天邪鬼が笑う(4)
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「危なかった危なかった危なかったー……………!!!!」
彼女自身なんとか誤魔化せた気でいるが、あれが誤魔化せているかは甚だ謎である。
朝の忙しさの間も、常に「危なかった」と呟きながら仕事に勤しんでいた。山崎が不思議そうな目で見ていなかったという事は、何があったか大方察しているのだろう。
旅籠の客は、朝食が終われば観光に出るので、昼食をここでは済ませない。なので、15時あたりまで一息つける時間が今まさにこの時だった。
夜明け前と似て、静かな昼下がり。従業員用の離れの廊下を早足で歩いているのは緋村だった。
「(山﨑君どこ行ったんだろう…)」
銀時から仕事へと頭を切り換えて仲間の姿を捜していれば、北側から一瞬光を顔に当てられた。それはまるで小さな鏡にたまたま太陽光が反射したかの様な不自然な光線。一度しか当たらず、方向を捜すのに手間取ったが、一つ不審な場所を見つけた。
それは向かいの旅籠の2階なのだが、彼女がそちらに視線を向けた途端に少ししか開けていなかった障子を思いっきり閉めたのだ。
「…………」
軽くその場で立ち止まったものの、その後の行動は早いものだった。誰も居ない厨房から幾つかの野菜を拝借して籠にのせ、それを抱えたまま例の旅籠へと向かったのだ。
同じく一段落終えている此処もひっそりとしていて、裏口にまわって声をかけた。
「ごめんくださーい。向かいの者ですけど、野菜をお届けに参りましたー」
「ご親切にどうも」
奥から人の良さそうな女将が出てきて、自然な動作でその籠を受けとった。
「うちの庭でも美味しい野菜が沢山取れたのよ、貰ってって頂戴な」
「では遠慮なく」
「量が多いから、中まで取りに来てもらっても良いかい?」
「分かりました」
「2階の座敷に置いてあるから」
「はい」
2階に続く階段で2人は別れ、緋村だけが上へ向かう。小さな足音を立てながら、お目当ての部屋を勘だけで探り当てた。
そこには、山崎と隊服姿の沖田が居た。
「こんにちは。お野菜を頂きに参りました」
「よく来たな野菜売りの少女」
「やめてくれませんかその言い方」
「まぁ座りなせェ」
「ちょっと、野菜が喋っちゃ駄目じゃないですか」
「あん?俺を野菜扱いするたァ良い度胸じゃないですかィ」
「何やってんですか2人とも」
座敷に入るや否や、いつもの調子を取り戻す彼女と、野菜扱いされてしまった沖田。
「こんな所に隠れてたんですか?も~、何で教えてくれなかったんですかぁ」
「女中の弥生ちゃんは黙って仕事してりゃ良いんでさァ」
「うるさいですよモヤシ」
「何で敢えてモヤシを選びやがった」
沖田に頬をギリギリと抓られ、仕返しにと彼女も抓り返す。今日の夜、討ち入りをする者とは思えない程の余裕な態度だった。
この場に居るのは沖田と山崎と緋村。となれば、止める役はもちろん山崎しか居ない。
「はいはいストーップ」
「絶対ほっぺ真っ赤になった…」
「男前が台無しでィ」
「時間が無いんですから遊ぶのは後にして下さい!…にしても、上手く入ってこれたね糸ちゃん」
「店の人が機転をきかせてくれたから」
実は一か八かの訪問だった。たまたま光が跳ね返って自分に当たっただけかもしれないし、ましてや本当に沖田達が居てたとしても、野菜を持ってきましたで通してもらえるとは思わなかったのだ。
「野菜の籠にね、警察手帳を忍ばせておいたの。持ってきた時に女将さんに見える様に」
「あぁ、だから此処まで通してくれたんだ…」
「近藤局長達は?」
「屯所で準備してらァ。俺はここで待機。後3時間したら一番隊と合流っつー流れ」
「そうですか………で、私はどうすれば良いんですかね?今日の流れを何も知らないんですけど」
「弥生ちゃんは旅籠の看板娘にでもなっておきなせェ」
「それって遠回しに役立たずって言ってます?」
