天邪鬼が笑う(4)
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ようやく旅籠に賑わいが出てきた。皆が起き出し、目まぐるしい一日を始めさせている。
その中にもちろん彼女と皐月も居る訳で、朝食を運ぶのに早速フル回転で働いていた。
「ふぁ~ぁ」
「弥生ちゃん眠れなかったの?」
「えぇ、まあ」
「寝不足は肌に悪いのにー!」
「ミカン食べてるから大丈夫ですー」
2人のそんな何気ない会話を耳にした山崎は、緋村が寝不足気味である事を再確認した。"再"というのは、一晩中起きていた山﨑だからこそ知っている情報。
皐月と遭遇して別れたあの後、人気の無い場所で情報整理をしていた所、何かの気配を旅籠で感じたのだ。それは別れてちょうど1時間後ぐらい。寝起きにしては動きが機敏で、まるで夜に溶け込もうと気配を消して動く何か…。それが緋村である事は、姿を確認せずとも分かった。
屯所では夜番の時以外、たっっっぷりと眠る緋村にとってこの寝不足はつらい筈だ。任務に支障が出る前に、さっさと終わらせなければいけない。
しかし今の所彼女に問題は無い。一瞬迷いや戸惑いを感じてはいたが、今朝の顔を見る限り何か吹っ切れた様な表情をしているし、周りとも上手くやっている。
只一つ強いて問題を上げるなら………。
「神楽ちゃん!それはお客さんのだから食べちゃ駄目だって!!!」
「だってこの魚が私に訴えてきたアル!僕を食べてよ~美味しいよ~(裏声)」
「自分の欲望に勝とうとしろよォォォオオ!!!」
万事屋ファミリーが居る事だけ…。
引力の如く引き合う銀時と緋村のお陰で、仕事中に何かと邪魔をされる。頑張って逃げてはいるみたいだが、ばれるのも時間の問題である。
厨房でギャーギャー騒いでいる新八と神楽の声を背で聞きながら、山崎は自分の仕事を片付けつつ周りに目を配らせる。
「(万事屋の旦那が居ない……)」
もしかしたら別の場所で作業をしているかもしれない。そう思いたかったが、いや~な胸騒ぎに「まさかね」と思わず山崎は呟いてしまった。
「次は"椿の間"に持ってって頂戴な~!」
「はーい!!!」
旅籠を行き交う元気の良い指示に、緋村もまた元気な声で返事をした。
料理を運び終えた御盆を抱え、入り組んだ形になっている2階の廊下をすり足で歩く。
旅籠全体が西向きになっているので少し朝日が入りにくい造りになっており、そのせいか、ほんのちょっとだけ薄暗い気もする。それでも、朝特有の活気さは溢れていた。
忙しさの中に身を置いている時は、任務の事も少し忘れてしまいそうになる。弥生という女中として、ここの旅籠に溶け込んでいる彼女は完全に油断していた。
角を曲がれば、廊下に置いてあった何かにぶつかる。ついでに持っていた御盆が鼻にも直撃してしまった。
「いったー…」
鼻をさすりながら置いてあった何かを見てみれば、一気に肩が強ばった。
「よぉ、奇遇だな」
「(絶対奇遇じゃない~!)」
それは物ではなく、待ち伏せていた銀時だった。
怪しまれている事は分かっていたものの、まさかこんな時間帯にこんな場所で奇襲をかけられるとは思ってもいなかった。油断していた彼女の負けだ。
「お…オハヨー、オハヨー」
「何その鳥みたいな喋り方は」
鼻をさすりつつ、咄嗟に顔を下に向ける。周りはどたばたと騒がしいのに、何故か2人が居る一角は誰も通らない。
「(山崎君―!!!ヘルプー!!!!)」
念を送るが、山崎はお茶碗にご飯を盛るので大忙しだった。
「顔を背けやがったな……やっぱり怪しい」
「怪しくないヨ、普通の人間だヨ(裏声)」
「こんな普通の人間が居てたまるか!」
ジト目で睨まれ、御盆で顔を隠す。自分自身、この行動が怪しく見える事ぐらい分かっている。もういっその事、真撰組隊士の緋村でした~と白状したい衝動に駆られた。
山﨑と緋村という真撰組隊士が2人もここに居れば、銀時だけではなく万事屋としても何かに気づくだろう。そうなれば、巻き込まれるという可能性ももしかしたら出てくる。
