天邪鬼が笑う(5)
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沖田と別れて旅籠に戻った山崎は、まず皐月の姿を探す必要があった。
別に捕らえようとしている訳ではない。寧ろ逆で、保護しなければいけない立場に彼女は立っていた。
今回、攘夷志士の会合場所としてこの旅籠が使われているという調べがついて、思わぬ所で出会ったのがこの皐月夫妻だった。
山崎と緋村が潜入して、会合時間と人数を突き止めて御用改めをする事に対し、此処で働いているこの2人が関係していたのだ。
料理長として働いている彼が、もともと攘夷志士である事は土方達からの連絡で知った。ただ今は活動もしていないし、普通の市民として普通に暮らしていただけだった。
只少し気になったのが、この広い江戸でわざわざ元・攘夷志士の居る場所で、過激派の奴等が集まるという事。こんな分かりやすい場所に集まらずとも、もっと慎重に姿を隠しながら物騒な物議を醸せば良いのだ。
緋村には彼の過去は教えてはいなかった。後で「何で教えてくれなかったんですか!」と怒鳴られるのは承知で、彼女には自分の任務を遂行しておいてくれた方が山崎にとっては楽だった。最早銀時にちょっかいをかけられすぎて、弥生ちゃん=変な女の子という位置づけに落ち着いたのは誤算ではあったが……。
とにかく、攘夷志士が居る部屋から彼が出てきたのを見た時、山崎は頭の中でフと考えた。
彼は、こちらに戻ってくる様に声をかけられているのではないか、と。
データベースに引っかかる程の実力の持ち主であるなら有り得ない話ではない。強く断れていないのは皐月を人質に取られているという線が一番濃かった。
恐らくではあるが、皐月はその立場を自覚しているのではないかという事。
そして、それを第三者から周りへこの事態を発信させようとしている…?
その"第三者"は、きっと……――。
「おー、ジミー。急にで悪ぃんだけど、俺らの依頼主探すの手伝ってくんね?」
髪を掻きながら、飄々とした態度で話しかけてくる彼こと坂田銀時率いる万事屋なのだろう。
「居ないんですか?」
「ああ。ちょいと聞きたい事があったんだが……見かけたら教えてくれ。新八と神楽もそこらへん探してるから」
鍋の中も探したんだけどな、と本当に探す気があるのか分からない発言を残し、銀時はさほど焦った様子もなく通り過ぎていった。
日頃から坂田銀時という男には重々気をつけろと言われているが、不思議な事に、教えられた筈の警戒心がいつの間にか奇妙な連帯感を生んでいる事がある。
気がつけば山崎は、ギリギリアウトぐらいの際どい質問を銀時にしていた。
「万事屋の旦那は、今回の事は知ってるんですか?」
足が止まって、何かを考える様に暫く黙っていた銀時だが、いつもの死んだ目つきの顔で振り返り「何が?」とだけ返し、去っていった。
「(掴めないなあ……)」
相当な人に狙われてるね糸ちゃん。哀れみにも似た労いを心の中で送り、山崎もあの夫妻を探すべく歩き出した。
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「守りたい、って……どういう意味ですか?」
「ん?そのままの意味だよ」
どうやら縄をほどいてくれる気は無いらしい。寝不足の頭痛とタンコブの痛みが良い感じに合わさってかなりの激痛が後頭部あたりに響いているが、悟られない様に目線を外さないまま一歩だけ後ずさった。
「私を真撰組としてアイツ等に渡しますか?」
「そんな事はしない」
「それは何故ですか」
「…さっきから質問ばかりだな」
だって分からない事だらけなんです、と頬を膨らますと、折角作っていた仕事の顔がポロリと落ちて、素の緋村糸が出てきてしまう。そのあまりのギャップぶりに、中々笑わない彼も思わず噴き出してしまった。
「面白いね君は」
「馬鹿にしてるんですかっ」
更に怒りながら緋村はもう一歩後ずさった。
「…万事屋さんは、何も関係ないんですよね?」
「うん?」
「あの人達は一般の方です。貴方も今はそうかもしれないけど、坂田さん達は正真正銘の一般人なんですよ。わざと巻き込んだ訳じゃないですよね」
「一般人?彼らが?」
彼の顔に、少し影がかかった。笑ってはいるけど、心は笑っていない冷たい顔だった。
「少なくとも、銀髪の彼はさほど一般人じゃないと俺は思うけどね」
「坂田さんの何を知ってるんですか。わざと巻き込んだなら承知しませんよ」
「やけに彼の肩を持つな」
「何度も助けて頂いた身なんです」
「へえ、彼が?」
坂田銀時という男を馬鹿にしている訳ではないらしい。珍しい、といった口ぶりが意味するものは一体何なのか。
額にまた生暖かいものが流れてきた。手で擦ろうとすれば、目の前の彼が近付いてきてまた優しく拭ってくれた。その瞳にはもう冷たさは無かった。
「戦場で、彼の姿を見た事があるよ」
「え……?」
一瞬何を言われたか分からなかった。
戦場で?
誰を見た?
