていた。先ほどまで手足を縛られたピンチ状態に陥っていた等嘘の様だった。
明かりのついていない洗面所の鏡に写っている情けない顔に彼女はため息をこぼした。
「あ、そういえば私がお風呂洗いの当番だっけ…」
お風呂といっても、ここは旅籠。それなりに広い浴室を洗わなければいけないのだ。
この一連が終わるまで、彼女は攘夷志士に顔を見せられない。見つかれば今度こそどうなるか分からない。という事で銀時から出された案は、どこかで大人しく隠れてろ、との事だったのだ。
この時間帯は一般の客は風呂に入れない。風呂洗いの当番も本来ならば12時までに仕上げなければいけないので、従業員が入る事もまず無かった。灯台もと暗しというか、見つかりそうで見つからないこの場所で息を潜めなければいけないこのやるせなさ…。最初は嫌だと言ったが、山崎にこの状況を伝えにいく、という大胆不敵且つ無茶な案を銀時は飲み込んでくれたのだ。自分の我が儘を聞いてもらったのなら、相手の言い分も聞くのが妥当だろうとニートに諭されてしまった。
「はぁーぁ……」
足手まといというのがどれだけつらいかよく分かっている筈なのに、このざまは一体なんだ、と彼女は己を叱った。しかし事態が変わる訳ではないので、衣服置きの棚の影に隠れて座り込んだ。
その間に状況をもう一度整理してみようとするが、問題はたった一つしか無いのだ。
皐月が無事なのか、どうか。
あの夫婦が無事であるならば、彼女は攘夷志士の検挙など最早どうでも良かった。隊士としての任務を果たせないのは恥ずかしいが、全く関係の無い人間をさしおいてまでする事ではない様な気がしたのだ。
それが潜入捜査をして皐月と出会い、情がうつってしまったせいだとしても構わなかった。人と人との繋がりが何より大切である事は兄からも教えられてきた。
「(そうよ、人と人との繋がり……)」
万事屋であれ、あの夫婦であれ、真撰組であれ、彼女が守りたいと思うものを繋ぐのは人だ。彼女は、その”人”の部分になりたかった。
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蔵に起こった急な事に旅籠は騒然としているが、銀時にとっては騒々しい方が動きやすくも感じられた。まさかここに居るピンク色の髪をした女の子が蹴り壊したとは誰も思わないだろう。
「銀ちゃん、皐月姉どこにも居ないアル」
「まだ上があんだろ。行くぞ」
緋村と皐月の旦那は攘夷志士と顔を見せられない状態なので、彼女は脱衣所に、そして彼は厨房に隠れると言って先ほど離れた。
そして銀時は新八達を連れて皐月を捜していたのだが、嫌な予感がして新八を彼女と旦那の所へ行かせたのだ。そんな彼が焦った様子で帰ってきたのは、3階へ足を掛けようとした時だった。銀時の予感は現実になってしまっていた。
「銀さん!!緋村さんも旦那さんも居ません……!!!」
「やっぱり……」
「銀ちゃん分かってたアルか?」
とにかく優先すべきは皐月の捜索。神楽の質問に曖昧な返事をしながらも、否定はしなかった。
と言うよりも、あの女隊士が大人しく事の顛末を見守るとは少しも思っていなかった。自分から「じゃあ脱衣所に隠れています」の発言をする事がおかしかったのだ。くしくも、隠れる前に山崎に直接状況を伝える、という今思えば布石の様な案のせいでそこまで警戒していなかった。本当の願いを聞いてもらう為に、もしくは隠す為に、最初の方で反論させる様な案を出してきた彼女の計画性には最早呆れしか出てこなかった。銀時は見事にそれに引っかかり、今に至る。
嫌な予感というのは、本当に只の予感ですら無かったのに、一気に現実が肩へのし掛かってきた。
「緋村といいあの旦那といい……」
「どうしますか?」
「どーしたもこーしたも無いだろ…」
とことん自分を振り回すあの女隊士にため息をつき、取り敢えず3階へのぼろうかとした時に万事屋を引き止めた声があった。それは、真撰組隊士である山崎だった。
「旦那方、皐月さんは先ほど保護しました」
「マジでか!?ジミーのくせにやるアルな!!」
「しー!声がでかいって…」
無邪気に喜びの声を上げる神楽とは打って変わって銀時は思案顔だ。確かに喜ばしい報告ではあるが、このタイミングで彼女が保護させるとはどういう事なのか。これ程銀時達が捜しても見つからなかったのに、それでは説明がつかないのだ。
その表情に気付いてか、山崎は苦笑いを浮かべながらこう続けた。
「糸ちゃんが、皐月さんの代わりに捕まってるみたいです」