天邪鬼が笑う(3)
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「失礼しました」
頭を下げて、山崎達が部屋を後にする。只今の時刻は2時30分。座敷の客は全て帰っている。
さすがに眠くなってきた緋村とそうでもない山崎。
「うーわー、後数時間後には起床かぁ……起きれるかな…」
「起こしてあげよっか?あ、でもここ男女別の部屋だから俺が行くのは変か…」
「寝坊しそうだよー」
「大丈夫だって。そんな事言って、この前だってちゃんと起きれてたじゃん」
「この前…?あぁ、高天原の時の事?」
「今の内にアラームの音量上げときなよ」
「そだね。周りには申し訳ないけど大音量にしとこう」
ちょっとした解放感を感じながらそれぞれの寝室に向かう。声はあくまでも小さくだが、完全に気を抜いていた。
腰掛けエプロンにいれていた携帯を取り出せば沖田からメールが入っていた。明日よろしく、と簡潔な内容だった。
「見て山崎君、沖田たい……――」
「シッ!!」
山崎が気づいてすぐ、彼女も誰かの気配に気づいた。
まさかとは思うが、今の会話を聞かれてはいないだろうか。
もちろん任務の事に関する内容は何一つ言っていない。だが一般の女中と男衆がする会話として考えたら変な点ばかりだ。
まるでこの旅館旅籠に来る前から職場が同じかの様な話しぶり。
そして「高天原」という日常の会話では中々出ない単語。極めつけは沖田の名前を言ってしまった事。
苦い顔をした彼女は山崎に目配せをした。自分1人で行くから隠れておいて、と。
どの手段が正解だったか分からないが、考える暇なく山崎は隅へ隠れて彼女が落ち着いて先に進む。あくまでも、最初から1人で居ました、という態度を保ちながら。
あちらも静かに歩いてきている。恐らくこの角で鉢合わせになるだろうと考えた通り、緋村は暗い廊下から出てきた人物と顔を合わせる事になった。
「皐月さん!?何やってんですかこんな所で!」
「弥生ちゃんこそ何やってるの」
寝間着姿の皐月がそこには居て、互いに思いがけない相手ととんでもない時間に会った事を純粋に驚けた。
「まだ仕事着着てるじゃない」
「女将さんに今日の仕事の評価と課題をお聞きしてたらこんな時間になっちゃって…」
新人女中の最もらしい理由がサラリと出た事に、山崎は心の中で拍手をしておいた。
「……取り敢えず行きましょうか」
「そうね」
2人は月明かりに照らされている縁側を歩き出した。
その時、着物の後ろ帯の下で彼女が幾つかの形を指で作っていく。
文章にはならないが、任務中によく使われる手文字だった。
「自分」「行く」。この2つの単語があれば意味としては充分通じる。連絡通り、この場を彼女に任せて山崎は先に寝室へ静かに入っていったのだった。
「寝れなかった?」
「そうなの。最近寝付きが悪くて」
「大丈夫ですか?」
正直な所、何故こんな時間に起きているかはどうでも良かった。問題は、山崎と自分の話を聞かれていなかったかなのだ。
彼女は相づちを打ちながらも皐月に何度かカマをかけてみる。
「私も今日は寝れなさそうです。1人だけ呼び出されちゃって、少しこたえちゃいました」
1人だけ呼び出されて指導をいれられた。ここで皐月が食いついてくるのかどうか…。
「そっかぁ…。確かに1人で怒られるのってツライよねぇ」
「(かからないな…)」
皐月が彼女に嘘をつくメリットはない。つまり、話は聞かれていなかったという事なのだろうか?
余計な詮索は危険と判断した彼女は話題をガラリと変える。
「月が綺麗ですねぇ」
「あらホント」
しばらく寝付けそうにないと言った皐月の為に、睡魔を押し殺して彼女は月見に付き合う事にした。クレーターまで見えそうなぐらいの大きな月だった。
「ねえ弥生ちゃん」
「何ですか?」
「月がとっても青いですね、って知ってる?」
「月が、青い?」
何処かで聞いた事がある言葉だった。
「あー、誰だっけー、誰が言ってたんだっけー」
思わず腕を組んでウンウン唸るが、だいぶ昔の事なのかすぐには思い出せない。
あれはそう、たしか、歌詞だった様な気がする。今みたいに月が綺麗に出ている夜で、人気の感じられない静かな道で…。
――月がとっても青いから
「あっ!!」
脳内を走り回っていた電気信号がようやく一つの記憶にたどり着いた。それと同時にメロディーも思い出す。
「月がとっても青いからー」
「あら、よくその歌知ってるわね」
「昔歌ってた人が居たんです」
忘れる訳が無かった。剣道着のまま、竹刀をかついで防具のはいった荷物をひっかけ、家へ続くあぜ道を一緒に歩いた記憶。電灯が無いので月明かりだけが頼りだった。小さな頃は、田んぼに落ちないようにと手を繋いで歩いていた。
――月がとっても青いから
――その歌好きなの?よく歌ってるね
――あぁ、そっか、お前は知らないんだな
――何が?
――母さんは、この歌でお前をあやしてたんだよ
「………私の子守歌だったみたいです」
「へぇ…!これって凄く素敵な歌なのよ。弥生ちゃんは愛されて生まれてきたのね」
「この歌の意味はなんですか?」
「それは自分でお調べなさい。寧ろ、言われる時が来れば分かるんじゃないかしら」
「言われる時は誰でもくるものなんですか?」
「さあ、どうでしょう」
「皐月さんは言われた事ってありますか」
「似た様な事は言われたわ」
「益々分からん…っ」
本音が出たところで、皐月が隣でクスクスと笑みをこぼした。
「さっきの弥生ちゃんの顔幸せそうだったよ」
「え?」
「思い出してる時の顔よ。…大好きな人が歌ってくれてたのかしら」
顔に出ていた事は恥ずかしいが、正直に首を縦に振った。何よりも大切な人が歌って教えてくれたあの日々が懐かしく感じられた。
「その人を、大切にしてあげてね」
大切にしたくても、その人物はもうこの世には居ない。しかし敢えて言う必要も無いと思えたので、また頷いて皐月の顔を見た時、少し驚いた。明るく笑う印象しかなかった皐月の顔に影がさしている。口角を上げ微笑んではいるが、物悲しさが感じ取れてしまったのだ。
「…………分かりました」
返事をするので精一杯で、なんと声をかければ良いか分からないまま夜は更けていった。
