天邪鬼が笑う(6)
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壁を壊して現れた彼こと坂田銀時は、皐月の旦那の姿を見ても大して驚いてはいなかったが、隣に座り込んでいた彼女の存在は意外だったらしく、思案顔で見つめていた。
それもその筈、まだギリギリ彼女はこの旅籠の女中設定を貫いているのだ。
「(今度こそ駄目だー!!)」
隠しきれないのは分かっているのに、顔を反射的に背けてしまう。また生ぬるい液体が一筋流れてきたが、そんな事はどうでも良かった。
「捜したぜ」
「そうか。…随分と派手にやって来たんだな」
神楽の怪力に驚きながらも、彼は小さく笑っていた。さすが落ち着いているというか、守らなければいけないものが見えている人間は強いというか……と、考えていたあたりで誰かが近くでしゃがむ気配を彼女は感じた。
「お前……」
銀時の声だった。
「血ぃ出てんじゃねぇか」
「流れ上仕方なくて、俺が怪我させちゃったんだよ」
「マジでか」
彼の言うとおりあれは流れ上仕方なかった。彼女があそこで殴られて倒れた方が逆に良かったぐらいだ。
銀時が懐から手ぬぐいを出したのが見えたと思ったら、それが傷口に宛がわれた。
「もしもーし?大丈夫デスカー?」
これ以上はもう隠しきれなくて、彼女は「大丈夫です」と一言呟いた。裏声も何も使わない、緋村糸素の声で。
一瞬銀時の空気が固まった気がして、恐る恐る顔を上げようとすればそれより先に両頬を手で挟まれ、無理矢理彼の方を向かされた。
こうして面と向かって顔を合わせるのは久しぶりな気がして、努めて優しい声を出しながらこんにちはと言ってみた。
「……………貴女は緋村糸さんですか」
「はい、私は緋村糸です」
「えぇぇぇえええええぇ!!!?」
英文の模範文の様な会話の後にはもちろん銀時の大絶叫。ただでさえ神楽の蹴りのお陰で大きな音が立ったのに、そこへ銀時の声が重なれば必ず誰かが気づくだろう。
「えぇええええ!!!?おま、ちょ、えぇええぇええ!!?」
あまりにも大きな声なので、焦った彼女は縛られている両拳を銀時の顔面に振り下ろして強制的に黙らせた。
「ぐはっ!」
「しーっ!!!声が大きいです坂田さん…!」
「誰かがここに来る前に逃げた方が良いのかな…?」
「どうでしょう…。貴方がここに残って私が去った方が、アイツが無理矢理逃げた、って事で処理されませんか?もしくは、2人で去るかですね。破片が蔵の中に入っているのを見たら、外から壁が壊されたと見られます。第三者の匂いを残していくのも一つの手かと……」
「でもそれだったら皐月に危害が及ばないとは限らない。俺が残ってやられたフリをするのが一番だけど、こうなった以上は…」
「だったら、この事を真撰組のせいにして下さい。私が真撰組隊士であったと貴方は奴らに報告する。仲間を助ける為にあいつ等が乗り込んできたと言うんです」
銀時が地面に伏せている間に、2人は何やら難しい事を色々話している。頭を使うのが苦手な銀時にとって、そんなこざかしい作戦など聞きたくもなかった。
なにより今は、その皐月の姿が見えないのだ。1人で残るだとか2人とも去るだとかはどちらでも良い。守るべき対象をまず見つけなければ、誰も救えないのを銀時は知っていた。
鼻がまだズキズキするが、取り敢えず起き上がって躊躇する暇なく彼女の背と膝裏に腕を通して抱え上げた。
「わっ……!」
急な事もあり、そして手足が縛られているお陰でバランスが取れずに思わず自分から銀時の胸に寄りかかった。
「何するんですか!下ろして下さい!」
「俺等の依頼主が居ないんだよ。お前も手伝え」
「取り敢えず下ろして下さい!自分で歩けます!足が縛られても両足で跳びながら進みますからー!」
「こうでもしねぇと無理だろうが」
「貴方が居なくたって大丈夫です!!!」
足をばたつかせて足掻く往生際の悪い女隊士を、銀時は涼しい顔で抱え込みながら旦那の顔を見据えた。さあ立て、と言わんばかりの迫力に、彼は口元に笑みを浮かべながら立ち上がった。
抱き上げられて暴れている彼女と、急に空気が変わった銀時とのギャップが面白かった。しかしそれよりも、あの悲惨たる戦場で刀を振るっていた侍が、今はこうして女の子を抱き上げているのが何より可笑しかったのだ。平和な世の中になったものだと、場違いにもそう思えてしまった。
だが彼の平和を築くには1人足りない。銀時に旦那を守るようにと依頼した優しい皐月が…。
「そうか……だったら捜さないとね」
「私も捜しますから取り敢えず下ろしてー!!」
「よし、行くぞ」
「誰か私の話も聞いてー!!」
なんとか下りようと暴れてみるが、銀時の腕がそれを許さない。少し体がずれてきてもいとも簡単に抱き直されてしまうのだ。
「重いから下ろして下さいってばー!」
「耳元でデケー声出すなっつの!!」
全く緊張感の無い2人は無視して、彼は皐月が何処に居るかを考えてみた。恐らくは奴らと共に居るのだろう。だがこんな真昼間から連れ去られたとは考えにくい。旅籠は人の出入りも多いが、その分店を出るには必ず誰かの目を潜らなければいけない。女中である皐月ががらの悪い男達と居たら誰かが必ず異変に気付くだろう。
「だとしたら、何処かの部屋に匿われてる、か……」
ポツリと呟いた言葉に、言い合っていた2人の言葉がピタリと止まる。
「……その可能性はあるわな」
「この旅籠のどこかに、ですね」
彼女が真撰組である以上、今夜の討ち入りに支障は出したくなかったが、こうなってしまえば仕方ない。悔しい気持ちに胸を占められても、優先すべきは人の命。なんとかして山崎と合流し、近藤達にこの非常事態を伝える責任が彼女にはあった。
頭は相変わらず痛いが、血は滴る程出ていないし、指先はしっかりと動いている。後は、両手両足を縛っている邪魔なものさえ切ってもらえればすぐにでも銀時の腕から抜け出し、皐月を助け、そして攘夷志士討伐という真撰組の任務を果たす兆しが見えるのだ。
この状況で、一番良い選択肢はなんなのか。ズキズキと痛む頭で懸命に考えた。
とにかく銀時の腕からは下ろしてもらわなければ何も出来ない。紐を切ってもらうのは一番最初にしてもらう事だ。
問題はその後。
皐月の旦那の実力は未知数だが、今は一般人の彼に危険な真似はさせられない。かと言って銀時の腕っ節は分かっていても、”頼る”という選択肢はさらさら無い。
だったら、今動けるのは彼女のみ。疼く痛みを押し殺し、口元に不適な笑みを携えた。
「お二方、良い考えがあります」