「坂田さんが…攘夷志士……?」
「でも昔の話じゃないかな」
今は君の恩人なんだろう。そう言われて、彼女は静かに頷いた。
拭い終わった彼は、少しずつ真実を教えてくれた。
「皐月は、あの人達にSOSを求めてたんだと思うよ」
万事屋という胡散臭いなんでも屋に浮気依頼したと聞かされたのはつい数週間前だった。如何にして皐月に被害が及ばない様に、再び血なまぐさい世界へ誘ってくる浪士達を断ろうか思案していた彼にとって、その報告はまさに突然だった。そして意味が分からなかった。
結婚しても尚収まらない彼女の天真爛漫ぶり。よく笑いよく泣きよく怒り、そんな楽しい彼女の横にこれからも居る為に考えていた彼にとって、今は浮気だ何だと馬鹿な事には付き合いたくなかった。
「君の何気ない言葉で、もしかして、って思ったんだ」
――皐月さんは旦那さんを信じてあげて下さい。皐月さんが信じたものを、私も信じますから
「私…何か言いましたっけ?」
「覚えてないのが残念だね」
たまたま近くに居た時に聞こえたものだった。緋村の言葉が頭に引っかかって、ようやく取れた時に浮かんだ答えは「SOS」だった。
「皐月は、自分が人質に取られてて俺が上手い事動けないのを多分知ってる」
悟られない様に動いたつもりだったけど。その小さな呟きには沢山の優しさと思いやりがこもっていた。
「だから、事情を察した第三者が…つまり万事屋が、自分のSOSを外へ出す事を彼女は願ったんだろうな」
「…………」
「守るつもりがいつの間にか守られてるんだもんなぁ……」
「………」
結婚していない緋村にとって、愛なんてものは一切分からない。
それでも、守るつもりが守られてる経験は何度もしてきた。
大切な人達を守りたい。
奪われる悲しみは、もう二度と味わいたくなかった。
「…悔しいですよね。私もその気持ちだけは分かります」
「そうか…」
「………ただ、真撰組を見くびらないで下さい」
半ば睨みつける様にして上げた瞳には、もう可愛らしい女中の姿など無かった。
大切なものを守る時、人は鬼にならなければいけないのを緋村は知っていた。
「貴方の素性はきっとうちの監察がもう調べているでしょう。私が今夜の御用改めの合図という役目を担っていますが、ここで一夜を過ごしたってきっと代わりの適任役を副長がすぐに立てて下さいます。後は局長達に任せればきっと任務は上手く進みます。皐月さんだって危害が及ばない様に保護してみせます」
「………………」
「じゃあ貴方はここで何をしてるんですか?血を流してる可哀想な女中を見張ってるだけですか?彼女を守りたいなら、すべき事がありますよね?」
そう言って、不機嫌そうな顔で目前に差し出したのは縛られた手首だった。きょとんとしている彼に向けて、緋村はただ一言「だから早く切れ」とだけ言った。
「あ、あと万事屋さんも侮らないで下さいよ。あの人達は本当に凄いんですから。坂田さんが元攘夷志士だからって何です!別に、私はっ、動揺なんて!」
「………したんだね」
「…………」
せっかく格好良くまくし立てようとしたが失敗に終わった。差し出した手もおろし、ついでに頭も下ろした。
別に高杉晋助の様に現在も過激なテロ活動をしている訳ではない。寧ろ過去の事なのだ。そう割り切りたいが、何故か心に引っかかった。
「……でも、彼は凄いんです。恥ずかしい話、隊士の私なんかよりもずっと…」
「……誤解しないで欲しいのは、別に彼の過去を軽蔑している訳じゃない。君と比べたい訳でもない。ただ……」
「……ただ、何ですか…?」
ガチャリ。突如として南京錠の音が聞こえて彼女は目を見開かせた。
誰かが近づいてきている気配は微塵も感じられなかったのだ。
話している事に夢中になりすぎた自分を責めながら、もう一度気を失ったフリをしようとした時だった。
「ほあちゃぁあああ!!!!」
神楽の雄叫びと共に重い扉に難なく大穴が開いた。これをぶち破った黄金の右足ならぬ神楽の白い足には扉の破片が幾つかついていた。かなりの怪力ぶりに、緋村は口を開けて呆気に取られていた。
息苦しかった倉庫に突如として出来た大穴。新鮮な空気と一緒に外の光も差し込んできて少し眩しい気もした。
そして聞こえたのは、緊張感のないあの声。
「よし。神楽はジミーに、見つかったって伝えといてくれ」
「あいあいさー!」
可愛らしく敬礼をした神楽は、特に中を確認せずに去っていった。その代わりと言ってはなんだが、1人の人物が中へと入ってくる。最初は逆光でシルエットしか分からなかったが、誰だ、と聞く程混乱はしていない。
ただ少し、ホッとしている気持ちを持った自分に、彼女はまた驚いただけだ。
「おうおうお二人さん、昼間っからこそこそ隠れて何やってる訳?」
質問こそ緊張感の無いものだが、銀時らしい言い方に吹き出しそうにもなった。
だが、自分はまだ弥生という女中で通っている事を思い出し、急いで顔を背けた。
そんな銀時と緋村の事情を知らない彼だが、優しい声で彼女に聞こえる様にだけ呟いた。
ただ、君の恩人って話は本当なんだな。
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