「ばれた?」
「はぁ?」
「ストップストーップ!!喧嘩はやめて下さい」
再び一触即発の雰囲気になり、山崎が間に入って止めた。これなら緋村を呼ばなければ良かったとも思えたが、彼女が居なければ今日の討ち入りは中々難しいものになってくる。真撰組が入ってくる合図を、彼女にしてもらわなければいけなかったのだ。
狙う時間帯は、午後10時頃。宿泊客の晩ご飯の片付けも終わり始める時。従業員も数人だけが残り、3階に居る団体客への料理を運んだりするだけで他は休む支度を始める。その数人に緋村も山崎も入っている。
山﨑が攘夷志士の人数を確認して、彼女が料理を運びに入るついでに2回目の確認。人数に1人でも変動があれば此方の対応も全て変わってくるのだ。場所も狭い、ましてや一般の旅籠で人数で押し勝つ様な大騒ぎは出来ない。こういった場面ではスピードが勝負。…となれば、2人の情報が真撰組にとっても、そして旅籠の人間にとっても命綱となる。
「糸ちゃんは旅籠に戻ったら、言わば普通に働いてて欲しい」
「もう此処で合流したりはしないんですね?」
「一番隊が行くまで良い子で待ってなせェ」
「ヘマしないで下さいよ」
「3階から料理の注文が入ったら、それは全部任せたからね」
「分かりました。…じゃあ私は戻ります。此処に入ってくるのを誰かに見られてたら大変ですし…」
すっと立ち上がった彼女に、沖田が声をかけた。
「どうされました沖田隊長」
「髪、ほつれてやすぜィ」
「え、なおして下さい」
素直に沖田の前に正座すれば、彼が手をのばしてほつれている髪を丁寧にほどいていく。ぱっと見、鬘には見えないが、触ってみればやはり髪質に違和感がある。
「……旦那とはばれずに上手くやってるんですかィ?」
「あれ、何で知ってるんですか」
「旅籠の情報は筒抜けでィ」
「うーん…………………もう自分からばらしちゃって良いですか」
「諦めたらそこで試合終了です。…ほれ、終わった」
「ありがとうございます!では隊長、また後で!」
「頑張ってネ弥生ちゃ~ん」
立ち去る時に、ニコリと微笑み返して部屋を出ていった。しばらくすれば、この店の計らいで本当に野菜を貰った緋村が外の道を歩き旅籠に戻っているのが見えた。入る途中、客と出くわして楽しそうに話している姿も見える。その様子はまるで本物の看板娘の様だ。
「やべぇ、本当に看板娘になってらァ」
「旅籠でも人気ですからね。よく働いてくれますし、可愛いですし」
「でもセミロングは違和感があって気持ち悪い」
「素直に褒めてあげれば良いのに…」
案外すんなりと馴染んでしまい、転職されたらどうしよう、と心配していた昨夜の近藤の姿を思い出す。そもそも、近藤から「女の子大作戦」を打ち出しておいて、その結果に怯えるとは滑稽だ。女性として振る舞おうとしている緋村を見るのは、沖田としてはとても愉快千万。しばらくこのまま放置しておきたかった。
「弥生ちゃんも今晩で見納めですかィ」
「ですね。ちょっと残念です…。じゃあ俺もそろそろ戻ります」
「糸と旦那の引き離しは頼みまさァ」
「余裕があればしますけど……でも沖田隊長、糸ちゃんには余計な情報を与えたくなかったんですけど…どうにも悪い予感がしますよ」
「?」
下からは、まだ楽しそうに話している彼女の声が聞こえる。今夜の討ち入りのタイミングを彼女が担っているという事は、真撰組の犠牲を防げるかという事にも繋がってくる。全ての歯車が狂い出せば、例え真撰組の人数が多くても多少の犠牲が出る可能性がある。
それは、結果的に此方の負けなのだ。
障子の隙間から山崎が外をのぞけば、笑顔全開の緋村が居た。監察方として色々フォローしてやりたいものの、事態がよくない方向に向かっているのだと、彼は沖田に言った。
「皐月さんご夫妻の姿が、さっきから見当たらないんですよ」
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