だが、万事屋の実力を彼女も段々と分かってきていた。特に目の前に居る彼には幾度となく助けられた身だ。
「(仮に討ち入りの場に居合わせてしまっても、坂田さんなら……)」
…と思った所で、ハッとなった。そもそも、一般人を討ち入りの場に居合わせてしまう等真撰組として言語道断。挙げ句の果てに「大丈夫」と思ってしまった自分に驚いた。高天原の一件で自分なりに反省した筈なのに、まだ足りなかったらしい。
意地でも隠し通さなければいけなくなった。
「あの……私、仕事があるので……」
普段の声とは違う、か細い声で申し訳なさそうに謝ってみた。向けられている視線の居心地を悪さといったら、任務でやらかしてしまった時に向けられる土方の視線と似ているものがあった。目で萎縮してしまうとはこういう事だ。
「何か俺にだけ態度がおかしくねぇか?」
「……そんな事ないです…」
「………怪しい…」
「(やっぱもう無理だ山﨑君―!!!!)」
心が既に折れかけている彼女に、鋭い銀時の追求はつらかった。
銀時としては、彼女の正体は別にどうでも良いのが本心だった。ただ、昨日アッパーされた恨みが心の中に沸々とあって、その真相を聞くべく、といった感じだ。
体を小さくさせて下を俯かれては、まるで此方が泣かしたかの様な気分になってくる。依頼先の仕事場で知らない女、ましてや全く関係のない人間を泣かせたとあっちゃー何かと人聞きが悪い。
取り敢えず第1ラウンド終了の鐘を頭の中で勝手に響かせて、髪をかきつつ小さなため息をこぼした。
「はぁ……そんなに縮こまるとは……」
「………」
「悪かったな、仕事の邪魔して」
ここは紳士(?)らしく引き下がった銀時は、彼女に背を向けて歩き出そうとした。
それを見た彼女は、驚いた事が2つある。
まずは、あっさりと退かれた事。
優しさなのか何なのか分からないが、退いてくれた事は有り難くもあり、出鼻を挫かれた思いもした。実は緋村でした~、と告白しようと折角意気込んだのに、この気合いは一体どこへ飛ばせば良いのか…。
そして2つ目。それは、飛んでいった気合いのたどり着いた場所だった。
本当に一瞬の出来事だった。
彼女の右手が、立ち去ろうとしていた銀時の右手を後ろからしっかりと握り引き止めてしまったのだ。怪しい者じゃなくて緋村なんです、と気付いて欲しいかの様な思いを、無意識に手に込めてしまったのか握る力が少しだけ強かった。
彼女と同様、銀時の動きも止まる。
5秒ぐらいそのままの体勢が続いた。その間に彼女が打ち出した答えはこうだ。「何で引き止めたんだよ私!」
「どうし…」
気になった銀時が振り返ろうとする。しかし、た、まで言わせてはもらえなかった。
プロボクサーも驚きの左ストレートが紳士的行動を起こしてくれた銀時に直撃したのだ。
「ぐはぁっっ!!!」
「ごめんなさいすみません私の左手が吸い込まれる様に貴方の顔にィィイ!!」
全く意味の分からない言い訳を叫びながら、廊下に倒れ込んだ銀時の横を走り抜けようとする。
だがそこは流石万事屋、やられたら基本は倍返し、という信念を持っているだけあって、うつ伏せに倒れ込んでもすかさず手を伸ばした。狙うは、着物の裾から見える細い足首。この際女だとかいうのは関係無かった。人に対して左ストーレートをぶちかましてくる方が悪いのだ、と言い聞かせた。
足首を掴んでこけさせてやらぁ!
そんな大人げない復讐心の下、手を伸ばしたものの、彼女は気配を察してぴょいっとジャンプして容易く避けた。そして走り去ってしまったのだ。
その場に残されたのはうつ伏せになっている銀時と、獲物に逃げられてしまい虚しく伸ばされている右手。さっきまでこの手を掴んでいたのは彼方だったというのに…。
「アイツ……!」
更に膨れあがった復讐心を力に、銀時はややあって起き上がった。さほど攻撃力は無かったが、迷いなきあのパンチと逃げる時の身のこなしは中々だった。
