天邪鬼が笑う(4)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
旅籠の誰もがまだ眠っている3時過ぎ。布団の中でぱちりと目を開けたのは弥生ちゃんこと緋村だった。つい1時間前に寝たばかりであるというのに、任務の事で頭がいっぱいであまり眠れなかった。中途半端に1時間だけ寝てしまったので頭痛がした。
彼女に与えられている部屋は、数人の女中と相部屋だった。皆気持ちよさそうに寝ているので、起こさない様に布団から出て身の回りの支度を終え、まだ真っ暗な廊下を歩き洗面所を目指す。
朝なのか夜なのか区別のつかないこの時間帯に歩くのには一応慣れている。夜番ならば、このまま6時まで働かなければいけないのだから。
女中の格好をして、別の人間として周りに振る舞い続けるのも今日で最後。御用改めが行われるとは思えないぐらい静かな一日の始まりだった。
旦那さんと女将さんはきっともう起きているだろう。皆が起きてくる前に、もう一度2人に今日の事について挨拶をしておいた方が良いと考えた緋村は、恐らく同じくして起きている筈の山崎の気配を探った。
その時、通りかかった厨房から何か良い匂いがしてきたのだ。朝食の準備は昨晩の内に仕込んでいるし、料理長達が居るのならもっと活気のある音がする。
不思議に思った緋村が覗いてみれば、そこには皐月の旦那が居た。
「おはようございます。お早いんですね」
「!あぁ、おはよう。君も早いね」
彼は割と寡黙な人間なので、特に会話は続かない。しかし突き放す態度も取ってこないので、一緒に居てても居心地の悪さ等は感じなかった。
何をしているのか純粋に気になった彼女が厨房に入ってみれば、そこには美味しそうな肴が何品か並んでいる。どれも旅籠では出した事ないものだった。
「おいしそ~!」
「食べるか?」
まるで警戒心の無い態度で、任務の対象者と接する所を土方に見られれば怒号の一つでも飛んできそうである。しかしこの警戒心の無さが、逆に役立つ時もある。
現に、こんな時間に現れた見習い女中に最初は首を傾げた彼も、美味しそうに頬張っている様子を見て口元を緩めていた。こういった意味では、潜入捜査を行う人間として天性的な物を持っている。
「これ新作ですか?」
「いつか旦那さん達に提案しようと思ってな」
「きっと採用されますよ。こんなに美味しいんですから」
「ありがとう」
「…もしかして、毎朝ここで試作して…?」
「朝の方が人が中々起きてこないからね」
「夜もみんな寝てますよ?」
「いや、たまに皐月が起きてくるんだよ。お腹すいたーって言って、何度か完成する前の料理を食べられた事もある」
「あはは、皐月さんらしいなぁ」
ペロリと全てをたいらげた彼女は、お皿を流し台へと持って洗い出す。すると自然な動作で彼も横について、当たり前かの様に手伝ってくれる。優しい人だと、空気が物語っている。こんな人が浮気をする訳が無いと彼女は改めて確信した。
「ご馳走様でした。おかげで頭痛も治りました!」
「それは良かった。でも体調が悪いのならあまり無理をしない方が良い」
笑顔こそあまり見せてくれないが、彼から発せられる言葉は全てが優しい。
こういう所が、土方と似ているなと彼女はぼんやり思った。
「昨日の夜も、皐月さんと少し話をしてたんですよ」
「…またアイツは起きてたのか…」
呆れ半分、それでも心配半分。どうでも良いと思っている人間に対しては決して出せない声の色だった。
彼が今回の会合と関係しているか分からない。只、あの部屋から出てきたのは事実。御用改めまでに、屯所の方で何か情報を掴んでもらわなければ巻き込んでしまいそうで怖い。
なんの証拠も無いのに、彼女は彼がシロである事を信じていた。潜入捜査をする者として情を持つのは御法度。だからこそ、報告義務のある土方にも黙っておいた。
「よく起きてこられる様な言い方をされますね」
「…中々寝付けないらしいよ」
一瞬、顔に影がかかったのを女隊士は見逃さなかった。昨夜の皐月といい今の彼といい、何かを隠しているのは確実だ。
「大丈夫ですよ」
「え?」
それでも、土方と似ている彼を全力で疑うのは彼女にとって難しい事だった。百人組み手してこいと言われる方が安易に感じられる程だ。
「きっと、大丈夫」
――私が何とかしてみせます。
心の声は隠し通して、彼女は微笑み続けたのだった。
